25.笑っていて欲しい

「……フレイグ様、以前私の境遇を話しましたが、覚えているでしょうか?」

「お前の境遇……確か、侯爵家で虐げられているんだったな?」

「はい……母を亡くした私は、実の父からも継母からも、姉妹からも嫌われて、とても苦しい立場でした」


 そこで、私は自分の境遇のことを思い出していた。

 虐げられてきたあの日々が、まるで遠い昔の出来事のようだ。つい最近まで、私は侯爵家にいたというのに。


「そんな私は、継母から嫌がらせを受けました。冷酷無慈悲と噂される辺境伯の元に嫁がされることになったんです」

「……そうか」


 私の言葉に、フレイグ様は短く頷いた。

 どうやら、彼の元にもその噂は届いているらしい。私がそう言っても特に驚いていないので、そうなのだろう。

 実際に、彼はそういった面がない訳ではない。敵に対して、容赦情けはない人だからだ。

 だけど、その心の奥には確かな優しがある。それを私は知っているから、彼をそんな風には思えない。


「しかも、継母はその道中で野盗をけしかけてきました。彼女は、本気で私を消し去ろうとしていた訳です」

「……」

「そんな私を助けてくれたのは、冷酷無慈悲と噂されていた辺境伯でした……フレイグ様、あなたが私を助けてくれた時、私は本当に嬉しかったんです」


 私は、フレイグ様に対してゆっくりとそう呟いていた。

 私は、彼に助けてもらった。絶望の淵から救ってもらったのだ。それを、彼には知って欲しかった。


「それからも、あなたは優しかった……本当に、フレイグ様は優しい人です。私は、それをずっと感じていました」

「俺が、優しいか……」

「ええ、だから、私は思うんです。そんなあなたには、笑っていて欲しいと……」

「笑って欲しい?」


 それは、私の素直な気持ちだった。

 私は、こんなにも優しい彼に暗い表情をして欲しくはない。できることなら、笑っていて欲しいのだ。


「それはきっと……ラフードも同じだと思います」

「……何?」

「彼だって、あなたのことはよくわかっていたはずです。出会ったばかりの私が、こんなにもあなたの優しさを感じているんですから、それは間違いありません。そんな彼なら、私と同じことを思っているはずです……いえ、私以上に、そう思っているのではないでしょうか?」

「……」


 私の言葉に、フレイグ様は考えるような表情になる。

 ラフードが、どう思っているか。それを改めて考えてくれているのだろう。

 そんな彼のことを、宙に漂うラフードは心配そうな目で見つめている。そんな友達の思いが、フレイグ様にも届いてくれているだろうか。

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