2-5 初デートはCで / 10年エモいよ!?

 あたしの体調が戻り、金曜日の朝。


 今日は仁輔じんすけ九郷くごう家のチャイムを鳴らした。


「わり仁、ちょっと待ってて」

「ん、こっちも早く来たし」


 お出かけである。何気に付き合ってから初デートだ。


 あたしが準備している間、仁輔はパパの部屋にいる。あたしが咲子さんと、仁輔がパパと過ごすお泊まり交換もたまにやっているので、仁輔の私物もそれなりに持ち込まれているのだ。


 せっかくなので、いつもは苦手な短めのスカートにしてみる。そのぶん日焼け止めをしっかり塗る……仁輔に「塗って(ハート)」する案も浮かんだが、さすがに気まずくさせそうなので止めた。そもそも実際にやるカップル居るのか、こんなの?

 ブラウスもフリル付きの可愛いモノに。仁が喜んでくれたらいいな、という意図も少しだけあった。


「仁、準備できたよ」

「了解」


 二人でマンションを出る……デートらしく、あえて外で待ち合わせしようかとも思ったのだが、無駄な気が勝ったので止めた。

 8月らしい、容赦のない日差しである。あたしは日傘を差したが、仁輔は帽子だけだ。熱中症対策で日傘を使う男子も多いのだが、仁輔は「自衛隊の訓練で味わう暑さに慣れたい」と頑なに使わない。さすがに雨傘はちゃんと使うが。


「三週遅れとはいえ、ちゃんと公開できて良かったよね」

「な、けど良い傾向だろスタジオにとっては」


 今日は映画鑑賞である。夏恒例、撃隊げきたいとペルソナイトの二本立て上映。

 例年通りに7月の公開予定だったのだが、制作上の都合により公開が遅れたのだ。本来ならファンとして悲しむべきことかもしれないが、スタジオが労働環境の改善に取り組んだ結果では……という憶測も出ている。販促との連携がガタついたのは痛かっただろうが、無理のしすぎは禁物である。


「そういえばさ、双流ソウルの十周年ってやっぱり何もないのかね?」

 あたしが言うと、仁輔は渋い顔で「だろうな」と答えた。


 10年前の名作、ペルソナイト双流ソウル

 高校生の男女コンビ、ヤンキーなソウタと生真面目なヒカルが魂を合体させて一体のヒーローに変身するという、シリーズでも異色の設定。性別も年齢もデザインも斬新すぎて不安視されていたものの、喧嘩しながらも絆を深めていくバディ模様や、青春の光と闇にフォーカスした学園ドラマは絶賛された。


 当時は小一だったあたしたちにも直撃だった。撃隊の女性戦士は恒例だったが、ペルソナイトで女性キャラが主役ヒーローに変身するのは初めてだったので、あたしはヒカルちゃんに感情移入しまくりだった。


「……あの頃があたしのモテ期だったからなあ」

 当時は特撮に詳しい女子が今より少なかったので、あたしはごっこ遊びのヒカル役に引っ張りだこだったのだ。束の間のオタサーの姫である。

「あれか……あんまり思い出したくねえな」

 仁輔の苦虫めいた表情に吹き出してしまう。あたしを囲む他の男子たちへ、仁輔は喧嘩を売りまくっていたのである。


「けどさあ、一番株落としたのはあたしでしょ。みんなにダメ出ししまくって」

 当時のあたしは異様な記憶力を発揮しており、台詞が本編からズレると「そうじゃない!」と突っ込んでいたのだ。ごっこ遊びと完コピを取り違えた、厄介オタクの暴走である。あたしはオタサーの姫よりも老害になりがちな説。


「あの頃の義花、ぶっちゃけ俺も若干引いてたぞ。なんで完全に覚えてるんだよって」

「だろうねえ……『もうやめてよソウタ、このままじゃあんたが死んじゃうよ』」

 これは有名なやり取りである、仁輔もすぐに返した。

「退けるかよ。だって俺は、」


「「俺の中にいるお前にだけは、負けられねえんだ!」」

 二人で揃えて、ゲラゲラと笑う。


 シリーズ後半、敵の罠にかかったヒカルが拘束され、ソウタが単身で乗り込んできたときの会話だ。一人での変身は不安定だし弱い、ピンチに陥っても諦めないソウタの意地が炸裂したのだ。


