第6話『求める力は、どこに向けて?』

 四カ月。


 随分と、一日が長い日々が続いた。未だに、トレーニングのときは嫌だ嫌だと喚いていたが、朱莉曰く、少しは静かになったらしい。



「いやぁ、やるなぁ蒼」



 関西から上京してきた蒼の友人、風間かざま 霧矢きりやがいつも通り教室で眠りこける蒼の背中をバンバンと叩く。

 蒼を囲むように友人たちが立っていた。まだ小学生時代の甘酸っぱさを残す彼らの陽気な雰囲気はなんだか小鳥のようでか可愛らしい。



「二回も負けたらアイツ、少しは大人しくなるなぁ? めっちゃデカい顔してたからなぁ」



 アイツとは、蒼が打ちのめした彼のことだろう。 霧矢は明るく笑う、いい笑顔だ。



「あの怪我をして以来、何か人が変わったみたいだよね、小波。私たちに隠れて訓練なんかしちゃってさ」



 そう確信を突いてきたのは、女友達の、火威ひおどし 刹那せつなだ。

 茶髪のショートボブに、名字に反してエメラルドのように澄んだ緑の瞳。赤いふちの眼鏡がよく似合っている。


 このモデルのような見た目をしていて地味なオタクなどという周囲の謎の評価に首を傾げざるを得ない。

 蒼は、苦笑いをして言う。



「俺、聖雪に行こうと思ってさ。今からやってかないと」

「マジ!?」「すげぇ……いや……でも、そうだな。 今の小波ならいけるなぁ」「俺なんかセンスないからもう普通の高校一択よ」「何で急に?」



 周囲の友人が嬉々の声を上げる。そんな中、刹那だけは不安そうな面持ちだ。



「大丈夫? そのために無理してるんじゃない?」



 蒼は大丈夫と笑顔で言った。カラオケの誘いは、残念だが断った。





 半年。紅葉を楽しむ暇はなかった。


 前世で受験期の夏休み前になると、教師が「皆がやらないときこそ勉強するんだ」と口酸っぱく言っていたのを思い出す。

 蒼はそうした。


 誰かが寝ているとき、誰かがテレビを見ているとき、誰かが友達と遊びに出かけているとき、誰かが恋人と手を重ねているとき……誰かが、ヒロインと仲を深めているときも、全てを訓練に費やした。


 手は豆だらけ、体はいつも震え、登下校の際に倒れることも幾度か。


 ひ弱な根性の蒼が、ここまで毎日自分の体を酷使し続けられるとは、自分でも信じられなかった。

 未だに、ふとしたときに号泣してしまうし、深夜まで続き早朝から始まる訓練に、吐きそうにもなる。


 だが、何事をも吸収する若人の体は、飛躍的にその力を強くしていく。


 八か月。

 珍しく東京に雪が降った日も、彼は中庭で息を荒げていた。



「蒼、今度『煌神具』戦闘の地区大会に出るってお母さんが言ってたけど、ほんと?」

「ああ。自分の実力を知らないとな。今からでも緊張するよ」

「ふーん。まぁ、頑張ってね」



 朱莉が軒下で見守りながら素っ気ないエールを送る。最初はキツイ当たりだった朱莉も、少しは蒼を認めてくれるようになったのがこの頃だった。


 地区大会、準決勝で敗北。亜種の力を駆る相手の少年は強かった。


 何度も味わってきた敗北の味だが、今回は格別に不味い敗北だった。それは、度重なる酷使で心と体が強くなってきた蒼に更なる修行を与えるきっかけになる。


 このままでは、父親に勝てない。それどころか、


 訓練の量だけではない、質も限界まで純度の高いものを欲した。


 誰よりも早く、もっと強くなれ。

 誰かの努力よりも何倍も体を使えと日々咽びながら。



「くっそぉぉぉぉおぉおおおお……!!!」



 ……そして、一年が、振り返ってみればあっという間に、凄まじい濃度で過ぎていった。



「嘘……ほんとに……」



 ジムの片隅で、朱莉が息を呑んでいる。観客の大人たちがおおと感嘆の声を上げる。



「参った。これは……参ったな……いやぁ、参った」



 父親が珍しく厳めしい表情を嬉しそうに歪めながら胡坐をかき、両手を上げる。


 母親のぱちぱちというはしゃいだ拍手の音が一際よく聞こえた。



「すごい、すごいよ、蒼!」



 朱莉が跳ねながら蒼に駆け寄ってくる。

 約束通り、蒼は父親を打ち倒し、聖雪への受験を許されることになったのだ。


 “圧勝だった”。

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