ドットマトリクス・マジック〜マトリックス式二次元コードで書かれた古代魔法の魔法書を、地球から召喚されてきた俺がスラスラ解読できる件〜

八百十三

プロローグ 召喚儀式

 ある夏の日の早朝、というより深夜。

 ワンルームの安アパートの一室に暮らすフリーター、斎木さいきまことは、枕元に響く甲高い共鳴音に眠りを妨げられ、目を覚ました。


「くわ……」


 ぼさぼさの黒髪、よれよれのTシャツと短パン。そんなだらしがない格好の極致で、俺は枕元に置いていたスマートフォンを手に取った。

 アラームが鳴ったなら朝か、と思いつつ、寝ぼけ眼でスマートフォンの画面を見る。だが、しかし。


「あ……あれ?」


 俺が予想していたような表示は、スマートフォンには現れていなかった。無機質なロック画面、中央には大きく時刻表示。そしてその時刻は、夜中の3時を指し示していた。どう考えてもアラームを設定した時間には早すぎる。


「アラームじゃ、ない……ってか夜中の3時なのに、なんでこんな」


 ようやく脳が動きだしたのか、俺が目を見開いてスマートフォンをまじまじと見る。そしてここで、俺はようやく自分の部屋が明るすぎる・・・・・ことに気がついた。同時に大きくなる、眠りを妨げた共鳴音。

 もう一度言うが、夜中の3時、ワンルームアパートの一室である。当然部屋の灯りは点いていない。カーテンもしまっており、近隣に灯りを撒き散らすような商業施設もない。

 つまり、こんなに部屋の中が明るいなんてことは、有り得ないのだ。

 そして身を起こした俺は異常に気がついた。

 部屋の床が光っているのだ・・・・・・・・・・・・


「へっ!?」


 部屋の床一面に、まばゆい光と共に謎の紋様が浮かんでいる。その紋様は地球上の言語のいずれとも違うように見えた。いや、そういう問題ではない。眠っている布団を中心に、紋様が広がっているのだ。

 ふと、共鳴音が甲高く大きくなる。同時に紋様の放つ光も強さを増した。光が真を包み込むように、輝きを増していく。


「わ、わ、なん――」


 何が何だか分からないままで、俺はスマートフォンを手に握りしめながら困惑する。そのまま視界は光で埋め尽くされ、高鳴る共鳴音と共に目の前が真っ白になった瞬間。

 パンと弾けるように視界が開けた。次いで目に飛び込んできたのは、石レンガで作られた床と壁、柱だ。


「へ?」

「おお……」


 困惑が頂点に達したところで、耳に飛び込んできたのは年老いた男性の声だった。声のした方を向くと、そこにはまるでファンタジー系のゲームで王様が身につけているような、まさしく王様という装いの老人が俺を見ていた。

 いや、俺だけではない。中学生くらいの少年と、20代くらいの女性が真のすぐ傍で同じようにへたり込んでいた。彼ら彼女らも、見るからに寝巻き姿である。

 そんなある意味でみっともない姿をした3人を前にして、老人たちがわっと喜びの声を上げた。


「フレドリク殿!」

「やった……遂にやったぞ!」


 王様の装いをしたフレドリクなる人物が、側近と思われる老人に手を握られている。そのままその手が上下、どうやら握手をされているようだ。

 つまり、なんだか喜ばしい状況に俺は置かれているらしいが、それはそれとして見知らぬ場所、見知らぬ人物。困惑せざるをえない。


「こ、ここは、どこだっ!?」

「貴方たちは誰ですか!?」

「えっ、誰!?」


 俺が声を上げると、女性が自分の身体を腕で隠しながら悲鳴を上げた。同時に少年も周囲を見回しながら声を上げる。この場合の「誰」は、すぐ傍にいる俺と女性に対してのもののようだ。

 そんな3人に、フレドリクは一歩前に踏み出して腕を広げながら、自信たっぷりに言ってのけた。


「誇るがいい、異世界の勇者ゆうしゃたちよ。お主たちはこの世界、イーウィーヤの救世主・・・として、我らが手によって招かれたのだ」

「い……」

「イーウィー、ヤ?」


 聞き慣れない単語に、少年と女性が疑問の声を上げた。俺も話についていけず、すっかり首をひねっている。

 状況が飲み込めていない3人に、フレドリクは一方的に話を続ける。


「この世界には危機が迫っている。世界を滅ぼさんとする者が、この世界の外より押し寄せようとしておるのだ。その危機を脱するには、異世界より招かれた勇者の力が必要だ」


 フレドリクの言葉に、俺も、他の2人も目を見開いた。

 勇者だなどと突拍子もない事を言われるだけでは飽き足らず、世界に迫る危機を脱するのに自分たちの力が必要だ、などと。そんな事をいきなり言われて、はいそうですかと従える方が珍しい。

 思わず弾かれるように立ち上がって、俺は真っ先に首を振る。


「ゆ、勇者って、俺はただの人間だ! そんな力なんて、あるわけない!」

「そうだよ! 僕だってただの学生で……」

「私だって普通の会社員です、世界を救うなんて無理です!」


 次いで少年も、女性も困惑しながら声を張り上げた。地球で、日本で、なんの危険に出くわすこともなく平穏無事に生きてきた一般人なのだ。そんな人物が、世界を救う勇者だと言われて、すぐに信用できる方が並ではない。

