第7話 服装完成
俺の身体の採寸をしてもらって、レオナールはフェルナンに二言三言話してどこかに去っていき、元の服に身を包んだ俺を工房奥の休憩スペースに通して、お茶と茶菓子を出したフェルナンは服を仕立てる作業へ。
どうやら地球のように縫製済みの服を購入して着る、という文化ではなく、各々の体格や体型にあった服を一着ずつ仕立てていく方式らしい。それでも布織りや縫製に魔法を使うために、作業は随分早くて効率的らしいが。
ただ、レオナールとフェルナンの話を聞いている限り、フェルナンは今回、糸から布を織って作るつもりらしい。それで今日中に仕上げてくれとはレオナールも無茶を言うものだが、そこはまぁどうにかなるんだろう。
茶を飲みつつ、茶菓子のクッキーをつまみつつ、ラッキーなことにスマホにダウンロード済みだったオフラインで遊べるゲームアプリで遊んでいると、フェルナンがこちらに歩み寄る音が聞こえた。
「完成いたしましたよ」
「えっ」
そして開口一番話された言葉に、思わずぎょっとする俺だ。
もう一度言うが、糸から布を織っての作業だ。どんなに優れた魔法を使ったとして、まぁ軽く見積もって3時間はかかると思っていたのに。時計を見ると1時間ちょっとしかかかっていない。
どう考えても早すぎる。ゲームアプリを終了させて、俺は立ち上がった。
「早くないっすか!?」
「私の工房の織り機を総動員して仕立てさせていただきました。その分値段も張りますが、バルテレミー様なら間違いなくお支払いくださいますからね」
俺が言うと、フェルナンはちょっと胸を張りながら返した。フェルナンの工房はそこまで広くはないが、織り機もミシンも複数台備えている。それらをフル動員とあれば、なるほど早く仕上がるわけである。よく一人でやったものだと思うが。
そうして、フェルナンが折り畳まれた洋服一式を俺に差し出す。
「こちらです、さ、お召しになってください」
「おお……」
フェルナンに言われるがまま、俺はできたての服を広げた。
白い襟付きの長袖シャツが何枚か、ベージュのジャケット、黒のスラックスだ。シンプルな造りだが、非常に丁寧できめ細やかな織られ方をしている。下着代わりのTシャツはそのままに、短パンを脱いで身につけると、俺の身体に合わせて作られているからサイズもピッタリ、着心地も抜群だ。
「すっげ……めっちゃ軽いし、着心地もいいっす」
「ありがとうございます。最高級の魔法でバロー皇国産の
着心地の良さと服の軽さに驚きつつ、身体を動かしながら俺が言うと、にっこり微笑みながらフェルナンが言った。バロー皇国なる国は糸の生産が盛んな国だそうで、高品質の糸や布を作ることで有名らしい。
シャツは絹糸と綿の混合で編まれているそうで、軽さと肌触り、そして丈夫さのバランスが取れた生地になっているそうだ。魔法で編まれていることもあって、ちょっとやそっとじゃ破けたりほつれたりもしないらしい。
「ジャケットとパンツはバロー綿糸のみで編みましたが、柔軟性と伸縮性を併せ持った造りになっております。きっと、冒険にも耐え得ることでしょう」
「おぉ……ありがとうござまっす」
フェルナンが手もみをしながら言うのを聞いて、俺は屈伸を繰り返す。なるほど、たしかに身体にフィットする造りながら、伸縮性があって動きを邪魔しない。おまけに硬さもないから膝が曲げやすい。綿100%だから肌触りは言うまでもない。
と、フェルナンが後方を振り返って何かを手に取った。手に持ったそれを俺の方に差し出してくる。
「それと、ついでにこちらを」
「え?」
差し出されたものを見て、俺は目を見開いた。
「トランクスだ!? なんでっすか!?」
「バロー絹糸とバロー綿糸の生地がいくらか余りまして。バルテレミー様から身一つでお越しになられたと伺いましたので、ついでに仕立てさせていただきました。
俺の言葉にフェルナンが指を振りながら言ってきた。
確かに俺は、まさに身一つでイーウィーヤにやってきた。Tシャツと短パン、下着のトランクス一枚、そしてスマートフォン。さすがに短パンはこの先使わないか、あるいは寝巻き代わりに使うとしたって、下着は何枚か必要だ。
正直、どこかで安いのを買って使うにしても、異世界だから地球同様の構造の下着は無理だろう、と思っていたのだ。はき慣れた下着を使えるのは有り難い。
「助かるっす、ありがとうござまっす」
「いえいえ。今後に下着や服がご入用になる際には、また我々『エルヴィユ服飾店』をご用命ください」
