第52話2『胸騒ぎ』

 同刻。


 そわそわする生徒たち。

 緊張するもの、虚勢を張ってみるもの、純粋に力の証明ができるとやる気を見せるもの、様々だ。


 各々の感情が重なって小さなざわめきを作り、鳥の囀りの反響を曇らせる。


 森の手前に集められた生徒たちが落ち着かない様子で今回の訓練のあらましを説明する教頭を見ていた。

 セナがぼやいた。



「ねぇ、こういうのっていつも校長先生が説明してたよね?」



 確かにそうだと思った。

 普段この手の合同行事はSクラスの担任でもある冥花先生が指揮を取る。教頭が三十代の女性であることすら、今日初めて知った。



「ねーちゃんさっき見かけたけどな~」



 ミミアがあくびを噛み殺しながら答える。

 ルイには、隣の彼女たちの会話くらいしか耳に入ってこなかった。教頭の言葉は自分以外の人間にだけ言っているようにすら感じる。



「珍しいですね。早乙女さんが上の空なんて。最近ずっとその調子ですが、何か悩み事でも?」

「え……? ああ、ちょっとね……」



 琴音に言われ、はぐらかす。


 彼女の言う通り、ルイは最近考え事に耽る時間が多かった。


 あれから一週間ほどが経つが、今でも消毒液の匂いの中で蒼が言った言葉が一言一句違わずに思い出される。


 まだ、信じられないでいた。


 あなたたちのいる世界はぼくの世界でやっていた小説、アニメだった。誰かにそう言われて、すぐさま納得できる人間がいるであろうか。


 ルイは、誰かの指図で生きてきた覚えはない。顔も知らない作者に創られ、その人間の綴った人生の上を歩いているつもりもない。


 否応なしに反骨心を芽生えさせられた。


 信じられない気持ちはあったが、どうしても蒼という人間の行動、感情を理解しようとするとその結論に落ち着いてしまう。


 教頭の説明が終わると、各々がバラバラのスタート地点へ向かう。


 チームは任意の五人組。ルイの他のメンバーは、ハヤト、セナ、ミミア、琴音だった。


 森が深くなっていく途中、気だるそうに最後尾をのろのろ歩くハヤトが、他の仲間に気取られないようにルイに言う。



「ルイ、極力『煌神具』使うなよ。お前の分は俺が仕事する」

「あ、ありがと」



 事情を知るハヤトの気遣いに照れながら感謝しつつ、どうにもいつもの調子が出なかった。

 セナがからかうように言う。



「ルイルイ、ボーっとしちゃってどうしたのー。さては噂の彼のこと考えてたなー?」

「違うわよ」

「ふーん。あ、でもそういえばその彼、今日いなかったね」

「え?」



 確かに、彼の姿をルイは今日見ていなかった。刹那も今日は体調が悪いと言って休みだし、冥花先生もいない。


 何だか、胸騒ぎが、する。


 教師から、スタートの合図があった。

 最初は、特に障害に阻まれることなく、各々が足場の悪い森の中を体力を温存しながら歩く。



「そーいや、最近小波っちとねーちゃんがウチの店で話してるのよく見かけるなー」



 ミミアが何の気なしに言う。胸騒ぎが、強くなったような気がした。


 つい、あまり間を置かずに聞いてしまう。



「ねぇ、そのときどんな話してた?」

「ん? 進路の話でもしてんのかなーって思ってたけど。あーでも、ちょっとだけ聞こえたなー。確か……がどうとか……」



 ズン、と体が重くなった。

 冷や汗が滲み、拍動のたびに不快感が体を伝う。


 証拠はないが、確信はあった。ミミアの聞いた単語は工場ではない。

 彼らが話していた言葉は――


 小波 蒼。彼が物語の外からやってきたという話の衝撃が強すぎて、そこまで考えが及ばなかった。


 彼はルイを愛してくれた。どんな境遇であれ、彼の愛は本物であり、果てしなく大きい。


 そんな彼が、


 蒼は一緒に訓練をするときによく言っていた。FNDに入って活躍したいから、今も必死に努力しているのだと。

 そんな彼のひたむきな努力に尊敬の念を持ったのを覚えている。


 だが、それは恐らく偽りだ。ルイが全てを知ったら彼を止めようとするだろうことは、蒼が一番よく分かっているからだ。


 そう、彼の凄絶な訓練の数々は、今このとき黒縄を討つための――



(小波を探さないと……)



 ルイが逸る気持ちを抑えようと息を吐いた矢先のことである。


 バチン。雷が爆ぜるような音がした。

 あ、とセナから吃驚の声が漏れる。


 木々の間から見上げた空に、緑色のカーテンが掛かっていた。

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