女装家転生~女装令嬢、お嬢様学校に通う~

宮比岩斗

プロローグ

女装家死す

 罪のない人生を送ってきた。

 男として生を受け、幼き頃から漢として心身を鍛え、弱きを助け強きをくじき、世のため人のためをモットーとした。警察官になり、その生き方を一生続けていこうと誓った。それはまさに警察官の鑑とも評される生き方だった。生涯独身だったが、署長にまでなれたので後悔はない。

 しかし、恥の多い人生でもあった。

 幼き頃から美しいものが好きだった。貴金属や宝石に目を奪われた。それ以上に私の心を奪ったのは人がもつ美貌そのものだった。女性がもつ、しなやかさと鋭利さ、そこに潜在する可愛らしさ。女性の美貌は、私にとっては魔性をそのものであった。

 それに近づきたいと願った。

 女性の持つ美、そのものになりたかった。

 ゆえに女装を始めた。

 私が私の容姿が嫌いになるのは自明だった。

 高い身長に短い手足、筋肉は膨張し、肌は焼けて浅黒い。署長になる頃にはオシャレをするために必要な髪が毛根から枯れ果てていた。そんな私が女装をすると、美への冒涜な存在が生まれてしまう。それでも美への憧れを捨てられず、女装を辞めることはできなかった。

 職務上、誰かに知られることは避けたかったので、自宅でのみ楽しんでいた。一人で、誰にも見られることのないそれは「もしかしたら自分は美しいのではないだろうか」と勘違いを楽しむことができて実に良かった。独身なのも、一人ファッションショーを楽しみたいという理由からだ。決して同性愛者という訳ではない。純粋に女装が好きなのだ。一度、お忍びで歌舞伎町の先輩方にお忍びで悩みを聞いてもらった時に断言されたので間違いない。

 だから、交通事故に巻き込まれそうな子供を庇い、虫の息だった私の走馬灯は、後悔は露ほどもないが未練は山のようにある人生だったといえよう。憧れながらも一歩も近づけなかった美への執着の他に、普通に結婚して子供を設けたかったというがあった。

 意識の手綱を手放し、現世に別れを告げる。

 嘘だらけで恥ばかり、現実から目を背けてばかりの醜い生き様だった。





 次に目が覚めた時は、冥界だった。

 想像上の天国には程遠い薄暗さ、地獄と呼ぶには何もない空間だった。

 閻魔大王が私の前にいて、何かを読んでいる。

 何故彼が閻魔大王だと思った理由は不明だ。

 ここが冥界で、彼が閻魔大王であると、魂がそれを理解した、としか言いようがなかった体験だった。

 彼は私に問うた。

「天国へ向かい苦のない日々を過ごすのと、別の世界に生まれ変わるのと、どちらがよい?」

 彼に質問の許可を頂き、投げかける。

「天国とはいかような場所でございますか。また、そこは美への探究を行える場所でございますか」

 閻魔大王はしばし考え、答える。

「天国とは善行を成した者が魂を癒やすべく楽をするための場所。さらなる苦行を求めるのであれば、別の世界へ生まれ変わるのを勧める」

「もし、生まれ変わるのであればとある要望を聞き届けて頂きたいのですが可能でしょうか」

「申せ」

「生前、私は女性が持つ美に近づくには不釣り合いな容姿をしておりました。次の人生では美しい容姿を持たせては頂けないでしょうか」

 膝を降り、頭を垂れる。

 いわば、土下座を閻魔大王に行った。

「そなたは素晴らしい人生を送ってきた。これまで多くの者を見てきた我でも、そなたよりも汚れなき、けれど研磨された魂は見たことがない。まるで人生すべてを修行に捧げた高僧のようだ。その見返りが美しい容姿を持つことだけでは割に合わん。他に欲しいものがあるなら申すがいい」

 絶好の機会と捉えた。

 もしこれが昔話における何かの罠だとしても、ここで口にしない選択肢はなかった。

「美への探求が行える裕福な家庭、平和な時代と国、多様な価値観が存在し認められている世界へ生まれ変わりたいと愚考しております」

「よかろう。その願い、我が聞き届けた」

 こうして私は『美しい容姿』、『美への探求が行える裕福な家庭』、『平和な時代と国』、『多様な価値観が存在し認められている世界』へ転生を果たすことになる。





 この時の私は女装も認められた価値観の世界に転生できると考えていたのだが、多様な価値観とは私が想定しているよりも実に多様であった。

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