第21話『主人公は面倒事に巻き込まれるものである』
彼の名前は如月 ハヤト。
前世では魔導王だなんだともてはやされていたが、伝説級の魔物を次から次へと薙ぎ倒していたある日、とある竜と交戦した際に発生した光によって幼児化し異世界転移。
特に想い残しはなかった。ただ一つあるとすれば、彼と恋仲にあった一人の王女だけ。
こちらの世界は平和そのものだった。文明も遥かに進んでいる。
『トウカツ』という怪物が出てくること以外は、国同士の争いも前世ほど多くなく、平和だ。
幸い、ハヤトの出番はなさそうなほど、この世界には強いものたちが大勢いた。
だから、戦疲れした前世を癒すように、スローライフに勤しもうと思っていたのだが。
色々な事件に巻き込まれ、なし崩しでこんな高校に入学することになって。
今は、ハヤトの事情を知る謎の少年に勝負を挑まれていた。
(重ッ!!)
少年の蹴りを腕で防いだハヤトは顔をしかめる。
ハヤトは魔法が使える代償と言わんばかりに『煌神具』が使えない。代わりに身体強化の魔法を重ねがけしているのだが、それでも体を揺さぶる衝撃は凄まじい。
次の一撃への対応が遅れる。反対から薙がれた蹴りがハヤトの腹に刺さり、ハヤトは闘技場の真ん中へと吹っ飛んだ。
「ハヤトッ!!」
ルイが身を乗り出して悲痛な声を上げる。ハヤトは親指を立てて、それからゆっくりとハヤトへ視線を向ける少年を見た。
対峙する少年の名は小波 蒼。幼馴染のルイに自己紹介して登下校を誘っているのを何度も見たので名前は嫌でも覚えている。
あまり特徴のない少年だが、それとは裏腹に感じさせる圧が凄まじい。
その目の凄み方は、まるで実戦のようだ。
(こりゃ、ちっとは本気出さねぇとやばいな)
……あまり、目を付けられたくはないのだが。
蒼の両手に炎が宿る。蒼はそれを躊躇わずハヤトに向けて翳した。
炎が一気に広がり、極太の火炎と化して闘技場を横断する。
(なんつー火力だ。亜種じゃなかったら大して強くならないんじゃないのか? まぁ、でも……)
この程度、防げぬ魔道王ではない。
ハヤトは屈み込み、呪文を唱えた。その言葉、指先までの動き、全てが魔法を生み出す式になる。
導きを待つ白き光に道筋を示せば、彼らは
通常手に持った杖や掌にしか纏えない魔力を全身に纏える彼は、それらの式を最高速かつ最低限で組み立てた。
「『紅蓮の豪炎よ、我を守りし壁を成せ――』」
右手を地面に叩きつける。蒼とハヤトを別つように炎が闘技場のど真ん中に壁となって現れた。
闘技場の横幅一杯を埋め尽くす炎の壁。青と赤の炎が激突し、強烈な熱を孕んだ拮抗を生む。
「おい、下がってろ!!」
ハヤトは対戦相手の少女二人に声を上げる。彼女たちの戦おうという意志は立派だが、巻き込まれて怪我をするだけだ。
少女たちも格の違いを思い知ったか、驚きつつ壁へ張り付いて避難していた。
「……来る」
言葉通り、壁をぶち破り、蒼が詰めてくる。ハヤトは身体強化魔法をさらに重ね掛けし、蒼の近距離の攻勢に備えた。
正面からの蹴撃を受け止めたと思いきや、少年の姿はもうハヤトの後ろにある。
振り返りざまに拳を腕で受け止める。蒼が吐き捨てるように言った。
「地球の全てから加護を受けた魔導士が、まさか炎だけしか使えないわけじゃないだろ?」
「……うっせぇ」
蒼のもう片方の空いた腕から、肘が顔面に向けて迫ってくる。ハヤトは後方へ飛びのくが、すぐ背後に気配。
だが、それはハヤトにもお見通し。蒼の側頭部目掛けて放たれた蹴りを、視界に入れることなく腕で封じる。
ハヤトは首だけを振り返らせ、問うた。
「どこまで知ってる……?」
「さぁ。知りたきゃ本気出せって言ったろ」
「……やれやれ」
ハヤトは笑い、脚を払いのけ、その腕を振り返りざまに蒼へ向けて薙ぐ。
蒼は後ろに飛びのき、ようやく二人の間に距離が出来た。
そしてそれは、魔導士が最も威力を発揮できる距離。
(生半可な攻撃は通らない。しゃーねぇ、一気に攻めるか)
片手を蒼に翳し、祝詞を唱える。
「『龍よ……我が眼前の敵を祓え』」
ハヤトの足元に、巨大な円形の幾何学模様が浮かび上がる。
青色に光るそれは、この世界の住人には見慣れないであろう魔法陣。魔法陣から、巨大な龍の頭が飛び出す。
青の龍は空へと向かい、魔法陣からは細長い胴体が続く。
蛇のような体が闘技場の上空にとぐろを巻いて鎮座する。蒼はそれを見上げて身構えるが、焦る様子はない。
「『穿て、青龍』!!」
ハヤトが手を上げると、炎で出来た竜はその巨大な口腔を開く。
口の中に収束する炎は瞬く間に巨大化し――
巨大な火球が、蒼目掛けて叩きつけられる。
闘技場ごとフッ飛ばさないように加減はしたが、それでも炸裂する白の閃光にハヤトの視界は埋め尽くされ、轟音が聴覚を奪う。
第十まである中の、第八階梯魔法『青龍穿星』。
常人なら一生かけて習得するこの魔法を受け、倒せなかった人間はいない。
……少なくとも、人間では、だが。
閃光が遠のくと、轟々と燃え盛る闘技場が残る。あの少年の姿は見えない。
『な、何だぁ!? 目を疑うような攻撃です!! とてもFクラスの少年が放った一撃とは……いえ、学生が放った攻撃とは思えません!! 彼は何者だぁ!? そして小波君は無事なんでしょうか!?』
観客席と実況がざわめいている。だが、ハヤトは広がる炎の中で、それ以上にメラメラと燃え盛るものを見た。
「第八階梯魔法……常人が一生を賭けて覚え、多くの詠唱と犠牲を払い行使する最高位の魔法、だったかな。それをそれだけの短い詠唱で発動させ、平然とした顔をしてやがる……まさに規格外の魔導士だな」
炎の中から、少年が出てくる。
彼の装衣はわずかに焦げていたが、特に命を削った実感は湧かなかった。
「だったら何で、彼女が救えないんだ」
……如月 ハヤトは、自身の背筋が凍ったのを感じた。
多くの死地を乗り越え、多くの強敵に会い、多くの悪意や敵意に晒されて来たハヤトが、背筋を凍らせたのだ。
それだけ、対峙する少年の瞳に宿る凄みは熾烈だった。
「俺は、お前を超える」
ハヤトには分かった。蒼の目に、確かな殺意が籠るのを。
これ以降の攻撃は、訓練でも見世物でもない。
命を狙ってくる、そう直感した。
「……面白れぇ。久しぶりに血が騒ぐぜ」
自身の体に好戦的な血の流れを感じる。手を握り、開き、コンディションを確かめる。
だが、そんな中で、ハヤトはもう一つ気付いていた。
蒼の放つ殺意が、ハヤトには向けられていないことを。
「でもお前、誰と戦ってるんだ?」
ハヤトの問いを拒絶するように、蒼の背後で、細長い一筋の炎が上空へと伸びていった。
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