第八章『このために、生きてきた』
第50話『見過ごせぬ運命』
「閉め切った学校に侵入とは、感心しませんね」
場所はいつものカフェ。
蒼の入り口の側のテーブル席の向かいには誰もいない。
後ろだ。背中合わせに冥花先生が座っている。
全く気付かなかったが、彼女の声を認識した途端に、焦げ臭い煙が辺りを漂っているのが分かった。
「先生。……すみません、彼女を寝かしておける場所が、思いつけず」
「あなたは真面目そうに見えますが、一体何度私から説教されるんでしょうかね」
溜め息交じりに煙を吐き出すのが分かった。蒼は緊張しながらコーヒーを口に運んだ。
「しかし、鬼が出るか蛇が出るかと思ったら、竜が出たような話です」
「やっぱり、聞いてたんですね」
「私は、目ざとい女です。どうやら、あなたはそれを知っていたようですがね」
冥花先生が席を立ち、灰皿とカップを持ちながら蒼の前に座った。
「あなたの想い人が信じられなかったのも無理はないでしょう。この世の大体を知った気になっていた私でも、俄かには信じがたい」
あの後、ルイは渋い顔をして帰っていった。
信じる信じない以前に、突拍子もなさすぎて理解できず、どう受け止めていいかも分からないようだった。
「しかし、腑に落ちるものもあります。『堕天狂化』を知っていたことも、あなたの言葉の意味も、物語を俯瞰的に観測できる読者ならではのものですし」
冥花先生は新しい煙草を口に咥え、大事そうに庇いながら火を灯す。
「もしそうなら、あなたは確かに特異点です。あなたからすれば、私たちがどうあがこうと、未来は変わりません。……さて、あなたは言っていましたね。最愛の人が死ぬ運命にあったらどうするかと。特異点たるあなたは一体、何を捻じ曲げようとしているのですか?」
蒼は茶色の液体を口に運ぶ。
この人に見つめられると、コーヒーの味を感じられなくなるような妙な圧迫感がある。
蒼はゆっくりと怨敵の名前を搾り出す。
「………………ぼくは、黒縄 リリアを斃します。そのために、ぼくは力をつけました」
冥花先生は背もたれに肘をついて、窓の外を見る。 煙草の匂いを噛み締め、これが現実かを確かめているかのようだ。
「今度は、悪魔が出てきましたか。読者なら知っているでしょう。黒縄 リリアは、イカれた連中が集るCODE:Iの中でも常軌を逸している女です。正直、私でも勝てるかは分からない。……彼女が早乙女さんを?」
「はい。先生は、ぼくが未来を見れると言ったら信じますか?」
「……まぁ、そういうこともあるのでしょう。まさか今が最終巻で大団円ということはないでしょうしね」
「まだ先のことです。でもルイは、その気高い志と、慈母のように優しい気持ちを以って、仲間を守るために黒縄に立ち向かい――――死にます」
心にずんと圧し掛かる重い言葉。
最愛のものの死など、考えたくもない。
ハヤトたちと因縁浅からぬCODE:I最高幹部が一人、黒縄 リリア。ルイに毒を植え付け、その毒は今も体に燻ぶっている。
ルイが『煌神具』を使う度にその毒は彼女を苦しめる。
そして、そんな状態でも彼女はハヤトたちを守るために二本の『煌神具』を使い、闇の女王に立ち向かった。
『
毒と力の反動に耐えながら戦場を舞ったルイは、黒縄に致命的な一撃を与え、黒縄が召還した最大の武器たる怪物を打ち果たす。
それはハヤトたちに黒縄を破る機会を与えたものの、ルイ自身はその強烈な反動と牙を剥く毒に倒れ、仲間と、最愛の想い人を守り――命を落としてしまう。
「――それより先に、必ず黒縄を斃します。……必ず」
体が強張る。握り締めた拳が、振るう相手を求めていた。
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