3-3 コンゴトモ、アタシヲヨロシク
その日のうちに、レズビアンとしての悩みがどうとか関係なく、普通にミセミセにハマってしまった。
低音担当・姉属性・赤色イメージのHinamiさん、高音担当・妹属性・水色イメージのUtanoさん、二人でMrs.& Mrs. Shiny Song通称ミセミセ。高校時代に合唱部で知り合い、大学進学後は同居しつつウェブで音楽活動。デュエットでのカバーが中心だが、ハーモニーの美しさは異様なほどだった。
音声のみの作品が多いが、ときにはダンスを交えての動画も投稿している。ウィッグとメイクを盛りまくっての容姿には二次元っぽさもあり、素顔は見えにくいよう工夫されているようだが、全身で音楽を楽しんでいるのは十二分に伝わってきた。
そしてトークが良すぎる。甘々なカップルトークは勿論、硬派な話題や何気ないやり取りに至るまで、本当にお互いのことが好きなんだと実感させる空気でいっぱいだった。セクマイ関係の悩みに答えるときも、相談者に温かく寄り添いつつ、「誰の立場のことも考える」視野の広さを貫いている。この手のアクティビスト的な人は先鋭化した方がバズりやすいと思っていたぶん、頑ななまでの冷静さは眩しかった。
ともかくあたしには猛烈に刺さったし、きっと咲子さんも好きだという確信があった。案の定、咲子さんも「こういう歌めちゃくちゃ好き」と大好評だった。咲子さんと何を話せばいいか迷う時期だったので、そのトピックになってくれたのもありがたい。
*
翌日はミラステで講師を担当する日だった、夏休み帳や自由研究の面倒を見る。
「よしかちゃんは夏休み帳、いつごろ終わってた?」
「そうだね、小学校なら……」
学校の課題帳だけなら三日くらいで終わらせていた気がするが、さすがに引かれるだろう
「最初の一週間くらい?」
「早すぎてキモい」
「早すぎるのは認めるけど、簡単にキモいとか言っちゃダメでしょ」
早く遊びたかったし、夏休みはたくさん本が読めるチャンスだったのだ。仁輔と一緒に図書館に行き、彼がつまらなそうに宿題を解いている横で児童書シリーズを読みふけるのが日課だった。自由研究にしても、製薬企業社員であるパパの知識とコネを使いまくって、薬や健康にまつわるアレコレをテーマに張り切って取り組んでいた。
……という態度を見せているとクラスに敵を作りやすいと徐々に分かってきたので、高学年になってからは無難を心がけていたが。
ともかく、ミラステに来るのは勉強が苦手以前に「勉強の習慣がない」子も多い。年長スタッフを見習いながら、些細なことでも褒めるようにしていた。
活動が終わる頃、咲子さんから「買い物ついでに迎えに行こうか?」と連絡があった。今日はパパの帰りが遅いらしいし、ここらで普段の感覚を戻しておきたい、甘えることにする。
「はい、おかえり義花」
「ただいま、ありがとうね」
「いいの~、だってミセミセちゃんの話したかったし」
「する! あたしもだけどハマるの早いよ咲子さん」
一昨日の告白事件なんてなかったみたいに、車内の会話は弾む。共通で好きなものがあるのは、やっぱり強い。
「ラジオはちょっとしか聞いてないけど、HinamiさんがUtanoさんのこと超好きで、UtanoさんもHinamiさんのこと完全に信頼してるの、特別な姉妹って感じでほんとに好きでね」
咲子さんが語る、そこはあたしも推しポイントだけど。
「実はUtanoさんが年上らしいよ」
「え、マジ?」
何本か聴いた中で知ったことを伝えると、咲子さんは驚きの声を上げた。
「うん、合唱部にいたときもUtanoさんが先輩だったって」
「そっかあ……いいなあ本当に、どんなだったか考えるとドキドキしちゃう」
ミセミセの二人は高校生の頃、どんな風に惹かれあって付き合ったのだろうか。大体十年くらい前、最近よりはLGBTQ+関連の話が出ていない頃ならやりづらかっただろうか……いや、表沙汰になってない方が過ごしやすかったのか? ともかく、幸せな青春だったらいいなと思う。
彼女たちが幸せな世界なら、多分あたしも大丈夫。そんな思い込みをさせてくれるあたり、ミセミセはすっかりあたしの推しだった。
「……そういえば、義花さ」
「うん?」
スーパーでの買い物の途中、咲子さんからお話。
「今年のお盆、別々に行った方がいい?」
「ああ、それね……」
例年のお盆では、九郷家の墓には津嶋家と共にお参りしていた。祖父母はともかく、ママは咲子さんにとっても親友だから……という理由からだったが。あたしと仁輔が気まずいなら、九郷家だけでお参りした方がいいのでは、と咲子さんは考えているのだろう。
「仁はどんな感じ、家で」
「そんなに変わらないなあ、義花に怒ってるとかはないよ」
「なら大丈夫かなあ……」
