第4話【家族全員本名じゃなかった件】

 頭が良くて、家族を何より大切にしている父親。子供や夫のことが大好きな、優しい母親。よく面倒を見てくれる、頼れる姉たち。多少ひねくれており、父に似て何を考えてるかは分からないけど、根は優しい双子の兄。俺を実の弟のように扱ってくれるイケメンな義理の兄。そして、ちょっぴりキケンな香りのする居候のお姉さん。


 そんな、ごくごく平和で温かな家族だと思っていた。

 ・・・つい数時間前までは。


 蓋を開けてみれば、台所でハンバーグを焼いている母は魔法少女、風呂から上がって扇風機の前で子供みたいに「あー」なんて言っている長女は魔法格闘家、仲良く格ゲーの対戦に夢中になっている次女と三女は狂剣士と大火力砲。殊勝にも夕飯の準備を手伝ってくれている義理の兄は鬼神、ソファで難しげな本を読んでいる兄は心理操作能力者、鼻歌を歌いながら料理を盛りつけるお姉さんは魔女。

 で、それをこっそりつまみ食いして母のチョップの直撃を喰らっている父に至っては、「錬金術師と魔王と軍人と魔法少女と食人鬼と神性の複合」という、はっきり言って意味不明な存在。


 で、その異常者バケモノ集団の中に放り込まれてしまった、ただ爬虫類の能力をコピーしただけの能力者、俺。


 もはや事態についていくことすら叶わずボーッと立ち尽くしていると、既に夕食の準備はできあがっていた。


「よしっ、食べるぞー。いただきまーす!!」


「「「いただきまーす。」」」


 皆、何事もないかのように美味しそうにご飯にありつく。・・・いや、確かに絵面だけ見れば昨日までと何一つ変わらない仲良し家族だが、皆はお互いの正体を知っているのだろうか。もしそうだとすれば、皆で俺にだけ黙っていたことになる。

 俺は恐る恐る、父に尋ねた。


「・・・父さん。」


「む?」


「父さんの言ってたこと、どうやら本当だったみたいだ。俺、本当に変な能力が使えるようになってた。例えばこの鱗とか。」


 そう言いながら、俺は左手に【防殻鱗片】を発動してみせた。

 それを見た父は、噛んでいたハンバーグをゴクンと飲み込むと目を輝かせて食いついてきた。


「おお、やっぱできたか!!初日から使えりゃ上出来ってもんだ!!みんな、ついに竜侍も能力者の仲間入りだ!!」


 すると、家族全員が一斉に俺に注目し、歓喜の表情を浮かべた。そして、次女のスカーレット姉さんに至っては嬉々として俺に抱きついてきた。


「それじゃあ、竜侍。」


 父が家族全員を見渡したあと、再び俺に視線を戻した。


「ようこそ、怪物一家『ミランガ家』へ!!!」


「・・・ミランガ、家・・・?」


「そう!この林田家の正しい姓は『ミランガ』っていうんだ。俺の名前は、正しくはミランガ=カーズという。他の皆の姓もミランガだ。まあ、多嘉子は普通に鳥辺野多嘉子が本名だけど。」


 ・・・え、それってつまり、俺も正しくはリュウジ=ミランガって名前なのだろうか。


「・・・姉さんたちは?」


「ミランガ=サナだよ?」


「ミランガ=スカーレット。」


「ミランガ=カナ!」


「それじゃあ、母さんも・・・」


「うん。私の正しい名前はミランガ=テティスだよ。」


「下の名前すら本名じゃなかった!?」


「そうなのよ。ろくでもない親に、とんでもないキラキラネーム付けられてさ。偽名作るついでに本名も封印したの。」


 やっと理解が追いついてくると、おかしな点に気がつく。


「・・・ミランガが姓だっていうならさ、カーズ=ミランガとかテティス=ミランガっていう方が正しいんじゃないか?」


 すると、多嘉子さんが突如吹き出した。


「ぷっ、あっははは!!実はな、ミランガは元々『ミランガ』が名前で『カーズ』が姓だったんだがな・・・。・・・っく、くくく。こいつ、今所属してる組織に入る時に、名前書く欄に『ミランガ カーズ』って書きやがったんだよ。」


