第16話

「うぉー、いけいけ!!北畠具教の首はこの森可成がもらった!!」


北畠具教の後方から、突然雄叫びのような怒声がこだまする。


「うおっ、なんだなんだ」


「殿、敵で御座います、織田勢です!!」


「なっなんだって!!」


慌てふためいた北畠具教が後ろを振り向くと、織田の侍らしき軍団がこちらに迫りつつあった。それもみんな血相を変えた顔をしている。これはまずい、まずいぞ!!


「おい、モブ!!これは一体どういうことだ!!」


「ああ、見事に奇襲食らったみたいですな。さすが織田信長と言ったところですね」


「悠長な事言うな!!どうするんだよ!!」


「どうするったって……リセットボタン押します?」


「ふ、ざ、け、る、な!!」


相変わらずふざけた会話をしている内に、ドンドンと森可成率いる軍勢が押し寄せてくる。このままではやられてしまう。モブが困った顔して言う。


「……さて冗談はこれくらいにして、どうしますか殿。とりあえず逃げますか」


「むむむ、格好悪いけど仕方が無いか。よし、逃げよう!!」


俺がそう後ろ向きな決断を下した時、俺の弟の北畠具親が颯爽とあらわれ、森可成率いる軍勢に向かっていく。


「者ども!!ここで殿が退いたらわが軍の士気は下がり、そして雪姫の軍は挟み撃ちになり壊滅し、この戦は負けじゃ!!下がるな!!」


騎乗した弟の北畠具親は、懸命に激を飛ばし本隊の壊滅を食い止めようとしている。ついこの前まで僧侶とは思えないほどの獅子奮迅の姿である。


「おお、兄とは違い立派ですな」


「いちいちうるさいぞモブ。しかしこれで逃げる訳にはいかなくなったな……」


「これで逃げたらクズですからね。では、潔くこうしましょうか」


モブが刀を鞘から出す。


「ついにモブも戦うのか」


「いえ、いよいよもう駄目かと殿が諦めて切腹するなら、介錯しようと思いまして」


「俺はまだゲームオーバーになりたくねー!!!」


そんな時、一本の矢が風雨の中を突き破りながら二人に襲い掛かる。


「甘いは!!この程度!!」


モブは抜いた刀でその矢を跳ね飛ばす。なんだかんだ言ってこいつも武人なんだな……


「どうですこの私の剣捌きは」


「……おい!!」


「どうしましたか殿、そんな怒った声出して……あっ!!」


モブが振り向くと、跳ね飛ばした矢が北畠具教が乗っている馬のお尻に突き刺さっていた。


「……」


「……」


一瞬の沈黙は、けたたましい馬の雄叫びで破られた。


ヒィヒィーーン


「ギョエーーー!!誰かお助けを!!」


矢が刺さった激痛からか、馬は大きく飛び上がった。まるでゲート前で暴れているゴールド○ップのようだ。そして北畠具教が乗っている馬は完全に制御が出来なくなり、突然走り始める。


「殿、どこに行くつもりですかそっちは戦場のど真ん中ですよ」


「そんな事言ったって言う事を聞かない、ヒィェェェ!!」


そんな北畠具教を見た家臣達は大きな歓声を上げる。


「おお!!殿が敵陣に突っ込んだぞ。俺たちも続け!!」


森可成の奇襲からとにかく逃れる筈が、どんどんとより危険な場所に飛び込んでいくのであった……


「クソ、北畠具教め、待てぇぇぇ!」


森可成は、慌てて追いかけようとするが、その行く手を弟の北畠具親が立ちはだかる。


「兄上の邪魔はさせん。この北畠具親がとうさんぞ!!」


「ええい、邪魔立ていたすな!!」


森可成は焦燥にかられた。奇襲に成功した時、大方の武将のとる行動は二つ。奇襲側に攻撃を仕掛けるか、それとも逃げるかだ。


向かってきたらこちらのもの。たとえ我が身を捨ててでも首を取る自信がある。逃げたならそれもそれでよし。総大将が逃げたとあれば、北畠残党はあっと言う間に瓦解するであろう。それが戦というものだ。