俺が頭を下げると、フェルナンも小さく頭を下げた。これは、今後もお世話になる機会は多くなりそうだ。どのくらいの値段がかかるものか、後でレオナールに確認を取らなくては。
すると、工房の扉が開いた。その向こうから木箱を手にしたレオナールが入ってくる。
「出来上がったかな」
「あ、レオナールさん」
俺が呼びかけると、既に出来上がった服を身につけた俺を見たレオナールが満足そうに微笑んだ。そうしてうなずきながら、こちらに近づいてくる。
「ほう、いいね。とてもよく似合っている」
「ありがとうござまっす……なんか、最初どうなんかなって思ったんっすけど、思っていたよりもいい感じで」
お礼を言いつつ自分の身体をあれこれ見つめる俺に、嬉しそうな顔をしてレオナールは言ってきた。
「よかったよかった。これで
「えっ、でも靴が」
もう早速外に出ても問題ないだろう、と言いたげなレオナールに、俺は声を上げる。
そう、服はたしかに仕立ててもらった。しかしもう一つ、俺には足りないものがある。外を歩くための靴だ。
いくら立派な服を着ていたって、足元が裸足ではどうしようもない。だから俺は、まだ外を歩くには足りないはず、なのだ。
と、フェルナンが苦笑しながら俺に問いかけてくる。
「サイキ様、バルテレミー様がどうして、サイキ様をここにお預けになられて外出されたと思いますか?」
「えっ」
含みのあるフェルナンの物言いに、きょとんとする俺。と、いたずらっぽく笑いながらレオナールが木箱の蓋に手をかけた。
「ふふふ、つまりはこういうことなのさ。ほら」
そう言いつつ蓋を取るレオナール。そして箱の中身を見せてくる。
促されるままに箱の中身を見た俺は、もう一度目を見開いた。中に入っているのは、新品ピカピカのグラディエーターサンダルだ。
「えっ、さ、サンダル!?」
「私から君へのプレゼントだ。先程仕立ててきた新品だよ」
驚きながらサンダルを手に取る俺に、レオナールがウインクしてきた。
なるほど、このサンダルを買ってくるために、彼は俺を置いて外出し、今しがた戻ってきたというわけである。納得だ。
恐る恐るサンダルに足を通す。あつらえたようにピッタリだ。ジャケットとスラックスに合わせるにはラフすぎる気がしないでもないが、比較的密に革紐が組まれているからどうにかなりそうだ。ソールも革張りで柔らかく、硬さを感じさせない。
「うわ、すげー……ピッタリっす、なんで!?」
驚きながら俺がレオナールの顔を見つめると、彼は俺の足に指を向けながら微笑んだ。
「先程フェルナンが君の身体を採寸しただろう、足の採寸の情報を貰って、靴屋に持っていっただけだよ」
「はー……」
その言葉に息を吐く俺だ。どうやら退店前の二言三言交わしたところで、俺の足の採寸情報を受け取っていたらしい。用意周到なことだ。
サンダルを履き終わった俺に、軽く手招きをしながらレオナールが言う。
「これで問題なく外を歩ける。そろそろウラリーたちも戻ってきていると思うから、次は魔法研究所に行くよ」
早速工房を後にしようと歩き出すレオナールの後を、慌ててついていく。もちろん、脱いだ短パンとまだ着ていないシャツを抱えるのも忘れずに。
そして見送りに来てくれたフェルナンに、振り返りながらレオナールが言った。
「じゃあ、フェルナン、請求書はいつものように、バルテレミー家の本宅まで回してくれ」
「かしこまりました。それでは、いってらっしゃいませ」
至極当たり前のことを言うようにフェルナンに話し、フェルナンもいつものことのように応対している。しかしその話の内容は、つまり
個人での買い物で、家への請求所払いなどと。しかもバルテレミー家の本宅宛てとは。ということは別宅やら別荘やらもあるんだろう、きっと。
さっさと店を出て歩き出すレオナールの後を追いかけつつ、俺は恐る恐る彼に問いかけた。
「レオナールさんって、何者なんっすか……?」
「ふふっ、気になるかい?」
いぶかしむような俺の問いかけに、レオナールがまたいたずらっぽく微笑む。
すると彼は、自分の口元に人差し指を立てながら、ぱちりとウインクしてみせた。
「その話はまた後で。なに、ちゃんと話してあげるとも」
「う、うっす……」
随分と含みのある物言いに、しかし何も言えずに俺はうなずく。
そしてそのまま、ラングレーの高級店の間を通って魔法研究所に向かって歩くのだった。
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