2.容赦なき剣

「誰だか知らないが、邪魔をしないでもらおうか。こっちは今、立て込んでいるんだよ」

「……」

「澄ました顔しやがって……気に食わねぇ!」


 何も言わない青年にイラついたのか、野盗の一人がナイフを片手に彼に襲い掛かっていった。

 そんな野盗に対して、青年はゆっくりと携帯していた剣を引き抜いた。刀身が黒いその剣を、青年は襲い掛かる野盗に対して振るう。


「ぎゃあああ!」


 野盗は、いとも容易く切り裂かれていた。それは恐らく、青年の動きが想像以上に早かったからだろう。

 辺りに鮮血が飛び散り、野盗がゆっくりと倒れる。そんな野盗に目もくれず、青年はその剣を翻す。


「この野郎!」

「調子に乗っているんじゃねぇぞ!」


 仲間の死に怒ったのか、野盗達は一斉に青年に襲い掛かった。

 だが、そんな彼らにも青年は怯まない。一歩も動かずに、野盗達を待ち構えたのである。


「ぐおっ!?」

「あぎゃあっ!」


 青年は野盗を次々となぎ倒していく。その剣技は、見事なものだ。人数で優位になっているはずの野盗達をものともしない。


「なっ、なんなんだ。こい……ごっ!?」

「ち、ちくしょう!」


 驚く野盗達に対して、青年は一切の容赦情けを見せなかった。困惑していた野盗は彼に切られて、そのままこと切れたのだ。

 実力の差は、圧倒的だった。青年は、僅か数分の間に、野盗を片付けてしまったのである。


「……」


 青年の周りには、野盗の死体が転がっていた。しかし、彼はそんなことは気にせず、ゆっくりと私の方に歩いていく。

 その過程で、彼はその漆黒の剣を鞘に収めた。少なくとも、私にその剣で攻撃しようという気はないようだ。


「……大丈夫か?」

「え? あ、はい……おかげさまで」


 青年に声をかけられて、私は震える声で返答をすることしかできなかった。

 色々とあり過ぎて私はまだ混乱している。だが、とりあえず彼に助けられたということは事実だ。何はともあれ、まずはお礼を言うべきだろう。


「助けていただき、ありがとうございます」

「お前は何者だ?」

「え?」


 私のお礼に対して、青年は質問を返してきた。

 なんというか、結構冷たい。それに、私は少し驚いた。

 だが、確かにそれは当然の疑問かもしれない。私が誰か、それは明かしておく必要はあるだろう。


「えっと、私はアーティア・マルネイドといいます」

「そうか」


 私の言葉に、青年は短くそう答えた後、考えるような仕草をしていた。

 何を考えているのか、それはわからない。わからないので、私はその内に彼の様子を観察する。

 先程から気になっていたが、彼の服装はそれなりのものだ。平民にしては、少々高価な気もするし、彼はもしかしたら結構いい身分なのかもしれない。

 ここは、メーカム辺境伯の領地だ。そこに現れた彼。それらのことから、私は彼の正体に思い至った。だが、そんなことがあるのだろうか。


「……すまなかったな」

「え?」

「俺は、フレイグ・メーカムだ。お前の婚約者ということになるか」

「や、やっぱり……」


 私の疑問の答えは、すぐに出た。どうやら、私の予想の通りだったようだ。

 彼こそが、フレイグ・メーカム。冷酷無慈悲といわれている辺境伯なのである。


「俺の領地でこのような問題が起こったことは失態だ。改めて、謝罪させてもらう。すまなかったな」

「いえ、それは……」


 フレイグ様は、動揺している私の目をしっかりと見ながらそう言ってきた。

 しかし、これは恐らく彼が謝罪するようなことではない。野盗達の話を総合すると、これはマルネイド侯爵家が糸を引いていたことだからだ。


「立てるか?」

「あ、ごめんなさい。実は、腰が抜けていて……」

「そうか。なら、少しだけ我慢しろ」

「え?」


 説明を考えていると、彼は私をゆっくりと抱き上げてきた。

 所謂、お姫様抱っこの形だ。腰の抜けている私を、彼は軽々と持ち上げたのである。


「しっかりと掴まっていろ」

「は、はい……その、重くありませんか?」

「ああ」

「そ、そうですか……」


 フレイグ様は、私を抱きかかえたまま歩き始めた。よくわからないが、安全な場所まで行こうということだろうか。

 私は、そんな彼の首に手を回しておく。色々と疑問はあるが、とりあえず彼に

運んでもらうことにしたのだ。

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