第5話 いっぱいしよっか

〇 和室――夜12時15分。

 謎の存在とのやりとりが続くが、なずなはいたって平和にすうすう寝ている。


(音)ひゅうう?――


 わたし?

 桃子。

 小松菜 桃子。


(音)ひゅうう?――


 ……。

 マヤじゃないし。


(音)ひゅうう?――


 ……。

 えっと……。

 もしかして、あんた出てくるとこ間違えたんじゃない?

 草薙マヤじゃないし。

 わたしは小松菜 桃子ですけど。

 

(音)ひゅうう?――


 そこで寝てるのは、わたしたちの娘です。

 なずな。

 小松菜 なずな。

 それに、まだ2歳よ。


(音)ひゅうう?――


 だから、いないって。

 今日は、小松菜ファミリーで高原旅館にきたの。草薙ファミリーはここにはいません。


(音)ひゅううううううううううううううううう――混乱したかのように、風が荒れ狂う。


 はあ(*呆れた声)。

 あのさ。

 あんた、初めて心の底から好きになった人とか嘆いてるわりに、相手を間違えるって最低じゃない?

 そんな間抜けなやつ見たことも聞いたこともないけど。


 はっきり言って――めっちゃ迷惑。


 悪いけど、もてないわよ。


 そんなやつ。


 てゆうか、もしかして、あんた幽霊じゃないでしょ。

 どっちかと言えば、生霊?

 そんな感じ?

 そうゆうのそんなに詳しくないけど、そんな感じよね?

 それに、草薙さんは赤ちゃんが産まれて忙しいのよ。

 確かに魔性の女オーラがすごいけど、もうママだからね。

 あんたも人妻なんかにいかないで、フリーな子にいきなさいよ。

 

(音)ひゅうう?――


 なに? あんた知らなかったの?

 ただのむっちり系だと思ったわけ?

 そういうのがタイプだった?


 はあ(*心底呆れた声で)


 それじゃ無理よ。


 無理。

 絶対。

 例え、草薙さんが人妻じゃなくても、そこまで鈍感なやつはもてないわよ。


 ……。


 もういいでしょ。

 ほら、早く消えなさいよ。

 てゆうか、邪魔……かも。


(音)ひゅううううううううううううううううう――風が荒れ狂う。

(音)バリン――同時に、窓ガラスが割れる。


 な!

 腹いせにわたしを襲うつもり?

 ちょっと!

 やめてよ、そんなの。

 それに、わたしにはちゃんといますから。

 旦那が。

 その……なんだ、あ……愛してる旦那が。

 だから、あんたはお呼びじゃないの。


(音)ひゅううううううううううううううううう――風が荒れ狂う。


 何度も言うけど、ないって!

 イチャイチャなんてしてません!

 最近、全然ないんだから!


(音)ゴロゴロゴロゴロ、ドシャ――ん――突如として発生した暗雲。雷が近くに落ちる。


 こ、こいつ、情けないわりにものすごいパワーを秘めてたのね。

 なに?

 草薙さんってそんなに思わせぶりだったの?


 あ!


 思い出した。

 そういえば……草薙さん、お店のみんなに義理チョコ渡しただけなのにバイトの子に勘違いされてるって、笑い話にしてた気が……。

 わたしも、ちょっとウケたし……。


(音)ドシャ――ん、ドシャーん――何度も雷が落ちる。


 ひいいいいいいい!

 あんたを馬鹿にしたつもりはないのよ。

 文句なら、草薙さんに言いなさいよ。


(音)びゅおおおおおお――割れた窓から暴風雨が吹き込む。地獄のような唸り声。

(音)ガラガラ――部屋の掛け軸や壺など色んなものが倒れる。


 た、助けて……


 あなたあぁぁ!

 

(音)びゅおおぉぉぉぅぅ――地獄のような風は、割れた窓から遠ざかっていく。


 ……。


 ……。


 あれ……消えた……?

 ……どっかに行ったってこと……?

 ……まあ……、なんにせよ助かったのかしら……?


(音)さらさらさら――旅館の近くを流れる川のせせらぎが聞こえる。


 ……。

 てゆうか、なんだったの。

 夢……かしら?

 ちょっと、つねっていい? あなたの頬を。

 だめ? 痛いから?

 けち。

 じゃあ、わたしの頬をつねるわ。

 ……。

 痛っ。

 やっぱり痛いわね。


 ということは……夢、ではないわけね。


 えっと……。

 ありがとう。

 普段、えっちでお調子ものだけどやっぱり頼りがいがあるわね。

 だって……。

 窓ガラスが割れたとき、咄嗟にわたしの前に立ちふさがって、かばってくれたでし

ょ。


 ……。


 ふふっ――

 いや、なんでもない。

 人間って不思議なことに遭遇すると、笑っちゃうってほんとね。

 笑いと狂気は紙一重って、誰かが言ってたわよね。


 ……あのね。

 いや……まあ、あれよ、アレ。

 あなたと結婚して良かったなって。

 なんか改めてそう思っちゃった。


 ふふっ――

 なずな、よく寝てるね。

 こんなことがあったのに、こどもって一度寝たら、ずっと寝てるものね。今頃、楽しい夢でも見てるのかも。

 ミラクルパ~ンチとか。

 ああ、あれよ。


 宇宙キューティー「KISARAGI」。


 ……。

 きさらぎ……。


 そういえば、あいつ、ほんとに消えたのかしら……。

 ちゃんと成仏……してるのかな……?

 ……。

 でも、成仏もなにも生霊なのよね……?

 生きてるってことでしょ?

 じゃあ、生身のあいつは――


 ……。

 ん。

 ……。

 んんん?

 ……。

 んんんんんんんんんんん――


(音)わおーん――野犬の遠吠えが聞こえる。


 だよね!

 草薙さん!

 大変!

 もしかして、あいつ草薙さんのところに行ったんじゃ!

 どうしよう!


 ……。


 うん。

 わかった。

 やっぱり行くよね、助けに。

 とりあえず、スマホにメッセージ入れるね。

 今から高速飛ばしたら一時間で着くから。 

 ……気を付けてね。


 え?


 ……。

 ふふっ――

 腹筋と背筋、ついでにヒラメ筋も鍛えてるって?

 ちょっとさわっていい?

 ……。


(音)ごそごそ――桃子があなたの衣服をなぞる。


 ちょっと固いかも。

 いつ鍛えたのよ。

 わたしとするため?

 そんなに激しく?


 やだ、そんなの。


 ふふっ――

 でも……今日のあなたはちょっと強そう。

 ほんとだって。

 じゃあ……。

 気を付けてね。

 あなたにもしものことがあったら、わたし……。

 あ……。

 ちょっとまって。

 ……。


(音)ちゅ――という音。

  

 ふふっ――

 キスも久しぶりかもね。


 あのさ……。





 無事に帰ってきたら、いっぱいしよっか。




(音)主題歌のイントロ(読者がテンションマックスになる曲が、大音量で流れる)



 了




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