第27話 幕間 国王

「フリッツ様、白雪の誕生日はいつですの?!」


カタリーナが、愛らしい顔で問いかける。ああそうか、もうすぐ白雪の誕生日だったな。ずっと寂しい思いをさせていたから、今年は盛大なパーティーを開こう。そう言おうとしたら、鏡殿がムッとしてカタリーナの髪に触れた。


「そんなの俺に聞けば良いだろ」


「そりゃ、鏡に聞けばすぐに分かるわよ。けど、娘を放置してた父親がちゃんと白雪の事を覚えてるか知りたいの」


やはり、私はまだ信用されていないらしい。こうして話しかけてくれるのだから、愛想を尽かされていないと思いたい。会話を交わすのは、仕事の事か白雪の事だけだが……。


「……ちぇっ。なら、答え合わせは俺に聞くよな?」


「もちろんよ。ねぇ、髪が乱れるからやめて」


「分かった」


鏡殿はすぐにカタリーナの髪から手を離した。くっ……羨ましくなんかないんだからなっ……!


「それで、白雪の誕生日はいつですの? ずいぶん放っておかれたようですし、今年こそは盛大なパーティーをしたいですわ」


「あ、ああ。白雪の誕生日は3週間後の15日だ」


「鏡」


「あってるぜ。正確には15日の……」


「正午だ」


私の発言に、カタリーナも鏡殿も驚いている。


「正解だ」


鏡殿が認めてくれた事で、カタリーナも信じてくれたようだ。


「ふぅん。鏡が言うならあってるのね。それじゃあ、お昼にティーパーティーを開きましょう。それなら3週間前でも準備は出来るわよね。そうだわ。2年前まではどのように白雪を祝っておられましたの?」


「白雪は身体が弱かったから、祝いをした事はないんだ」


カタリーナの美しい表情が歪んだ。ま、まずい! また嫌われてしまうではないか!


「落ち着け。本当に白雪姫は病弱だったんだよ。貴族を呼んで祝いが出来る健康状態じゃなかったんだ。もちろん、今は健康だぞ」


「そうなのね。なら、初めての誕生日パーティーって事ね! 盛大に祝いたいわ! フリッツ様、白雪にドレスと宝飾品を贈ってもよろしくて?」


「あ、ああ。問題ない」


「ふふっ、わたくしの私財を使うから遠慮なくいくわよ。鏡、国一番の職人を教えなさい!」


「港町の隅にひっそりと営業してる店の針子は国中で一番腕が良い。けど、仕入れが下手くそなんだ。閑古鳥が鳴いてるから、材料さえ与えてやりゃあ3週間で良質なドレスを作れるぜ。それから、宝飾品ならアンタの兄上に相談するのが一番だ」


「お兄様に?」


「ああ。宝石といやあアンタの実家だろ」


カタリーナの国は宝石の産出国。良質な宝石が多数手に入る立場だったカタリーナは、多額の持参金を持って嫁いで来た。


だが、彼女は私財を自分の為には使わない。私と結婚した直後は美容に多額のお金をかけていたようだが、今は白雪の為か困っている民の為に使っているようだ。財を使うだけでなく増やす術にも長けているようで、カタリーナの私財は私や白雪の私財よりも多い。増やしているのは、鏡殿だろう。