しかし、まさか単騎で戦場のど真ん中に突っ込んでいくとは。こんなものは森可成の思量の外。噂通りのうつけ者かそれとも大戦略家か、どちらであろうか分からない。


森可成の奇襲は成功だったが、ただ一点、北畠具教の行動までは予測できなかった。後は織田家本隊が北畠具教を仕留めるのを祈りるしかないのか、それとも破滅を招くのか。森可成は槍を振るいながら考えるのであった……


さてここは雪姫の部隊に場面が変わる。雨が降り続く中、侍たちはお互いの生死をかけて戦っていた。その様子を見て、この戦場はまるで大波に飲まれそうな小船のようだと神戸具盛は思った。


彼は雪姫率いる主力の後詰と側面警戒の任についていた。雪姫達は今まさに死闘を繰り広げている。その戦況は次々に報告される。


「そろそろ我等も加勢を!!」


「まて、まだじゃ。まだ早い」


いきり立つ家臣達を神戸具盛はなだめている。


(猪武者のように飛び込んでいけたらどんなに楽なことか。ある意味こやつらが羨ましい)


神戸具盛はそもそも僧であったが、家の都合で神戸家当主になった。その為戦闘経験はあまりないが、適切な指揮すると家中でも評判であった。


ちなみに史実では、神戸家は織田信長の伊勢侵攻でも激しく抵抗した。実は凄い強いですよ、ほんと。そして信長の三男信孝を養子に迎え和睦。その信孝は本能寺の変の後、三法師の後見役になる。もしそこで柴田勝家らと協力し秀吉排除に成功したら、天下人になれたかもしれないのである。


つまり上手くいけば神戸幕府が出来たかもしれないのである、多分。そもそもあの時、池田恒興はなぜこちら側に取り込めなかったのか!!ああまた脱線してしまった、元に戻す、どっこいしょ。


後詰は判断力が必要だと神戸具盛は思っていた。状況を上手く判断し、適切な行動が必要である。無傷で疲労も少ない精鋭二百人をどう運用するのか。決断を迫られていた。


(殿は俺を高く評価しているのか……)


そう思った時、後方から悲鳴のような声がする。振り返ると、騎馬に乗った北畠具教がこちらに突っ込んでくる。


「うわー、どいてどいて!!」


「殿、これは一体!!」


悲鳴をあげながら北畠具教は、神戸具盛の傍を騎馬で駆け抜けていく。そして止まる事無く、雪姫達が戦っている所に突っ込んでいく。


それは呆然と見届けていた神戸具盛だが、すぐに我にかえる。


「者ども、殿の後ろで戦っているとなれば武門の名折れ。突っ込め!!」


「オオ!!いまそこ神戸軍の力みせてやろうぞ!!」


神戸具盛隊二百が北畠具教の後を必死に追いながら戦場に飛び込んでいった……



「……なに、この声は……」


ここは戦場の最前線。雪姫自ら陣頭指揮を執り戦っていた。最初は攻勢を続けていたが、今は五分五分といった所か。そんな時、雪姫は何処かで聞いた事がある声を聞いた。


「あの声は、もしかして父上?」


振り向くと、たしかに騎馬に乗った北畠具教の姿があった。しかしまったく止まる様子がない。悲鳴をあげながらこちらに突っ込んでくる。


「このまま止まらないと、父上は織田軍の真ん中に飛び込んでしまう……はっ!!そういうことか……」


雪姫は咄嗟に思った。これは不甲斐ない戦いをしている私達に対する怒りであると。今こそ全力で戦う時が来たことを知らせに来たのだと、まあ雪姫の誤解であるが。


「皆さん、殿をお守りしながら突っ込むのです!!」


「おお、雪姫だ。お願いとめて……ちょっと何で皆で俺に併走するの!!」


暴れる馬にしがみつきながらここまで来た北畠具教は、やっと止めてくれると安堵した。しかし、どうも様子がおかしい。


「父上、単騎では行かせません。我々もお供します!!」


「違う違う、ちょっと本当に止めて、ああ!!」


その様子を見た鳥屋尾満栄は、配下の侍に命令する。


「現在でも戦っている今川の武将を探し、共に攻撃するよう伝えよ!!」


「はは、必ず伝えます」


戦いは終焉の時を迎え始めていた……



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