「え、日本の書類にですか?」


「そうだよ!!『=』記号の存在知らなかったみたいでさ。だからコイツ、その時に姓名が逆転しちまったんだよ!!もうおっかしくておっかしくて!!あっはははは!!!」


「・・・あー・・・。父さん、ドンマイ・・・。」


「まあ、別に名前くらい変わったって何ともないさ。」


 父はそう言って軽く苦笑いすると、近くの棚から何やらDVDのようなものを取り出した。


「それは?」


「閻魔大王から預かったものだ。使命に関する説明だとかで、新しい能力者が現れたらそいつに見せろって言われてたんだ。丁度良いし、みんなで見ちゃおう。」


 そんな大事なものを、家計簿やおくすり手帳の入っている棚に突っ込んどいて良いのかと疑問に思ったが、母が言うには以前は雑古紙の箱の中に召喚術式の呪符を突っ込んでいたこともあったらしいから、こんなのはまだ序の口だろう。

 DVDをセットして再生すると、以前夢の中で見た時と同じ姿の閻魔大王が映った。彼は厳粛な雰囲気で、重々しく言葉を発し始めた。


「新たなる能力者よ。このたびは、能力への覚醒おめでとう。ワシが冥界の王にして原初の人間、ヤマである。我が後輩たる人間たちからは、閻魔大王と呼ばれておる者じゃ。早速だが、お主にはワシの仕事を手伝ってもらわねばならん。」


「え、何。閻魔大王の仕事の手伝いって、罪人とか裁いたりするの?」


 テレビから視線を逸らしてそう父に聞くと、


「いや、経験上多分そうじゃないと思う。」


 と即答。・・・いや、経験上、って。閻魔大王の仕事手伝ったことあるとか、本当にウチの父親何者なんだ・・・。

 そして彼の言った通り、閻魔大王から告げられた任務は、閻魔大王というイメージからはかけ離れたものであった。


「お主には、世界を救ってもらう。」


 するとその言葉に、間髪入れずに家族全員からブーイングが飛ぶ。


「はい、閻魔大王三度目の他力本願ー!!!」


「まったく、いい加減にしてほしいわ。何であんたの尻ぬぐいを一般人がしなくちゃいけないのよ!!おかげでエライ目に遭ったわ!!!」


「丸投げ、はんたーい!!!仕事は協調性が大事だぞー!!」


 散々な言われようだが、これが録画だったのが幸いだろう。画面の向こうの彼にダメージは行くまい。

 閻魔大王は、尚も真剣な表情で語りかけてくる。


「・・・とは言っても、ミランガ=カーズという人物の働きにより、すでにお主がいる世界の危機は排除された。・・・だが、その余波は数多あまたの世界に及び、新たな危機となっておる。お主にはこれを排除してもらいたいのじゃ。」


 もう俺の中の父親像はシッチャカメッチャカになっていたので、世界の危機を排除したとか言われても既に驚かなくなっていた。だが、その次に飛び出した一文には流石に面食らった。


「それでは、能力に選ばれし勇者?的な者よ。仕事の開始は明朝とする。世界を救うため、いざ旅立つのじゃ!!!」


 ・・・は?

 明朝?つまり明日の朝?昨日の晩まで一般人だった奴が、明日の朝からいきなり世界を救えってか?


「なお、このビデオは自動的に消滅しないので、自治体の規定に則って処分すること。」という言葉を最後に、画面は砂嵐になってしまった。


 当然ながら戸惑っていると、父が俺の肩に手を置き、見たこともないほど真剣な顔で言った。


「・・・竜侍。突然のことで戸惑ってるかもしれないが、お前には一刻も早く世界を救いに行ってもらわなければならない。確かに昨日まで一般人だったお前に、いきなり世界を救えだなんて、常識的に考えればあり得ない。」


 父は俺の考えを見透かしたように言った後で、こう付け加えた。


「・・・だが、一般人が一般人として生活できているのは、代わりに戦ってくれる誰かがいるからなんだ。その彼らだって、元はお前と同じ一般人だ。それに、この国だってつい八十年前くらいには、昨日まで中学に行ってた子どもに『明日爆弾を背負って敵戦車に飛び込んで死ね』などと言っていた。戦うとは、そういうものなんだ。」


「・・・」


 それを言われてしまっては、何も反論できなかった。戦う力なんてないのに無理矢理戦いの中に放り込まれた人もいるのに、戦う力をもらった俺が戦わない訳にはいかなかった。

 俺の顔を見て何かを察したのか、父は少し表情を和らげて頭をなでてきた。


「それに、どの世界にだって、俺たちみたいに家族と一緒に平和に暮らしている人間はいるはずだ。世界が崩壊したら、それこそ彼らは助からない。救いたいとは思わないか?」


 この一言がとどめとなって、俺はついに無言で首を縦に振った。家族からはささやかな歓声が上がり、この日の夕食は竜侍くん行ってらっしゃいパーティーと化したのであった。



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