第69話『家族』
再び聖雪のグラウンドに集結した訓練生とFNDの面々。昼に比べて、明らかにFNDの人間の数が多い。
「父さん、奥多摩支部だったっけ。新宿支部じゃ……?」
「ふん、聞いてくれるな。バカ息子の身が心配だから必死に懇願して異動してきただけだ」
警備が始まる一時間前。蒼は父親とペアを組むことになっていた。
二人に割り当てられた場所は奥多摩の郊外に程近い。
目撃情報を見る限り、そこは明らかに通り魔と遭遇する確率が低いエリアだ。まだ本調子とは言い難い蒼への配慮だろう。
FNDは休むことを強く推していたが、蒼の要望に根負けし、結果的にこういう
形になった。
「これ以上胃痛が酷くなるようなら息子を斬る覚悟だ」
「気をつける……」
苦笑いを浮かべながらも、心の中が久しぶりに暖かくなるのを感じた。
父親は蒼の中身が本当の息子でないことを知っている。それでいて、何度も言ってくれるのだ、息子という言葉を。
「それはできません!」
家族の空気を遮る隊長を任されたものの声。
隊長に諭されているのは、セナだ。
訓練生でないセナがここにいるのには、事情があるのだ。
連続通り魔事件。セカゲンの二巻で中心的に描かれる殺人事件。
一見何の法則性もない無差別殺人に思われていたこの事件だが、この会話の流れで察するにもう法則性が分かっているころだ。
犯人はセナのアイドルグループの熱狂的信者。
奥多摩に来た彼女たちを許可なく撮影し、SNSに画像を上げたものが標的にされているのだ。
そこで、セナが囮になろうと提案をしている最中である。このシーンはアニメでも原作でも描かれている。
「もう、犯人らしきアカウントには私のアカウントから私から直接連絡を入れました!! 返信を見てください!! この様子からも、相手は私を逆恨みしているはずです!」
携帯の画面を隊長に見せるセナ。
ルイにハヤト、琴音がセナの側についている。
「確かに被害者の方はマナーに反することをしたのかもしれません! でも、私たちのファンを手に掛けるなんて、許せない!!」
「隊長。何があっても彼女の身は守ります。ですから……!」
「ま、セナの意志を尊重してやってもいいんじゃね」
目上の相手にタメ口を使うな。ハヤトに心の中で文句を言いながら、蒼は胸の痛みに流されるようにその場から少し離れた。
これからの展開は知れている。のんびり眺めていても意味がない。
予想通り、セナが囮になることになった。大量のFNDの隊員と訓練生がセナたちの監視に当たることになる。
蒼と父親はのけ者だ。
「今度は息子の面倒ちゃんと見とけよぉ」
また顔を合わせた岩槻に釘を刺されながら、蒼たちは夜の街に繰り出すのだった。
☆
「蒼。ここは俺たちの管轄じゃない」
「ここで大丈夫。ここなら必ず、犯人の凶行を止めれるから」
蒼は頑として割り当てられた場所を無視し、街を進んだ。
彼らが訪れたのは、周りのビルに比べれば背の低いビジネスビルの屋上だ。
夏場とはいえ、この高さと夜が重なれば吹き込む風は冷える。
「『共鳴れ』」
《『煌炎』、Caution》
《接続》
夜風を追い払うように、蒼の体に炎が宿る。
貯水タンクの隣を通りすぎ、手すりの側へ。
そのまま手すりに飛び乗り、足を外の世界へと投げ出した。
やはり、いくら体が不調とはいえこの力を纏えば体は軽い。
《Welcome to Fiona Server》
眼下にはビルとビルの間の薄暗い路地。
路地を抜けた先は東から西へと横断する大通りがあるが、そこを見張る必要はない。
自分の記憶と話を噛み合わせた結果、犯人は必ずここに来る。
「FNDに入りたいんだったら、まずはその奔放ぶりを直すんだな。規律が守れないならどれだけ強くても即刻クビだ」
父親は呆れたようにため息を吐く。
「ごめん。でも、俺は、自分にしかできないことがあると思ってる。自分なら、運命よりもマシな結末を辿れるかもしれない。いや、そうできるから」
「何を言ってるか、よく分からんな」
父親は頭を掻いて蒼のすぐ側の手すりにもたれかかった。丁度、耳元の無線が鳴る。
『D―2エリア、問題ありませんか?』
「ええ、ちゃんと持ち場を見張ってますとも」
父親は無線の電源を落とす。
無理にでも連れ戻されると思っていた。意外な反応に振り返る。
「俺は良くて真面目、悪くて普通、そんな自分に対する評価が気に入っているんだ。家族そろって追放されたらお前を恨むぞ。母さんに顔向けできん」
「父さん……別に、父さんは持ち場に行っていいんだよ」
「それだとここに異動になった意味がない。通勤時間が一時間も長くなったんだ」
父親は笑い、懐からタバコの箱を取り出した。
「タバコ、吸ってたんだ」
「つい最近、禁煙記録が17年で途絶えた。一体誰のせいだろうな。母さんと朱莉には黙っててくれよ」
一本を押し出して咥え、夜風から庇いながら火を灯す。
少しして吐き出された煙が、静かに夜の街へと消えていった。父親は一人ごちるように言う。
「蒼。お前は俺たちには見えない何かが見えているんだろう。俺たちには理解できない、壮大な何かを持って生まれてきた。どんな人生を生きるのも応援するし、尻拭いもする。自分にしかできないことを使命だと思うのも立派なことだ。だが、あまり心配をかけさせないでくれ。お前は、もう立派な五人目の家族なんだからな」
五人目。照れくさかったが、嬉しかった。
長らく家族のいなかった蒼にとって、いや、重音にとって、この人は紛れもない父親だと思う。
「……俺、この家の子として生まれてよかったよ、父さん」
「ふっ。母さんにも言ってやってくれ。喜ぶぞ。お前を家族として受け入れようと俺たちに言ったのは、母さんだからな」
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