カタリーナはうっとりとした顔で白雪のプレゼントを何にするか夢想している。なんて可愛いんだ。


「白雪にはどんな宝石も似合うけど……光り輝くダイヤモンドか真っ赤なルビーが良いわ」


「両方使えば良いだろ。大粒のルビーを林檎に見立てて、葉をダイヤモンドにしたらどうだ?」


花が咲いたように微笑むカタリーナ。いかん、顔を直視出来ん。私は思わず顔を逸らした。


「素敵! 早速お兄様に連絡を取るわっ! フリッツ様、失礼しますわ。鏡! お兄様は今どこにいらっしゃる?」


「今は執務室だな」


「……むぅ。お仕事の邪魔は良くないかしら」


「休憩してるぜ。いつもアンタと話してたソファでくつろいでる」


「ありがとう鏡! 行ってくるわ!」


「待て! 俺も……」


鏡殿の答えを待たず、カタリーナは消えた。


「はぁー……。突っ走り過ぎなんだよ。白雪姫の事になると周りが見えなくなっちまう。ま、仕方ねえか。じゃーな、国王様」


「待ってくれ! 鏡殿!」


「なんだよ?」


鏡殿は、心底面倒そうだ。カタリーナの前に居る時とは別人のような冷たい目をしている。


「先程はどうして……私を庇ってくれたんだ」


「あ? 庇う? なんで俺が国王陛下を庇うんだよ」


白雪が言っていた。鏡殿は、カタリーナには嘘を吐かないが他の者には嘘を吐くと。白雪の家庭教師をしている間は嘘を吐かないから、聞きたい事があるなら自分が聞くと言ってくれた。


目の前に居る男の事を、信用してはいけない。それは分かっている。だが知りたい。何故、彼は私に有利な返答をしたのだろう?


「白雪の誕生日の件だ。ミレーユは毎年贈り物をしていた。ベッドから出られない白雪の為に、本を贈っていた。だが私は……なにもしていない」


「俺は、貴族を呼んで祝いが出来る健康状態じゃなかったって言っただけだ。嘘はひとつもねぇ。国王サマにとっちゃ都合が良い話なんだからいちいち指摘すんなよ。面倒くせぇ」


「そういう訳にはいかぬ。鏡殿の発言に嘘はなかった。だが、真実ではない」


「真実なんて、人間が作ったまやかしだ。都合の良いように解釈したい人間が、真実と名付けた綺麗な言葉を免罪符に使ってるだけだろ」


……確かに、そうかもしれない。私はカタリーナが悪女だと、それが真実だと思っていた。


だが、違った。


考え込んでいると、鏡殿の表情が緩んだ。可笑しそうに笑っている。


「国王陛下は、もうちょっと疑り深くなるべきだぜ」


「……あれだけカタリーナを疑った私に、まだ疑えと?」


「国を支えるってそう言う事じゃねぇの? 決断ひとつに多くの人の生活や命がかかってるんだから慎重になるべきだろ。2年も逃げてたから忘れちまったか? ご主人様は情報の裏を必ず取るし、白雪姫だって俺から習った事を鵜呑みにしねぇ。他のヤツに聞いたり調べたりしてる。なぁ、俺が嘘吐きだって分かってるよな? なんで俺の言葉を信じるんだよ。真実ってのは綺麗なモンだろ? まやかしなんかじゃねぇ。俺みたいな嘘吐きの言う事を信じるなよ」


冷たいと思っていた鏡殿に、僅かに感情が見える。そうか。彼は……。


「確かに鏡殿は嘘吐きだな」


「だろ?」


「そうやって話を逸らして、私の質問に答えてくれない。なら私は、好きなように真実を作り上げよう。鏡殿はカタリーナがこれ以上私に失望しないように話を逸らしてくれたのだろう? 私の為ではなく、カタリーナの為に」


「なっ……!」


予想通り鏡殿の表情が崩れた。耳まで赤いところを見ると、照れているのだろう。彼を信用する事は出来ないと思っていたが、考えを改める必要がありそうだ。鏡殿を作ったのはカタリーナだからな。作り手の心が反映されるのだろう。


そう思うと、不気味だと思っていた鏡殿に親しみが湧いた。


「貴方は私にも出来る限り誠実に対応しようとしてくれている。私の事を良く思っていない筈なのに。鏡殿は、優しいな。カタリーナにそっくりだ」


「な……なな……な……!」


ふむ、彼のように美しい方が狼狽える姿は滑稽で愉快だな。私も大概、性格が悪い。


彼はカタリーナが唯一無条件で信頼する方。彼の信頼を得られるよう、立ち回ってみようではないか。

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