~2 5年の月日と決意~

 エリック・リウェンとリサ・ローランドの婚約が結ばれて、5年の月日が流れて、互いに20の歳となった。

 互いに18の歳となった時に、エリックは文官に、リサは騎士に無事にそれぞれ試験を受けて合格して、互いに家に頼らない生活を送り始めて慣れてきた頃合いでもある。

 エリックは家を出て、寮生活を選び、簡素な部屋に一つ不似合いな木剣を手に取る。

 当時、15の時はこの木剣を重く感じた。そして剣を握る意味を見失いかけて、舞姫に出会ったきっかけでもある剣。

 婚約という名の契約で舞姫を無理やり飛び立てないように籠に入れているが、鳥のようで本当に契約を破棄したら、すぐさま飛んで行ってしまいそうな人だ。

 隣に並んで恥じぬようにと邁進し続けてきたが、同僚が一人、また一人とどんどん婚約から結婚へと人生の階段を一段登っていく。

 それを見るたびに焦るが、まだ20の歳になっても、舞姫の、リサの隣に立つ自信が付かない。

 仕事は怒涛のように覚える事が多く、そもそも量が多くて裁くのが大変だった。今日は久々に定時で終わった仕事だったが、寮の私室で考えるのはリサの事。答えの出ないリサへの想いに、エリックは木剣を持って外へ出た。

 剣の腕は結局全然上がらなかったエリックだが、流石に剣を振り下ろすことは出来るようにはなったので、人に見られない寮の裏側で木剣で素振りを始める。

 書類仕事ばかりで完全に運動不足だったので丁度よいと考えて振り続けるが、それでもやはりあの剣が思い浮かぶ。

 婚約を結んでから、約束通りリサと剣の稽古をリウェン家で行った。

 並べばもうリサの実力がさらに感じられ、且つ指南受ける度に伸びの違いを見せつけられる。

 だがそれでもエリックはリサと剣稽古をするのが嫌ではなかった。

 もう悔しいとかの域ではないのだ。


「あ、これ、俺の結婚式の招待状ね」


 結局疲れきるまで素振りし、すぐ寮の私室で寝て、起きて職場に行くと同僚から招待状を受け取る。

 またか、という気分だ。


「おめでとう」


「ああ。お前は俺なんかと違って家継ぐのも決まってんだろ? そろそろっつーか遅いくらいだからお前も早く結婚しろよ」


「煩い」


「なんだぁ。何? 婚約者気に入らないの? 好きな奴がいるとか?」


 同僚がニヤニヤしながら聞いてくるのを煩わしく思いながら、リサ以外と結婚することはあり得ないとはっきりと答えは心の中に浮かぶが、社交界のネタにしたいだけだろうから言わずに、無視して席について仕事の準備を始める。

