第7話 あたふたする悪役令嬢
「ふわ……やっぱり眠いなぁ」
アンジェリカとの出会いから一夜明け、私は楽しい夜更かしの代償としてかなり強い眠気に襲われていた。アンジェリカには早く寝た方が良いと言われたけれど、チャットルームの人達との時間は初めて『花刻』をやった時と同じくらい楽しかったため、夜中の二時くらいまでずっと話してしまっていたのだった。
『まったく……しっかりとした睡眠と食事は淑女でなくとも大事な物ですのよ? 楽しかったのはわかりますが、もう少し自分を律するようにしてくださいな』
「あはは、ごめんごめん」
『先程、携帯電話の画面にも映っていましたが、その長くて艶のある黒髪もところどころ跳ねてしまっていますし、綺麗な目元にもうっすら隈が出来ています。
女性として自分を綺麗に見せる努力というのは怠ってはいけません。梨花、貴女は普段から美容やお化粧には気を遣っていますか?』
「うーん……特にはしてないかな。勉強や合気道にばかり熱心になってたし、クラスの子達がそういう話題で楽しそうにしてるところに混ざった事もないよ」
『……そうだろうと思いましたわ。梨花、チャットルームで皆さんとお話しするのは昨夜と同じ時間ですから、本日は貴女の化粧品や美容のための物、後はお洋服を見に行きますわよ。お小遣いが足りないという事は流石にありませんよね?』
「それは大丈夫だけど……突然どうしたの?」
アンジェリカの言葉に疑問を抱いていると、アンジェリカはため息をつく。
『……良いですか、梨花。貴女は男性から好かれるだけの容姿をしているのですよ? サラサラとした長く艶のあるまっすぐな黒髪や目鼻立ちの整った顔、雪のように白く潤った肌に均整の取れた体型。素材としての良さがしっかりとある貴女が自分からその良さを放棄するような真似は捨て置けません』
「そんなに褒められる程なのかな……アンジェリカが言う程に優れた見た目だったら、別に平太達からあそこまで言われはしないんじゃない?」
『昨日も言いましたが、恋というのは人を盲目にしてしまいます。スドウ様に何か心を奪われるような良さを感じた事で貴女の良さが見えなくなり、恋の熱に浮かされたままだったからこそ貴女の容姿をバカにしたり体の関係を強要してきたのだと思っています。
そして他の男性が貴女に声をかけてきたり好意を向けたりしてこなかったのは、貴女とヘイタ様達の関係がその頃はとても良好で割って入るような隙間がなかったから。
ですが、今はその関係もなくなった。ならば、貴女の良さを活かしながら更に向上させ、今度こそ貴女の事をしっかりと愛し続けてくださるような男性を探すべきなのです。貴女のこれまでの努力は報われるべきですし、報われてほしいと思っていますから』
「アンジェリカ……」
『なので、本日は貴女がお休みなのを利用して貴女の良さを何段階も上げていきます。目指すはすれ違った男性が全員振り向き、貴女の噂が広まる事ですわ!』
「そこまで行っても逆に困るような……でも、アンジェリカがやる気みたいだから私も頑張ってみようかな。それじゃあまずは朝ごはんを食べてエネルギーをしっかりと蓄えようか」
『はい』
アンジェリカが返事をした後、私達はリビングへと入った。リビングには新聞を読みながらコーヒーを飲むお父さんと朝ごはんを並べるお母さんの姿があり、そのいつも通りの光景に少し安心してから私は声をかけた。
「お母さん、お父さん、おはよう」
『おはようございます、梨花のお母様、お父様』
「ん……ああ、おはよう、梨花」
「梨花、おはよう。今日の気分はどう?」
「うん、バッチリ。ちょっと夜更かししたから眠たいけどね」
「そう。でも、それだけ熱中出来て気分転換になった物があるなら良いわ」
「そうだな……ああ、そういえば陸野さん達とも話したんだが、朝に梨花が平太君達と鉢合わせないように取り計らってくれるみたいだ」
「あれ、そうなの?」
お父さんの言葉に驚いていると、お母さんも微笑みながら頷く。
「悪事に手を染めたり犯罪に関わってないなら子供の交遊関係をとやかくは言えないけど、流石に最近の梨花に対しての態度は目に余るからって事で、平太君達が家を出る時には私に一報をくれる事になったのよ」
「陸野さん達も梨花の事は心配してくれてたからな。それに、窓越しに相手の部屋があるわけだから、梨花が言っていたように相手の部屋の様子が見えたり音や声も聞こえたりするわけだしな……本当に辛い時には別の部屋に移動してもいいから言ってくれよ?」
「……うん、ありがとう。でも、私も泣いてばかりじゃいられないって思ってるし、ハマってるゲームの話題で盛り上がれる人達とも出会えたから、もう少し頑張ってみるよ」
「そう……因みにどんな人達なの?」
「まだ昨日話したばかりだけど、全員大学生みたいで、関東の人と関西の人がいるよ。チャットルームだから、ハンドルネームしか知らないけどね」
「なるほどな。まあ、俺達も梨花の交遊関係には理由もなく介入するつもりはないけど、良い人達ならこれからも仲良く、少し怪しいと思った人がいたら深く関わらないようにするんだぞ?」
「うん、わかった」
少し心配そうに言うお父さんの言葉に微笑みながら返事をしていると、それを聞いていたアンジェリカから安心したような声が聞こえてきた。
『……やはり、貴女のご両親は良い方々ですね』
『うん。厳しい時もあるけど、それは私の事を考えての事だし、今みたいに容認してくれる時もある。だから、私は二人の事が大好きだし、他の女の子達が自分のお父さんを邪魔だとかウザイとか言ってた時も私は言わなかったし、言えなかった。思春期だからとか言動が気になるからとかそういうのは関係ない。ちゃんと考えてもらってる事には感謝しないと』
『……貴女は本当に“良い子”なのですね。良くも悪くも』
『そうかもね。ほら、そろそろ交代しよう』
『……はい』
少しアンジェリカの様子は気になったけれど、私は昨日と同じ方法でアンジェリカと交代し、私の体を操るアンジェリカはそのまま椅子に座った。
しかし、自分がいつも使っていたような椅子とは違うからかどこか落ち着かない様子を見せ、お父さんもそれが気になったのかアンジェリカに声をかけた。
「梨花、どうかしたか?」
「あ……いえ、大丈夫ですわ──じゃなかった、大丈夫だよ、お父さん」
「そうか? でも、何かあったら遠慮なく言ってくれよ?」
「畏まりました、お父様」
「お父様?」
「あっ……う、ううん。ハマっているゲームのキャラクターの真似をちょっとしてみたんだけど、やっぱり私には合わないなぁ。あ、あはは……」
「……そうか。でも、お嬢様口調の梨花も新鮮だし、たまにならやってみても良いかもな。なあ、母さん?」
「ふふ、そうね」
「あ、ありがとうございます……お母様、お父様……」
少し微笑ましそうにお父さん達が見てくる中、アンジェリカがいつものような強気なお嬢様ではなく、少し弱気な一人の女の子のように見えてクスリと笑っていた。
そして、その後もアンジェリカはお父さん達との会話や朝ごはん中にいつもの私とは違う姿を見せ、それをつっこまれてあたふたする様子をこっそり楽しんでいた。
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