「やっぱり双流はさ、お互いに与える影響とか成長が変身システムにオーバーラップしていく構成が最高だったのよ……二つの魂はずっと一緒だっていうさあ」

「な、ヒーローをやめた最終回が一番泣けたもん。戦わない回なんて俺には退屈だったはずなのに」


 最終決戦において、ペルソナイトに変身する力を使いきることで、二人は怪人たちを封印。ヒーローではなく、普通の高校生に戻る。

 そして最終回。ヒーローでなくとも誰かを守る人になるため、学業に励む二人が描かれるのだ。得意を活かして苦手を乗り越え、ソウタは体育教師を、ヒカルは医師を目指すことを決める。


 派手なアクションもなく、バディでの活躍もなく、しかし二人の成長と絆が強烈に伝わる描写の数々。「ソウタくんとヒカルちゃんみたいに頑張るんだ」と決意した子供は日本中にいた、あたしたちだってそうだった……あたしが医師に憧れた最初のきっかけ、かもしれない。仁輔だって、ソウタを通して描かれた「強い奴が身勝手に力を振るったらダメなんだ」というメッセージには大いに感化されたはずだ。


 双流の主演コンビは大ブレイク。二年後には恋愛映画でダブル主演を務めて大ヒットに導き、さらにプライベートでも交際を開始した……のだが。


「リアル破局したから無理よな~!」

 あたしの叫びは空に消える。本人たちも認める熱愛だったものの、二年足らずであえなく破局。事務所の方向性もあってか、以降はほとんど共演していない……ヒカルを演じた凜ちゃんに関しては、演技の仕事も減っている気がするが。


 サンアサ特撮では放送十周年に記念作を作る文化があるものの、双流についてはこうした事情で悲観されている。そもそも、キャストが忙しいとか引退したとかで作られない例はこれまでにもあったが。さらにそもそも、双流はヒーローをやめるエンドだったわけで……大集合映画だと変身体は出てきてるのだが。久しぶりにレジェンドが出てきたと喜ぶ素直な仁輔と、本編との矛盾に怒る偏屈なあたし、そんな時期もあった。