気がかりは放置するほど抵抗感が増す、みたいなの心理学の本で読んだんだよな。親のいる前なら、仁輔とも前の間合いで過ごせるかもしれない。
何より。咲子さんがママと会う時間を邪魔したくないし、あたしを理由に仁輔を別行動にさせるのも違う。
「分かった、仁が良かったら一緒に行こうよ」
「良かったありがとう~、仁にも言っとく!」
……という判断の影響かは分からないけど。
その日の夜、仁輔から「BAF7のDLC来たし、そっちの家でやろうぜ」という誘いが来た。BAF7とは『Battle Arts Festival 7』、あたしと仁とパパが遊んでいる3D対戦格闘ゲームだ……なお岳志さんと咲子さんは操作が覚えられずギブアップしている。それの追加コンテンツがリリースされたからやろう、という話。
仲直りの糸口にゲームは良さそうだろう、パパに確認してから承諾を返す。明日の夜に仁輔が来ることになった。もし気まずければパパに付き合ってもらえばいいや。
そして翌日、夕食の後。
「よう」
「らっしゃい」
仁輔が来た、この服は普段の寝間着だろう。マンションの一階違いという気安さもあり、お互いの部屋の行き来に門限はない。
パパが寝室から顔を出した。
「おう、来たか仁」
「邪魔してます……康さんもBAFやる?」
「最近格ゲーやってないのよ、一人で練習させてからにして」
仁とあたしは、ゲーム機のセットしてあるテレビへ。DLCのロードはさっき済ませておいた。
「仁に言われるまで全然チェックしてなかったんだけど、今回でトモエちゃん復帰するのね?」
「な、だから早く使いたくて」
今作では当初リストラされていたキャラだ。前作では仁輔がよく使っていた、彼にとっててゃ嬉しい追加参戦だろう。
「けど仁、6でもあんまり使いこなせてなかったよね」
「好みで使ってるからいいんだよ」
BAFシリーズは、世界じゅうの格闘家が集まる祭典を舞台にしている。お互いへのリスペクトが光る爽やかなストーリーは人気が高いし、老若男女を問わずキャラデザが魅力的なのでファンアートも活発である。あたしも美少女キャラが使いたくて遊んでいるようなものだ。
仁輔は例の追加キャラ、トモエを選択。伝説の柔道家の娘という立場に合わせ、投げや捌きに特化したスタイルだ。投げはガードとの繋ぎが大事だし、捌きは打撃に対して的確なタイミングで入力しなければいけない。つまりは上級者向けキャラなのだが、仁輔は柔道つながりで好んでいる。
あたしは女子ボクサーのマーサを選択。打撃の手数が多くて使いやすいし、褐色で長身なのもあたしのタイプだ……いや真っ白ロリもタイプなんだけど。属性っていうか似合うかどうかなんだよ。今回のDLCでマーサの衣装も追加されたので、ゴージャスなドレスを着せてみる。
ちなみに。仁輔は反射神経と読みでカウンターを決めるのが得意、あたしはコンボを覚えて引き出すのが得意なタイプだ。
2ラウンド先取、制限は60秒。
「じゃあいいすか仁選手」
「来なさいな」
対戦開始。
あたしはいきなり突進攻撃を仕掛け、仁輔はガードで応じる。本来なら格好の捌き対象のはずだが。
「今の捌けたでしょ仁」
「うるせえ」
ガード後の隙を狙って仁輔はパンチを仕掛けてきた、しかしコンボの選択が甘くあたしに逃げられる。
「それ3K入れた方が早かったよ」
「なんで覚えてんだよ……おら」
相手のコマンドを教えていたら投げを決められた。さらに追加入力で寝技も決められ、3割近くライフを持っていかれる……あたし、投げ抜けの入力タイミング忘れてるな?
「ああ、こんの……ほらほらほら!」
あたしは距離を保ちつつ小刻みにステップ、仁輔の接近を誘ってカウンターを狙おうとする。しかし仁輔はどっしりと構えており、時間切れに焦って突っ込んだあたしは返り討ちにあった。
「チキンか義花」
「次はそっちを揚げてやるよ」
第2ラウンド、宣言通りにあたしが空中コンボを決めて勝利。
第3ラウンド、一進一退の攻防の末、あたしは打撃を仁輔に捌かれて敗北。初戦は仁輔の勝利だった。
「反応が鈍いっすよ義花さん」
「さて、指のウォームアップは終わりだ」
それから、キャラとコスチュームを変えつつ十試合ほど続け、勝敗は五分五分。この前からの気まずさも薄れてきた……気がする。
キャラクター選択画面に戻ったタイミングで、あたしから切り出してみた。
「仁、」
「うん?」
「こうやってあんたと遊ぶのは、」
今でも好きだよ、と言いかけてから。
「やっぱり楽しいよ、あたしは」
「……なら良かった、俺も」
「だから今後も、こんな感じでリハビリできたら」
「おう……もう一戦やるか」
「ファイッ」
「気が早え」
その後めちゃくちゃ格ゲーした、そんな仲直りの一歩な夜だった。
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