 だが同僚は諦めない。


「なんだよぉ。教えろよ。リウェン家の次期侯爵様だろ。より取り見取りじゃん。確か、婚約者はローランド家の御令嬢だったじゃん。何が不服なの?」


「不服はない」


「じゃあ結婚だろ。20歳だぜ。お前。ってぇ事はお相手の御令嬢も同じくらいだろ。男としてもうケジメ付ける歳だぞ。特に御令嬢にとってはな」


 確かに男より女の方が結婚への年齢は敏感と聞く。

 実は今日、リサと久々に飲みに行く約束をしていたエリックはそれとなく聞いてみるか、と思い浮かべる。

 久々にリサに会うからこそ、招待状の事も相まって結婚という言葉が頭の中を渦巻いて仕方がないのだが。


「なになに~? 男だけで恋バナ? やぁねぇ」


 同じく同僚で同僚の中では唯一の女性であるユリナが声をかけてきた。

 エリックが苦手な人物だ。というか要注意人物として注視している。何せこのユリナという同僚は男を侍らせていないと気が済まないらしい。

 見ていたら面白いくらい引っかかっていく男と、釣り上げてはまた違う男を引っかけて、男をとっかえひっかえしている。

 そして釣り上げられた男たちは恋人がいたり、婚約者がいたり、とする男ばかりで見事に振られて、ユリナに捨てられた後が悲惨なのだ。

 観察している分にはとても興味深い人種だ。関わりたくはないが。


「ユリナちゃんじゃん。あ、ユリナちゃんにも俺の結婚式の招待状ね」


 釣られずにきちんと結婚まで持っていった目の前の同僚の男は、そういう意味では賢い。

 ユリナの近くでもキチンと弁えていた。


「なんだぁ、結婚しちゃうんだ。つまんない。でもぉ、寂しくなったら言ってね。火遊びも必要よ」


 祝い言葉ではなく、不貞の誘いを口にするユリナに本当に呆気に取られる。


「ユリナちゃんを遊び相手になんて勿体ないなぁ。まぁ婚約者幸せにしなきゃなんないから、難しいかもねぇ」


「案外まともよね。ま、あんたたち二人は正直眼中外だから心配しないで。だってあんたたち、あたしの事、見向きもしないじゃん。面倒なんだよねー、そんな相手」


 多分、同僚とエリックは同じ言葉を心に浮かべたと思う。同感だ、と。

 しかし互いに口には出さない。


「じゃ、二人とも参加でお願いね。同僚誰もいないって俺寂しいし」


 エリックとユリナがそれぞれ頷くと、チャイムが鳴り仕事の開始を知らせる。

 文官で王都西区を担当する同僚三人は席について、積みあがった書類と今日も格闘を始めた。

 仕事とプライベートはきちんと分けるタイプなので、ひたすら黙々と就業時間まで格闘が続き、チャイムで終わりを知る。


「うわぁあああ。予算、すくねぇよぉおお」


 エリックとユリナはチャイムと共に席を立ち、唯一同僚だけが席に着いたままだ。

 朝日を見て終業することもあるが、現在は閑散期となる為、終業時間で帰れる貴重な期間なのだ。

 なのに敢えて残っている同僚は結婚旅行の日付をもぎ取るために先行して仕事しているからだ。


「いっつもじゃなぁい。上の人なんか馬鹿ばっかし。こんな予算で何が出来るんだかって」


 ユリナは同僚が嘆いている書類を手に取り、笑う。

 エリックはそれを後ろから覗いてみたが、確かに酷い予算の少なさであった。


「抗議するしかないだろ。これじゃ話にならん。いってこい」


「分かってるけど終わんねぇよ。素直に、はい少ないです、て認めるわけねぇ」


「そりゃそうだろ。承認して俺らに回してるんだ。出来るって思っているんだよ。馬鹿だから」


「だよねー。じゃ、私は今から修羅場あるから行ってくるね~。今日は男爵夫人が私とお話したいんだって」


 同僚とエリックはバイバイと元気に手を振りながら職場を去っていくユリナに恐怖さえ覚えた。


「今回はどこの男爵家の坊ちゃんが引っかかったんだよ」


「呼び出しが男爵夫人って事は、坊ちゃんじゃなくてどっかの男爵が引っかかったんだろ」


「男ってさぁ本当馬鹿だよなぁ。ユリナ見てると本当にそう思うぜ」


「同感だ。反面教師には出来るがな」


「エリックくんは一緒に残ってお手伝いとか……」


「俺も今日は用がある。明日は手伝ってやるから今日は一人で何とかするんだな」


「そんなぁあああ」


 同僚の嘆きを聞きつつ、エリックはリサと約束のレストランへと足を運んだ。

 騎士になったリサとエリックの忙しさは互いに半端ない。会う事すら出来ない日々が続く中、漸く被った休みなのだから同僚一人の犠牲は諦めを付ける。

 リサは既にレストランの席についており、エリックを見ると手を上げてくれた。

 久々にあうリサはほっそりとしていて、騎士団の服ではないので、旗から見ると町民のような恰好をしているので、普通の女性に見えた。

 それこそもう、結婚していてもおかしくない。


「待たせたか?」


「いや。そんなに待ってないよ。むしろエリック早いんじゃない? もうちょっと遅くても想定内だったよ」


「そうか」


 今度結婚する同僚曰くデートに遅れたらボロカスに言われたと聞かされたが、リサは真逆の反応を示す。

 リサは騎士なのでやはり務め人として理解するところと、もともと性格がサッパリしており、剣については興味を示すが、以外に関しては結構サッパリしているように思う。

 実は手紙のやり取りはしていたのだが、それも週一か二くらいで、ほぼ業務報告書のような内容が占める。

 そして会うのは半年ぶり。婚約者として失格だと思う。

 だがやはり会えば、仕事を邁進してキラキラしているリサを見ると思うのだ。俺はこの舞姫を閉じ込めてしまっていいのだろうか? 俺は隣に立つことが許されるのだろうか、と。


「エリック、痩せた? 偶には鍛えなよ。体動かさないと良くないし」


「久しぶりに木剣で素振りしたよ。懐かしかった」


「今だったら城内は無理だけど、家帰れば真剣握れるでしょ」


「俺には木剣で十分だ。」


「確かに木剣の良さもあるけどね。確かに懐かしい。エリックと出会った時、大人たちの会話が退屈で、久しぶりに木剣振り回せてめちゃくちゃ嬉しかったの覚えてる」


「ローランド侯爵とはやり取りしてるのか」


「ま、適度に……かな」


 リサはローランド家の二男三女の末っ子で、どうやらリサを産んだ時にローランド侯爵夫人が体調を崩したこともあり、遠縁の家に預けられていたらしい。

 そこの家が武の家系で剣を学んだが、15の歳の時、ローランド侯爵にローランド家へと連れ戻されたばかりだったらしいのだ。

 目的はもちろん貴族でよくある政略結婚の道具として、リサにとっては姉二人は嫁いだため、リサの番だと言わんばかりに連れ戻されて、剣を思うように振るうどころか社交界のマナーを詰め込まれ、逃げ出したい心境だったそうだ。

