その2 諸々の事情
馬を乗せた後、道なりにトラックを走らせること数時間。
森を抜け、自然溢れる草原に出たところでスピードを落として周囲を見渡す。
「……どっきりとかでもなさそうだな」
「どっきりってなんですの? それより、この動く鉄の塊すごいですわね! 馬車みたいに馬が引いている訳でもないですし」
「この鉄の塊の下では相当数の馬が働かされているのですよお嬢様」
「そうなんですの!?」
「サラッと嘘つくな!?」
この銀髪メイドは油断ならねえ……それはそうと、これからどうしたものか。
二人を送り届けた後のことを考えないといけない。
幸い言葉は通じるし、助けた礼代わりに元の世界に戻る方法を知らないか聞いてみるか?
「俺は多分、別の世界からここに来たんだと思う。さっき聞いた地名は記憶にないし、トラックも見たことないんだろ?」
「別の世界、ですか?」
「ああ……人を轢きかけて目を瞑ったらさっきの状況だった。元の世界に戻る方法とか知ってたりしないか?」
俺がそう尋ねると、二人は困った顔でを見合わせてすぐに俺に向きなおると首を振った。
「……そうか。どうしたものかなあ、こいつもガソリンが無くなったら終わりだろうし、さっきみたいなのと戦うのも難しい」
「でしたら、わたくしの家へ来ませんか? 命の恩人です、お父様に話して別世界について知っている人が居ないか聞いてみましょう!」
「そうですね。わたしからのお礼はこのなまめかしい体を好きなように使ってもらう、ということでいいですか?」
「自分を安売りをするんじゃねえって。たまたま助けただけだしな。ならよろしく頼むぜアグリアスさん」
「アグリアスでいいですわ、ヒサトラ」
「サンキュー。というか二人はなんであんなところに居たんだ?」
「えっと……」
「わたしから話しましょう。実は――」
まだ予断を許さない状況とはいえ、今後の身の振り方が確保できたのは良かった。
出来過ぎだし恩を着せるようで悪いが、いいところのお嬢さんならそれなりの情報が入ると思いたいところ。
こういう異世界へ行くって話は深夜アニメとかでやっていたから知識がないわけじゃない。
よくある話だと別の人間になったり、誰かに助けられたりするものだが、まさか助ける側になるとは思わなかったぜ。
おっと、それはともかくサリアの話はこうだ。
隣の領地に婚約者とやらに会いに行くため馬車を走らせていたらしい。
メイドと二人だけと驚いたが、護衛やお供はどさくさではぐれてしまったのだそうだ。まさに九死に一生を得たと嘘泣きをしながらサリアが言う。結構余裕があったなこいつ……。
「護衛は助けなくて良かったのか?」
「彼らはわたくしたちと違って弱くありませんし、お父様のところへ戻って救援に向かえば良いかと。あそこからなら先に進めば町もありますし」
らしい。
異世界とはかくも厳しいものなのだと背筋が寒くなった気がした。
そんな話をしながらゆっくりとトラックを走らせていくうちに、日が暮れてくる。
「っと、暗くなってきたな。町はまだなのか?」
「あと少しですね。それにしてもこの乗り物は快適でいいです」
「小さいお部屋みたいですわ。ここはベッド、ですの?」
「ああ、俺のくっさい毛布があるから近寄るなよー」
「ほう……」
「むしろ積極的にいっただと!? こら、サリア、恥ずかしいから止めろ!!」
ドタバタとしながらそこから30分ほど経過したところで、ようやく人口建造物が見えてきた。
巨大な壁が左右に伸び、大きいはずの門が小さく見えるほど高さもある。
城壁ってやつだと思うが、さっきの奇妙な生物みたいなのが闊歩している世界なら町を守るために必要な措置だな。
門が近づいて来たのでヘッドライトを消してブレーキをかける。
窓を開けてやるとアグリアスが顔を出して手を振りながら、目の前で驚愕した顔の人物へ話し出す。
鎧兜……ゲームかってくらいステレオタイプの二人である。
たまーにこっちをチラリとみながら困ったようにアグリアスと見比べていた。
まあ得体のしれない乗り物に乗ったヤツを信用するのは難しいか。
「なあ、俺は外でもいいぞ。町の近くでトラックなら簡単に襲われたりしないだろうしな」
「いえ、命の恩人を外に放り出すなどロティリア家の恥ですわ。ではわたくしが家に戻ってお父様を呼んできますから、お待ちくださるかしら?」
「ああ、全然いいぜ」
「サリア、行きますわよ」
アグリアスがサリアを呼ぶが返事は無い。俺が寝台へ目をやると――
「……ぐがー」
「毛布にくるまって寝ている……! こいつ本当にメイドか?」
「この子はいつもこんな感じですから。わたくしだけ帰ってきますわ」
ため息を吐いて苦笑しながら兵士に導かれて町へと入っていくアグリアス。
もし町に入れるならとは思うが、ダメだった時のために、トラックを切り返して門から少し離れた所へ駐車しておくことに。
静かになった車内。
俺はようやく落ち着いて頭を使える状況になったと背をシートに預けて頭の後ろで手を組んで天井を仰ぐ。
信じがたいことだが、ここは夢でもなんでもなく異世界。
考えてどうにかなることではないけど……
「……なんでこの世界に来たのか、あの男はどうなったのかとか知りたいことは多いんだよなあ」
俺がぽつりと呟いた瞬間、カーナビから眩しい光が放たれた――
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