第10話 8月10日 ランボー者 怒りの長距離ドライブ

 ついにソフィが免許を取った。

 取ってしまった。

 それは僕にとって地獄行きの片道キップになる。


 あの盆踊りの夜。あんなケンカ別れみたいになったのに、翌日からは元通りのソフィがなんだか気持ち悪い。


 割り切ったのか、切り替えたのか。

 いずれにしても良いことではないはずだが、こちらもつい合わせて接してしまう。

 空気を読む。それができるのも成長の証、なんだろうか。


(それは困る!)


 あれは取り返しのつかない失言だった、それだけは間違いない。当然あんな勘違いされたままでいいはずもない。きちんと伝えるんだ誤解だったと。

 でもそれは『一緒に暮らしたくない』を否定する行為。『一緒に暮らしたい』ことと同義。だからためらわれる。本当にここで人生を定めてしまってもいいのだろうかと。


 そこまで深刻に考えなくてもいいのかもしれないけど、でも僕は、ソフィのことを正対で捉えたい。

 彼女の暮らしたいは、家族としての暮らしたいなんだとは思うが。僕のそれは。


 前は家族のように、今は仲直りした友達のように接してくれている。親友の位置ではない。

 僕に対する好感度はおそらく。

 表向きは普通に接する、あのマイナスだった2日目まで戻ってしまった。


 おそらくため込んでいたのだろう、彼女のイライラがついに、免許取得という最悪のタイミングで爆発した。


「行くぞレイジ、こい」


 なんだか怖い。

 言われるがままに助手席に座り、彼女がハンドルを握る。


 走り出す。

 どこへ向かうかは聞けていない。怖いから。

 それで別の話題からのアプローチを試みる。


「親父さんの車、よく借りれたね今日。仕事なんだろ?」

「ああ、たぶんな」


「たぶん? 聞いてないってこと?」

「そうさ。黙って乗ってきたんだ。メールは打っといたから、仕事にはタクシーでもUverでも使うだろ」


「おいおい……」


 かわいそう親父さん。

 起きたら車ないぞ。


 こうして恐怖の初心者ドライブが始まった。恐怖とはここ最近の関係のことを指すのではない。彼女の運転技術の方だ。


 明らかに不慣れ。

 背もたれを使わない。ハンドルのにぎりは10時10分ではなくて11時5分。視線は常に真っ直ぐだけに注がれている。まばたきはしろよ? 渇くぞ?


 石ころが落ちていて。ギリギリでスルーするのかと思いきや、直前で急ハンドルを。


「うわっと!」

「おいおい、もちょっと手前でやってくれよ。ほらあそこ、またあるぞ石」


「き! 気が散るから黙ってろぉお!」


 すごい剣幕。

 楽しい楽しいドライブのはずがどうしてこうなった。


 しばらく無言で走って。

 彼女の機嫌を損ねないようにそっと、ラジオのスイッチを入れて。音量は控えめで。

 それを聴きながらただ流れゆく景色を眺める。


 それにしてもずいぶんまっすぐに走るんだなぁ。これはきっと高速道路、フリーウェイだ。その名の通り無料でどこまでも走っていられる。


 彼女のような初心者ドライバーにはむしろ、変化に富む街中よりもこっちの方が走りやすいのかもしれない。その証拠に、ソフィもどうやら緊張がとけてきた。


 肩の力は抜け、背もたれを使い。

 表情にはうっすらと笑みが。

 その彼女から、あの叱責以来のお言葉が。


「腹ぁ減らないか」


 言われてみれば確かに。今日はまだ何も食べていなかった。


「それいま思ったとこ。どこかいいとこある?」

「ああ、午後ぅマップを開いてくれ。それでバーガーの検索頼む」


了解コピー、ただちに!」


 それでアプリから自発的にいくつか候補が挙がり、その中から聞いたことのないバーガー屋さんを選んだ。この地域にチェーン展開しているお店らしい。


 フリーウェイを降り、店に到着してもソフィが駐車場に入らない。

 なんでか聞こうとしたら、敷地のはじで列をなす最後尾に並んだ。意図がわかった。


「ドライブスルー?」

「ああ、どうせならこれだろ」


 人生初ドライブでいきなり? かっけえよソフィの姐さん!


 メニューを決め、お金を払い、商品を受け取る。

 それで敷地を出てそのままフリーウェイに。


「あれ? どこで食べるんだよ」

「そりゃあここさ。車で食べようぜ。その方が早えし、なにより気持ちいい、だろ?」


 それはそうだが。

 初心者運転で、早くも片手運転か? そう思ったら。


「ああ〜ん」


 ソフィが口を大きく開けている。


「なんだそれ」

「食べさせてくれ。はい、ああ〜ん」


 彼女がこっちを向いて口を大きく開け、目をつぶっている。かわいくてドキッとするけど。


「イヤイヤイヤ! 前見て前ええええ!」

「ああ、そっか」


 危うく死ぬとこだ。違う意味でドキッとしたよ。


 横からバーガーにフレンチフライ、時々コークを彼女の口に運ぶ。

 自分も食べながらのため忙しい。でもそれがなんだか楽しくて。

 いつの間にか場が和んでいた。


「ぐムゥ、こ、コークを……」


 苦しむ顔もまたかわい……いってる場合か。すぐにコークを差し出して。


「しっかりしろよ初心者ドライバー。慌てなくてもまだ揚げたてフレンチフライは冷めない、だろう?」

「くはぁ! 死ぬかと思った!」


「はは、その様子なら安心だ」


 あれ?

 これってなんだかいい雰囲気。

 彼女がまた柔らかい空気をかもす。


 先に食べきったソフィが、ラジオの周波数を変えて音量を上げる。


「さあ行くぞ! つかまってろ!」


 車でテクノ系はまずいのではないだろうか。それにどこへ連れて行かれるんだか。


「へえへえ、安全運転で頼むよ」


 何も解決はしていないけど。

 ひとまずの仲直りはできたと思う。

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