第39話 これから

 ブラックがお屋敷を出て魔人の城に帰った後も、舞はブラックの事を思い出すと、鼓動が速まり落ち着かなかった。

 

 私はベッドに転がりながら、ブラックとやっと心が通じた事を噛みしめていた。

 これで色々な不安や迷いも消えていったのだ。

 家に帰って父の説得と言う難題があるが、きっと何とかなるだろう。

 これからの生活を考えると、楽しみで仕方なかった。


 そして父のところに帰る前に、精霊にも会いに行く事にした。

 宴で言われた言葉を、お酒のせいと言って取り合わなかったが、私の大切な人であることは変わらないのだ。

 ヨクの話では光の鉱石はすでに準備できており、いつでも転移できる状況という。

 精霊や魔人の友人達への挨拶が終わったら、元の世界に転移しようと思った。


 私が支度をして下に降りると、ヨクが私を見て優しく微笑んだのだ。


「魔人の王とはちゃんと話ができたのかな?」


「ええ、大丈夫よ。」


 私がそう言うと、ヨクは嬉しそうに頷いたのだ。


「そう言えば、カクは?

 朝から見かけないけど・・・」


「ああ、昨夜はかなり飲みすぎたようで、まだ部屋で寝ているのだよ。

 よっぽど、舞がここに住むことが嬉しかったのだろう。

 まあ、起きるまでそっとしておこうでは無いか。

 魔人の王が来ている時に起きなくて良かったのう。」


 私は苦笑いをした後、静かにお屋敷を出て魔人の森に向かったのだ。


 私はヨクが準備してくれていた通行証で、洞窟を問題なく抜ける事が出来た。

 そこには以前と同じ心地よい風が吹いていて、岩山や草原が目の前に広がっていたのだ。

 そして私はゆっくりと森に向かい歩いて行った。

 その森のエネルギー溢れる生き生きした様子が、遠くからでも感じる事が出来たのだ。

 森の入り口から細い1本の小道をまっすぐに進むと、大きな立派な大木を見る事が出来た。

 それを見ると、この木陰で昼寝をするのが気持ち良さそうに思えたのだ。

 そんな事を考えていると、枝や蔓がザワザワ動き出し、私が声をかける前に人一人が入れるトンネルが作られたのだ。

 私は軽やかにその中を走っていくと、その先にはいつものあたたかな空間が存在し、奥には生薬が作られている畑も見る事が出来た。

 

「舞、いらっしゃい。

 待っていましたよ。」


 振り向くと精霊が嬉しそうに声をかけてきたのだ。

 

「ここは、いつもと変わらなくて安心するわ。」


「舞もここに私と一緒に住んでもいいのですよ。」


 精霊はそう言って素敵なテーブルと椅子を出して、ハーブティーのような香りのお茶を出してくれたのだ。


「ふふ、それもいいかもね。

 でも、私はこっちの人間の世界で勉強する予定よ。

 あなたの木陰は気持ちよさそうだから、そこで勉強やお昼寝をさせてもらうかもね。」


「いつでも来ていいですよ、大歓迎です。

 待ってますよ。」

 

 精霊はそう言って私の正面に座ったのだ。


 そして私は精霊に、ブラックから言われた事を話したのだ。

 この前の宴の時は、精霊が酔っていた事での発言かもしれないけれど、ちゃんと話しておこうと思ったのだ。


「私ね、あなたを大切な気持ちは昔から変わらないのよ。

 でもブラックに言われたの。

 色々やりたい事が終わったら、城に来る事を約束してほしいって。

 私は・・・約束すると答えたわ。」


「そうですか・・・わかりました。

 でも、まだブラックの元に行ってないわけですから、気が変わることもありますよね。」


 精霊はニコリとして、不敵に笑ったのだ。


「舞・・・きっと、ブラックより私の方が頼りになると思う時が来ますよ。」


 その言葉はなぜか自信で溢れていた。

 そしてティーカップを持っている私の手を、精霊の両手が包み込んだのだ。

 本当に以前は光で出来た実体だったが、今は普通の人と変わらず、精霊の手はカップと同じくらい温かかったのだ。

 そして私をまっすぐに見るその瞳はとても綺麗で、ブラックからの言葉がなければ、私の心は揺れていたかもしれない。


「舞、また種を三粒渡しますね。

 何かあったら、すぐ私を呼んでくださいね。

 それに、私が舞に会いたくなったらすぐに会えるようにいつでも持っていて下さいね。」


 そう言って私の手のひらに種をのせると、私の手を握りしめたのだ。


「ありがとう。

 いつも心配ばかりかけてごめんなさい。」


 私はこの後魔人の城に向かい、みんなへ挨拶に行く事を告げると、精霊は森の入り口まで一緒に来てくれたのだ。

 

「・・・お迎えが来たみたいですね。」


 精霊が何だか不満げな顔をしてそう言うと、入り口のところにブラックが現れたのだ。


「舞、迎えに来ましたよ。」


 私はブラックから貰ったペンダントを身につけていたので、この世界に来ていた事がそれによりわかっていたようだ。


「舞、いつでも気が変わったらここに住んでいいですからね。」


 精霊がそう言って嬉しそうに手を振ると、ブラックは少し顔を曇らせたのだ。

 私はそれを横目に精霊に手を振って別れを告げた後、ブラックにつかまり一瞬で魔人の城の前に着いたのだ。

 執務室ではみんなが待っていてくれて、私は今後の事を話したのだ。


「なんだ・・・この城に来るかと思っていたのに残念だな、ブラック。」


 アクアはそう言うと、スピネルに余計な事を言わないように窘められていた。

 ブラックはそれを聞いてイラっとした顔をしていたのが、私は可笑しかった。


「洞窟を抜けたら隣の国にいるんだから、今度はすぐに会えるのよ。

 それに、次に来る時はこの国の事を色々勉強したいから、皆さんよろしくお願いします。」

 

 私はみんなに頭を下げたのだ。


「そう言う事なら、私に任せてください、舞殿。」


 ネフライトが前に出てきたのだ。


「ああ、そうだね。

 国の事はネフライトが一番知っているからね。

 アクアも一緒に勉強するといいだろうね。」


 そうブラックが笑って言うとみんな頷き、アクアは面白くない顔をして横を向いたのだ。

 私はそんなみんなを見て、もっと自信を持ってここに居れるような自分になりたいと思ったのだ。

 

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