第67話『切なさ』
騒がしい夏の日々だ。
セナのアイドル仲間が奥多摩に乗り込んできてゲリラライブしたり、海に行ったり。
だが、幸せな日々かと言われれば、頷き難かった。
彼女はただ、賑やかな彼が生き生きとしているのに寄り添って立ち尽くすだけだったから。
あれから三週間ほど。ルイは蒼と、しばらく口を利いていなかった。
ハヤト、セナ、ミミア、琴音、ルイの五人で学校へと向かう。
今日は夏休み登校日だった。学生からすれば、ただ顔合わせをするだけの意義を問いたくなる、無意味な時間だ。
他愛のない会話が膨らみ、どたばたとした軽い騒動へ。
いつものことだった。
門扉を潜り、広場を抜け、その先の屋外グラウンドの隣を歩く。
そこで、早朝の訓練を終えた蒼の姿が見えた。ふらつく足で、友人たちに支えられながら水道へと歩いている。
彼はルイたちの存在を遠巻きに認識していただろうが、水分補給を終えるとその場に居座ることなく、さっさとルイたちの向かう先とは反対側へ行こうとしていた。
「なんか、彼がいつもみたいに来てくれないとつまんないね」
セナが首の後ろで両手を組みながら、そっぽを向いてルイにだけ聞こえるようにそう言った。
セナが大事なことを伝えたいとき、いつも遠まわしに言うことをルイは知っている。
「ねーねーこれ可愛くねー!? この店今度一緒に行こうよ!!」
ミミアが携帯の画面を開き、昨日撮ったスイーツを見せびらかしている。
少女たちとハヤトが和気藹々と話している姿が、遠のいていくように見えた。事実、ルイの足はどんどん緩慢になっていた。
あの輪に入らないと。行かないと。
そう思っても、足が進まない。
――今まで私、どうしてたんだっけ。
ついには、止まった。
振り返ると、蒼は友人たちに愛想笑いを浮かべながら連れられている。
彼の背中は、悲壮を纏っているようだった。胸が刃物に貫かれてしまったかのように苦しい。
ルイの方を見てにっこり笑い、犬のように駆けてくる幻覚が見える。
必死に幻影を振り払う。
これは自分自身が望んだことなのだ。
それなのに。
ルイは、それ以上自分の気持ちを形容することを、拒んだ。
「ルーイーちゃん」
「刹那」
「どうしたの? 一緒に行こ」
立ち止まったルイの側に刹那がやってくる。
彼女はニコニコしてルイの腕に自身の腕を引っ掛け、歩き出した。ルイもつられて自然と歩き出す。
他愛のない会話を振られ、申し訳ないと思いつつも簡単な返事しか出来ない。
その最中である。ふと、視界の端で、明るく振舞いながらも刹那が静かにルイを見つめているのが分かった。
☆
正午前。
学校が終わり、ルイは更衣室で制服から動きやすい戦闘服に着替えていた。
FNDの訓練生制度の訓練が屋外グラウンドで開かれるのだ。数回参加して思ったが、結構なスパルタだ。
気を引き締めねばなるまい。しかし、どこか上の空な気持ちが拭えなかった。
「どうかしましたか?」
豊かで均整の取れた体を窮屈な戦闘服に押し込みながら、琴音が問う。
この制度に参加している知り合いは、ハヤトと琴音のみである。
ハヤトは先日のトーナメントや『トウカツ』撃退の功績もあり、本人の意思とは関係なく強制的にこの制度に参加させられていた。彼をこの制度に投げ渡したのは、他ならぬ冥花先生だった。
やる気を出すまでこってり絞れと、伝言つきで。
ルイは首を横に振りながら、貧相と自己評価する体に戦闘服を這わせた。
グラウンドに並ぶ緊張の面持ちの生徒たち。それを見守るのは聖雪の卒業生のFNDの隊員数名だ。
さらに遠巻きに、FNDとの橋渡しを担った冥花先生が、ルイたちを見ていた。
早速訓練に取り掛かるかに思えたが、どうやら新しく制度に参加する生徒を紹介するようだ。
「小波 蒼です。よろしくお願いします」
ルイの体が強張り、上級生からは期待の声が、同級生からは喜びの声が上がる。
この制度に参加しているのはほとんどがSクラスの人間だ、知り合いも多いことだろう。
それ以上に、彼が元々築いた人望もあって、歓迎のムードも手厚い。
ただ、蒼が、努めてルイと目を合わさないようにしているのが分かった。
「では、二人組を作ってください」
いつもの始まり方だった。ハヤトに女子が集っていたのは昔のことで、今は琴音に率先して肩を並べようとするものはおらず、固定のメンバーと組むようになっていた。
ルイもいつも相手をしてくれる一つ上の女子の先輩を探すが、どうしても蒼に目が入ってしまう。
もう相方が出来ている状態で、彼の相手は中々見つからないようだった。
足先が蒼に向かいそうになる。それを、琴音の声が呼び止めた。
「早乙女さん。あなたは優しい人です。でも、中途半端な優しさは、相手をより一層傷つけてしまうだけですよ」
優しく諌める声に、ルイは踏み出そうとした足を止める。
今日は私が。そう言って琴音は蒼の元へと歩いていく。
あくびをかみ殺したハヤトと、目が合った。
「残りもん同士、まぁてきとうにやろうぜ」
「……しょうがないわね。アンタがどうしてもって言うなら、やってあげてもいいわよ」
突っぱねる言葉にも、我ながら覇気がないと思った。
普段から女子に囲まれるハヤトと二人きりの空間なんてそうそうないことだ。
期待に胸が膨らむが、それはどこかに開いた穴から漏れ出し、しぼんでしまうのだった。
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