4-5 Noticing Her True Heart

 激動の週末を経ての月曜日、ひとりでの登校。

 部活の都合で仁輔じんすけがいないことはこれまでもあったが、精神的な理由で別になることは初めてだ。人通りの多い道だし何が不安というわけでもないのだが、何となく居心地が悪くて早足になった。


 昼休み、教室で結華梨ゆかりに聞かれる。

「ねえ義花よしか、仁くん何かあったの?」

「あいつが? ……どうだろ、あたしとはケンカ中でさ」

「そっか、引きずるの珍しいね」

 大嘘ではない辺りで誤魔化すと、結華梨は疑いはしなかったようだが。


「なんかね、具合悪そうなんだよ仁くん。すれ違っても分かるくらい」

 避けていたわけではないが、今日はまだ彼を見かけていない。

「……そんなにヤバそうなの?」

「うん。なんだろ、変にトレーニング詰め込んでる気配っていうのかな? ウチもダンス部の仲間でたまに見るんだけど、そんな気がした」

「そっか、あたしも声かけてみるわ」


 ――けどあたしが心配すると嫌がりそうなんだよなあ。

 仁輔のクラスの前を通ってみる。横顔しか見えなかったが、明らかにいつもの仁輔じゃない。顔色は悪そうだし、姿勢にも覇気がない。


 悩んだ末、メッセージを送る。

「体ちゃんと休めなよ、ミユカも心配してたぞ」

 放課後になってから「分かった」とだけ返ってきた。



 翌日。仁輔は発熱で学校を休むから、配布物を受け取ってきてほしい……と、咲子さきこさんから連絡があった。

 放課後、仁輔のクラス担任に会いにいく。


「ああ、九郷くごうさん。津嶋つしまくんのお母さんから聞いてます……これお願いね」

「はい、ありがとうございます」

「津嶋くんが病欠なんて珍しいね?」

「小学校のインフル以来ですね、普通の風邪でなんて……あったかな?」

「へえ、昔なら皆勤賞の常連だったじゃん」


 体調が悪くて部活を休むことはあっても、学校を休むことはほとんどなかったのが仁輔である。学期に数回ペースで休むあたしの代わりに仁輔が配布物を持ち帰ってくれる、今回と逆のパターンの方がずっと多かった。


 ミラステで活動してから津嶋家へ。玄関で咲子さんが迎えてくれた。

「ありがとう義花、助かったよ」

「いえいえ。仁は?」

「寝てる。昼ご飯は食べたみたいだし、熱も下がってた」

「やっぱ回復早いなあ」

 いつもならすぐに中に入っていくところだけど、今日は憚られた。玄関で話していることが、なんだか変な気分だ。


 違和感といえば、もう一つ。

「ねえ、咲子さんも疲れてない?」

「体は平気だよ、けど……やっぱり、気分はね。色々ありすぎて」

「だよね……」


 やつれたというほどではないが、どこか辛そうな顔色の咲子さんである。いつもだったらすぐに抱きしめて話を聞くところだけど、今のあたしたちには出来ない。


「あたし、話なら聞くからさ」

「うん、そうだね」

 じゃあね、と言うべきタイミングなのに、言えない。咲子さんの眼差しに浮かぶ切なさの前で、返すべき踵がいやに重い。


 それでも、と言いかけた瞬間。

 突然、咲子さんは顔を押さえて屈み込む。

「――どうしたの!?」

 仁輔の風邪が移ったか、とでも思ったが。咲子さんの顔を覗きこむと、彼女は泣いているらしかった。

「ごめんね、ごめんね義花……あなたのそばにいられないのが、苦しいの」


 すぐには答えられなかった。

 おととい仁輔が言っていたことを思い出す、咲子さんもあたしと同じ気持ちだと。

 だとしても叶えられる立場じゃないから、考えないようにしてきたけど。今の咲子さんを目の前にして直感する、彼女は本当にあたしを好いている可能性が高い。娘のようにじゃなく、女として。


「康さんに、あんなに怒られたのに……大人だってことを自覚しろってあれだけ言われたのに……義花のこと……っ!」


 だとしたら、今。 

 あたしが咲子さんに触れたくてたまらない、それと同じくらい、咲子さんもあたしに触れたい。

 ――だったら、余計にダメだ。


「ごめん咲子さん、あたし行くね」

 咲子さんは立ち上がりながら頷く、それを合図にあたしはドアから出ていった。


 階段を駆け上がって自宅に飛び込み、ベッドに倒れ込む。

「……これは困るって、ほんと」

 あたしの恋心は咲子さんには迷惑だ、そんな構図だったならどれだけ楽だっただろうか。

 お互いに気持ちが通じ合ってしまったなら、結ばれる期待だってしちゃうじゃないか。そんなの、今ある家族を壊してしまうのに。


 今ある家族を壊さないために、いっそ咲子さんに嫌われるような――ダメだ。

 あの人に嫌われるのだけは、耐えがたい。恋人じゃなくていい、今までより遠くてもいい、ただ大事に思ってほしい。


 今は仁輔のことだけ考えよう、あたしとの不一致を彼に納得してもらおう。

 消極的な対策しか取れないから咲子さんのことまで考えてしまうはずだ、積極的な目標ができれば気の持ちようも変わってくる、はず。


 あれこれ考えた挙げ句に、ミセミセの二人にメールを送ってみることにする。彼女たちはレズビアンを公言しているが、男性の恋心も真剣に応援しているのだ。特に、前向きに恋を諦めて友情を守ることを、とても大切にしている。


 パソコンを開いて文章を作りにかかる。初メールなので、文面で信頼を得なければいけない。前に好きなVtuberに長いお便りを送ったら読みづらそうだったので、声に出しながら長さや言い回しを調節していく。 


 咲子さんへの恋心は諦める前提なので触れない。あたしだって他人事だったら女性同士の方を応援したくなるから。

 幼馴染みの男子がいること、彼との交際中にレズビアンだと気づいたこと、傷つけてしまった彼との向き合い方に悩んでいること。

 そして、母が出産時に亡くなったことについて。自分も母親になることでしかその事実に納得できなさそうだが、彼以外の男性との交際は望んでいないこと。付き合うなら女性がいいが、母親になることを断念できないこと。


 できあがった文は、内容の重さはともかく読みやすさには配慮されていた。意味の取りにくそうな文はないし、耳で聴いても分かりやすいはずだ。


 ……それにしても初投稿には重すぎるとは思うが。バックナンバーを聴く限り、恋愛や性にまつわる話にはとても真摯に応えてくれるような人達だという確信はあったので、それに従うことにする。


「お願いします、っと」


 送信すると、いくらかスッキリした気分になった。

 推しを巻き込んだ以上、あたしもしっかりせねばなるまい。せねばならぬのだ。

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