その10 出発侵攻!

 「えーっと……」

 「よーし、早速行こうではないか!!」

 「わくわく!」


 外に出てみると親父さんが余所行きの服と荷物を持ち、使用人と思われる人が荷車を引き、挨拶で渡すであろう品物を持ってきていた。


 アグリアスも白いブラウスに青いスカートにつばの広い帽子とアクセサリー数点を身に着け、こちらも着飾っている。彼女は分かるけど……


 「あの、トライドさんも行くんですか?」

 「ああ! 『とらっく』に乗ってみたいからな。さっき乗ったがもっとスピードが出るんだろう? 馬車よりも速いとアグリアスから聞いた。ぜひ一緒に……!!」

 「家は? 奥さん、まだ寝ているんでしょう?」

 「問題ない」


 そう言って荷台の布を剥がすと――


 「ぐー」


 「奥様ー!?」

 「なにぃ!?」

 

 珍しくサリアが驚いた声を上げ、俺は荷台の女性と同じくどっちにも驚いた。

 まだ寝ているアグリアスの母親は若く見え、姉と言われても納得するほどの見た目である。


 「屋敷に誰も居なくて大丈夫、なんですかね……」

 「舞踏会などは一家で出るから心配せずとも問題ないぞ?」


 使用人を残しているしとのこと。

 金庫とかもあるので、よほどのことが無い限り金が奪われたりということもないそうだ。


 「ま、まあ、そこまで言うなら俺は構いませんよ。えっと、それじゃ荷物は後ろで、奥さんは寝台……はサリアが乗るか? 仕方ない上を使うか」

 「上?」


 俺は先に乗り込むと、サンルーフ部分の一部を取り外して覗き込む。

 完全に寝に入ろうと思ったらこの改造したベッドみたいにしている部分で寝るのだが、いつも使っている訳じゃないから汚れてるんだよな……元々、俺は今回押し付けられたトラックなので自分の毛布と枕だけ持ってきていたんだよな。


 とはいえ――


 「ふうん、扇風機があるな。カークリーナーも置いてったのか? シガーソケットに差して使えるかな」


 臭かったりはしないが前に乗っていたヤツが色々と置いていたらしく、生活感溢れるアイテムが転がっていた。

 カーバッテリーに寝袋、ミニ冷蔵庫なんて置くなよ……と思ったが、冷蔵庫はちょっと嬉しいかもしれない。


 「どうです?」

 「おう!? 心臓に悪いだろ!? うーん、ここに寝かせようと思ったんだけど持ち上げるのが大変だな……」

 「ではここに寝かせましょう。私が一緒にここに座るので」

 「スペースは……まあ、あるか……トライドさん、ここに乗せましょう」

 「おお!」


 そこからアグリアスと二人で乗せたのだが、この騒ぎでも起きないあたりこの人の寝坊助は相当なもののようだ。

 荷物もコンテナに載せ、全員が乗り込んだところでエンジンをスタートさせる。


 「うむ、この音は心をくすぐるな」


 何故かエンジン音にうっとりするトライドさん。

 でもヤンキー時代、バイクの音をカッコいいと思っていた俺はなんとなくわかる。


 「よし、それじゃ異世界の初仕事と行きますかね!」

 「おー」


 ハンドルを切り、大通りをもう一度ゆっくり進む。

 そうしていると、子供が走りながら手を振っているのが見えた。


 「おう、危ないからあんまり近づくなよー」

 「うん! かっけえなこれ!! 兄ちゃんのか!」

 「そうだぞ」

 「俺も乗せてくれよー」

 「帰ったら考えてやるよ」


 門に辿り着くまで子供はついてきて目を輝かせていた。

 暇なときにでも乗せてやるかな?


 「少し出てくる!」

 「ええ!? トライド様!?」


 そら驚くわな……

 それでも出してくれと合図をするトライドさんに苦笑しつつ、俺はアクセルを踏み込み速度を上げていく。


 「おお……おおおお!」

 「窓、少し開けときますね」

 「ま、魔法かねこれは!」

 「ヒサトラさんが開けるんですのよ」


 手元のスイッチで窓を開けると感動に震えていた。ここまで喜んでくれると俺も嬉しいので、アクセルをもう少しだけ踏む。

 なんせ周りにはなにもない草原だ、森に入るまではそれでもいいだろう。


 「凄いですね、来た時よりも速いんじゃありませんか?」

 「ああ、燃料のことが気になっていたからな。だけど俺の魔力とやらで動くようになったらしいし、どれくらいもつのか試したいってのもある」


 燃料メータはフルを指していて、特にエンジンや駆動に問題はない。

 真後ろから覗き込んでくるサリアに答えながら俺はナビを起動させる。電子音と共に後部のカメラが起動し、ついでに時間も表示された。


 「これはなんですの?」

 「後ろにコンテナがあって見えないだろ? これで後ろが見えるって寸法さ。まあ、ここじゃ他に車が走っていないからあんま意味ないけど」


 時計は必要なんだよな。

 どれくらい走行したら魔力が減るのか、とか調べておいて損はないはずだ。


 「ううむ……速い……これは品物を届けるのに最適……いや、兵士とか運べば戦争も実は……是非手元に……しかしアグリアスを嫁にはやれん……」

 「トライドさん?」

 「ひぅ!? な、なにかね?」

 「いや、深刻な顔をしていましたけど、酔いました?」

 「酔う? 酒は飲んどらんぞ?」

 「あー、そういうのじゃなくてですね――」


 俺が説明をしようとしたところで、背後から声が聞こえてきた。


 「あー、良く寝たわぁ。メイ、顔洗うから手伝ってぇ……」

 「おはようございます奥様」

 「あれぇ? 今日はサリアだっけ……? ふあ、誰でもいいから洗面所に連れて行ってぇ」

 「残念ながら、それは叶いません。こちらをどうぞ」

 「なにー? えっ!? アグリアス? それにあなたぁ? ……ここは?」


 呑気な声でそういう奥さん。

 旦那と娘に気づいた後、周囲を見渡した後、呟く。


 「私、いつの間にお出かけしたのかしらぁ?」

 

 どうやら寝坊助は性格によるものらしいな……にゅっと寝台から顔を出して俺と目が合う。


 「あら、どなたぁ?」

 「初めまして、俺はヒノ ヒサトラと言います。今は皆さんを隣の領地までお連れしているところですよ」

 「ああ、昨日アグリアスちゃんが言っていた助けてくれた人! ありがとうざいました、私はエレノーラですよぅ」

 「いえいえ、とりあえずそこで申し訳ないんですが、到着までもう少しお待ちいただければ」

 「わかったわぁ。……あ」

 「ん?」


 了承してくれたがすぐに奥さんは小さく声を漏らす。


 「どうしました?」

 「……おトイレに行きたくなっちゃった……」


 声だけじゃなく違うものも漏れそうだと言い出したので、俺はとりあえず一旦トラックを止めることにした――

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