 そこでエリックと会い、リウェン家がすぐに婚約を望んだため、ローランド家にも悪くなかったのだろう。そのまま婚約が結ばれたわけだ。

 そして将来の旦那であるエリックと親交を深める事を目的に剣を習うことを許した。ただやはり騎士になるときには一悶着あったのは事実だ。

 だがエリックがリウェン家の次期後継者として文官として城に上がる間だけなら許してあげてもらえないかと、結婚はすると一筆をローランド侯爵と交わして、リサの騎士への試験は許され、実力で騎士になった。

 リサは知らない。エリックが次期後継者としてリウェン家へ戻るとき、リサにも騎士を辞めさせることになることを。

 だから余計に結婚を先延ばしたいのかもしれない。父がリウェン家を継げと言うまで、その時まで、このままでいたいと思ってしまうのだ。


「そうか。剣を握るのは好きか?」


「もちろん。私には剣しかないって言っても過言じゃないわね」


「リサの情熱は見習うところが多いな」


 このままリサを鳥籠から出して、騎士として羽ばたかせても、ローランド家とちゃんと提携し続ければいい。

 そうしたら煩わしい何もかもからリサは解放される。剣を極めれる。


「エリックとかが頑張って治安整備してくれてるじゃない。私には出来ない事。エリックからも見習う事は多いわ」


「リサはリサのままでいてほしい」


「ん? 私は変わった覚えないけど。あ、違うか。エリックが婚約してくれたおかげで、ちゃんと結婚と騎士、両方の道を取れたの。約束、守ってくれたのはエリックだから、変わらずにいられているなら、全てエリックのお蔭だよ」


「……でも婚約者だ」


「結婚はエリックに合わせる。何も分かってない訳でもないからさ。次はエリックの願いを叶えたいの。市政学んで、リウェン家、繁栄させたいでしょ」


 エリックはあぁと答えながら、何も嬉しくなかった。

 結婚が意味することをリサは知っている。

 俺が叶えたい夢は確かにリウェン家の繁栄もある。だが、結婚して叶えたい夢はリサの幸せなのだ。

 どちらも取れる夢だったら良かった。だが結果的に言えばどちらかしか取れない夢かもしれない。エリックはリウェン家の長子として、跡を継ぐ事は義務に近い。

 リサを飛び立たせて、跡を継ぐ方がいいのか、どちらも取る方法がないのか、頭がくるくると回った。


「結婚はもう少し、待ってほしい」


「いいよ。侯爵家だし色々あるだろうしね」


 さらっと了承は得られたが、やはりエリックはどちらも結婚しても、エリックが侯爵家を継いでも、リサには剣を握っていてほしかった。

 だからどちらも諦めるなと過去、リサに言った言葉が跳ね返る。

 リサは約束を叶えてくれたと言ったが、叶えきれていない。叶えるその時、リサと本当の意味で結婚したい。

 舞姫に結婚を待ってほしいと言って、いいよ、なんて返事を返させてはいけない。

 エリックはありのままのリサが、ありのままで隣にいてほしいのだと改めて実感した。


「すまない」


「謝らないでよ。エリックだっていっぱい事情あるんでしょ? 気にしないで」


「それでも、だ」


「真面目ねぇ」


「性分なんだ」


「大丈夫。私はエリック・リウェンと結婚したいわ。私が何か言い出した時は全部貴方の為の時だけ。約束してあげる」


 きっとエリックが求めている愛ではないが、リサは情をエリックに向けてくれている。

 それだけでも幸せだと、理解しなければならないのかもしれない。

 だがエリックはその約束に縋った。


「約束してくれ。俺以外と結婚しないでくれ」


「エリック以外、いないと思うわ。ちゃんと私を見てくれるのは。だから安心して、突き進みなさいよ。エリック」


「あぁ。なぁ、食事が終わった後で良い。剣舞をちょっと見せてくれないか?」


「剣舞は騎士になってからやってないから微妙かもよ」


「俺の決意の後押しをして欲しいんだ」


「エリック、珍しく弱気ね。いいわよ。剣ってまっすぐなの、迷えば綺麗に切れないの。剣が後押しになるって言ってくれて嬉しいわ」


 レストランでその後食べ終わった後、近いリウェン家の舞姫と出会ったあの場所で五年の月日を経て再び舞姫を見た。

 エリックはやはり魅入っている自分を改めて自覚し、笑った。

 そして決意した。


 リサとの約束を果たす、と。


 そこから今まで以上に仕事に打ち込んでいったエリックであった。


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