 しかし、フレドリクはゆるゆると首を振った。


「急に招いてしまったことは謝罪する。しかし力がない、ということは起こり得ない。何故なら貴殿らには、自分でも知らなかったであろうが眠っているのだから」

「ち……」

「力、ですか?」


 フレドリクの言葉に、ますます目を見開く3人だ。

 自分でも知らなかった力が、自分に眠っているとは、どういうことだろうか。

 そう疑問に思うより早く、フレドリクが最初に中学生らしい少年へと手を伸ばす。


「勇者よ、名を名乗れ。まずは若き者から」

「え……や、安田やすだ稜介りょうすけ


 稜介、と少年が名乗った後、フレドリクは自分の隣に立つローブ姿の人物へと視線を向けた。杖を手にしたローブ姿の人物が、杖の先端で丸く図形を描くと、その空間に鏡のようなものが現れた。


「ヤスダ・リョウスケ。貴殿に眠る力はこうだ」

「わっ……!?」


 鏡を見せられた稜介が声を上げる。

 その鏡に映されているのは稜介自身だ。しかしその手には剣、そして盾。その剣と盾を自在に扱い、さらには剣の先から魔法も放ってみせる稜介が、そこにはいた。

 さらにはその鏡の周囲を取り巻くようにたくさんの文字が浮かんでいる。どうやら、その文字に彼に眠る力が記されているようだ。


「すごい!」

「おお……」

「こ、こんな力が、私にも?」


 真と女性も、その映像を見て驚きの声を上げる。つまりこの鏡に映っているのは、名前を告げた人物の未来の姿、ということらしい。

 ローブの人物が鏡を杖でつつくと、鏡は水に溶けるようにして消えた。次にフレドリクが目を向けるのは女性の方だ。


「それは今から分かる。女の勇者よ、名を名乗れ」

「み、三木みき麻美子まみこ、です」


 麻美子、と名乗った女性が背筋を伸ばして答える。果たして、同じように現れた鏡に、彼女の姿が映された。


「ミキ・マミコ。貴殿の場合はこのようになる」

「うわ……」


 映像を目にした麻美子が驚きの声を上げた。

 丈の長いローブに身を包み、両手から数多の魔法を放つ真美子。その姿はさながら魔法使いだ。どうやら彼女は魔法系統の才能を持っているらしい。

 再び鏡が消えて、最後。いよいよ俺の番だ。


「最後の一人よ、名を名乗れ」

「お、俺は斎木さいきまことだ」


 緊張の面持ちで名を名乗る。そして同じように鏡が現れるが、しかしそれを見てフレドリクが首を傾げた。


「サイキ・マコト。貴殿は……む?」

「ん? なんだ?」


 今までと様子が違う。首を傾げながら俺が鏡を見ると、そこには今とそう変わらない服装で、何をするでもなく、ただ立っている・・・・・・・俺の姿が映っていた。

 これまでと状況が違う映像に、周囲を取り囲む人物たちも慌てだす。


「これはどういうことだ?」

「フレデリク殿? ……これは」


 そのまま俺を放り出して、鏡の映像を見ながら顔を突き合わせて議論する彼ら。そしてしばらくしてから、至極残念そうな表情をしながらフレドリクが告げてきた。


「サイキ。貴殿は信じられないことに、普通の人間相応・・・・・・・の力しか持たぬようだ。スキルも見ての通り、一般的なものや用途不明なものがいくつかあるばかり。これでは、世界の命運を託すには不十分だ」

「なっ、は!?」


 フレドリクの言葉に、俺は思わず声を荒らげる。

 一般的なスキルと用途不明のスキルしか持たず、能力も一般人相応。しかし彼らが勝手に呼び出したというのにこの仕打ち、あまりにも勝手が過ぎる。


「お、おい待てよ、勝手にそっちで呼び出しておいて、用済みだって言うのか!? なら元の世界に帰してくれよ!」


 声を荒らげながらフレドリクに言葉をぶつける俺だが、フレドリクの返事はそっけない。ゆるゆると頭を振りながら、彼はこちらに言い放った。


「それは出来ぬ相談だ。召喚儀式は一方向のもの。貴殿の世界から召喚儀式を行わない限り、元の世界には帰れん」

「な……!?」


 思いもよらぬ言葉に、俺も、稜介も麻美子も絶句した。まさか、自分たちはこの世界で勇者として生きるしかなく、もう地球に帰れないとでも言うのか。

 混乱が収まらない中、フレドリクが自分の隣に立つ側近の老人に声をかける。


「ユベール、転移儀式てんいぎしきを」

「はっ」


 ユベールと呼ばれた側近の老人が、杖を床へと向けつつ呪文を唱える。するとすぐに、俺の足元に魔法陣が描かれた。

 逃げようとしても壁が作られたらしく、そこから動くことが出来ない。壁を叩いても割れる気配はない。稜介と麻美子も、周囲に控えたローブ姿の人物に引っ張られていってしまった。


「これから、貴殿をこの世界のどこかへと転移させる。幸運ならばどこかの町の中で慎ましく暮らせるだろう」

「ちょっ、おい! やめろ!」


 そこにフレドリクがぶつけてくる言葉に、ますます混乱する俺だ。

 この期に及んで、このイーウィーヤなる世界の何処かに放り出そうというのか。まだこの世界の何も、分からないままでいるのに。

 静止の声も聞き届けられず、再び足元が光り輝く。


「力のない勇者は用済みだ」

「やめ――!」


 再び響く共鳴音と発する光。その中に、フレドリクの無情な言葉が掻き消えていった。

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