 そんな感じで、現行タイトルではなく過去作の話で盛り上がる道中だったものの。

 予想外なことに、それが正解だった。



 上映後。

 あたしと仁輔は揃って座席で放心していた。


「あの先生のお兄さん、誰?」

「昔のペルソナイトやってた人だよ~」


 近くの通路を降りていった親子の会話が聞こえる。そうか、最近の子はそういう認識か……だよな……


「出たな……」

「出ちゃったねえ……」


 *


『ペルソナイト聖伝レジェンズ』の劇場版に、双流ソウルのソウタとヒカルがサプライズ出演していたのだ。ちょうど、あの頃から十年後の大人となって。


 聖伝レジェンズの主人公である青年・聖人せいとが、怪人たちに襲われた小学校へと駆けつける。

 そこで出会ったのは、逃げ遅れた子供たちを守りながら怪人に立ち向かっていた男性教師だ。目標を達成し、先生になっていたソウタである。


 変身した聖人に守られ、ソウタと子供たちは学校を脱出。しかし激闘続きで困憊していた聖人は、変身を維持できず負傷してしまう。

 そこへ取って返したのが、かつての学友たちを連れたソウタである。刺股やロープを駆使して残りの怪人を足止めすると、聖人を避難所へと連れていく。


「なぜ、ヒーローの力もないのに助けてくれたんですか」と訊ねる聖人に、ソウタは答える。

「君はヒーローである以前に人間だろ、人間が人間を助けるのは当たり前だよ」と。


 その避難所で聖人を診てくれた医師がヒカルだった。

 ヒカルは聖人の事情を聞くと、最低限の処置をして再び送り出す。

「君の中にいる大切なみんなに負けないでね、私も負けないから」というエールと共に。


 そして聖人たちナイトが勝利した後、安堵に包まれる避難所で。

 ソウタは、生徒を治療してくれたヒカルにお礼を伝えにいく。ヒカルは、避難を誘導したソウタを労う。

 敬語での他人行儀な会話の後、お互いに頬を緩めて。


「ソウタ、いい先生になったじゃん」

「ヒカルも、格好いいドクターになったな」


 あのときの気の置けない空気に一瞬だけ戻って、すぐにお互いの職務へ戻っていく。


 *


 他のお客さんに頼んで、映画のポスターの前で記念撮影。双流ソウルの二人セットの変身ポーズだ。涙目で変身ポーズを決める高校生男女、周りからしたら謎だったろうが気にしない。


「あの表情でさあ、全部が伝わるの……二人とも双流ソウルのこと大好きだったんだってさあ」

 映画館近くのフードコートでも、あたしはまだ涙目だった。

「な、もしかしたら気まずい内心もあったかもだけど、やっぱり大事な仲間って思ってるんだよ」


 ソウタとヒカルを演じたキャスト、雅斗まさとくんとりんちゃんについてである。別々のスター街道を爆走し、双流以上に有名な役も演じてきた二人だが、十年越しの双流はどこまでも双流らしかった。


「けど凜ちゃんはぎごちなかったというか、やっぱり昔の雰囲気に無理して戻してた節はちょっとだけあったしない?」

 あたしの指摘に、仁輔は「……まあな?」と微妙な態度。ちょっと水差しちゃったな、言うのはもうちょっと後で良かった。


「けど雅斗くんはマジで再現度すごかった……すげー細かいんだけどさ、ソウタが転んでから足を引っかけて反撃したとこあるじゃん」

 仁輔の言うシーンを思い出そうとするが。

「……泣いててよく見えてなかった」

「おう……」

「で、それが?」

「双流のヒカル・スピードフォームで出してた技と似てるんだよ。だからヒカルから習った戦い方の応用だなって、めっちゃ熱かった」

「ああ……どっかであった気もする」


 台詞はともかく、アクションに関しては仁輔の方が圧倒的に覚えがいい。すぐ隣に別視点のオタクがいるのは素直に楽しい。


「けど義花、今回の聖伝レジェンズのシナリオは気にならなかった?」

「相変わらず流れはゴチャついてたけどさ……今回の新ソウルがアンネ・フランクで、地球人の虐殺を止める話だったじゃん?」

「あの虐殺……ホロコーストの投影だよな」

「そ、そこでアンネのソウルが『私たちは悲しい運命ばかりだったから、せめて未来の人の心に届いてほしい』って言ったじゃん」


 小さい子に伝わるかは微妙だったが、声優さんの名演も相まって胸に迫るシーンだったのだ。


聖伝レジェンズが、偉人を変身システムに組み入れた設定で描きたかったこと、こういう……過去から未来への文化的・精神的な継承だったと思うのよ。テレビ版だと前半で方針転換したから霞んでるけど、劇場版でやってくれたの良いな~って。そういう話だったからこそ、同じテーマを描いていた双流キャストの客演にも強い意味があったわけで……うわ言ってて余計エモくなった」


 向かいの仁輔、何やら俯いている。

「んん、どうしたよ仁さん」

「いや……そういう話してる義花、すごく可愛いなって」


 吹いた、コーラ飲んでたら危なかったな……

「……言いつつ顔真っ赤にしてんじゃないよ仁」

 あたしに言い返された仁は、ハットを目深にして目元を隠す。改めて仁輔の帽子を見て、ようやく思い至る。


「そういや仁、そのハットって聖斗くんとお揃いじゃん」

「いま気づいたのかよ」

「あんたファッションこだわらないから、あたしも気にしてなかった……」


 聖斗を演じているのは細身のイケメンなので、仁輔は印象からは離れているのだが……言われてみればシャツもボトムスも、いつもより洗練された気配がした。


「ま、似合ってますわよ」

「……良かった、義花も可愛い」

「あんた意外とデレたがりよね」


 そんな感じでオタク感の強い初デートを経た翌週。


 事件は起こる。

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