39話 一ヶ月前とか覚えてるわけない
「あたしあんたに頼みごとなんかしたっけ?」
した―――っっ!
「ええー、いつの話?」
一か月前―――っっ!
「一か月とか。そんな太古のこと覚えてるわけないじゃん」
「覚えててくださいよ!
「あー。なんかあったかもな、そんなん。よく覚えてたね、あんた」
「なんで他人事なんですか! あんなに心配そうにしてたのに」
「心配っつーか、でもあれは半分以上は後押しのつもりだったからねえ」
後押し?
「なんの?」
「えー、だからあれだよ。ちょうど一か月前のことだよ。あん時はもう酷かったのよ、多喜がうっさくてさあ。寮に帰ってくるなりカイドーくんカイドーくんって、あんたの話ばっかしてたんよ」
「多喜さんがですか? 僕の話なんてあります? 一か月前ですよね?」
その頃はまだスーパーヒーロー活動を始める前で、多喜さんの言うところの普通の先輩後輩以上の接点はなかったはずだけど。
「そう、ないのよ。大した話なんか全っっ然ないの。やれ、今日は
「は、はあ」
悪かったですね、しょうもない話の発生源で。
「でさあ、もういい加減うんざりだったわけよ。台本も書かなきゃいけないのにそんなつまんねー話ばっか聞かされてさあ。新手の拷問じゃん。むしろ、地獄じゃん?」
よく僕の目を見て言えるな、この人。うやらましわ、その図々しさ。
「執筆中に何が邪魔って人の話し声ほど邪魔なもんはないのよ、わかる? あの子無視しても平気で話し続けるしさ」
「……はあ」
そういえば森田先輩もそんなこと言ってたかも。
「でさー、あの子って海堂のこと好きじゃんかー」
「……はい」
ん、今何って言った?
「だから、二人がさっさと付き合えばしょうもない恋話も聞かなくて済むかなって思ったんよ。あと彼氏のあんたに止めてもらえれば自主練習もやめるかもしんないし」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! え? え? 何? 急に何の話が始まったんですか!」
「うわ、怖っ。いきなり立つな、気持ち悪い」
「いきなりはそっちでしょ! いきなり、す、好きってなんですか、好きって!」
「いや、いきなりじゃないじゃん。見てりゃわかんじゃん。傍から見てたらそーゆー空気をヒシヒシと感じるでしょ、あの二人から」
そういう話って傍同士でやるもんじゃないんですかね。当事者とマンツーマンでやっちゃだめでしょ。
「でー、めんどいからさっさと付き合えよって思ってたんだけど、あの子からは絶対告んないからさ。知らんかもしれんけど、あいつ、ああ見えてめっちゃビビりでめっちゃ人見知りなんよ。だから、自分から告白とか絶対しないんだよね。徹底的に待つタイプ」
「はあ、そうなんですか」
つーか、何の話してるんだ、これ。どうしてこんな話になったんだよ。
「だからさ、海堂の方から告ってよって意味を込めて、自主練習を止めに行ってくれ言ったのよ」
「え、あれってそんな意味がこもってたんですか?」
「遠回しにね」
遠すぎる!
「もしかしてわかってなかったの? 嘘でしょ、夜の山に男女二人だよ? セックスしろって意味に決まってんじゃん」
無茶苦茶言うなあ、この人。てゆーか、なんでどいつもこいつも僕と多喜さんを付き合わせようとするんだよ。
多喜さんが僕を好き?
真面目な話、それはない。
この一か月、ずっと一緒にいたからわかる。
この一か月、多喜さんにそんな素振りは一度もなかったと言い切れる。
「はー、これだから童貞は。まあ、でもあれだよね、セックスはしてなくても自主練習をやめろとは言ってくれたんだよね? 好きな男の忠告なら聞くと思ったんだけど、やっぱあんたじゃなかったのかな」
「はい、違うと思います。てゆーか、やっぱり心配する気持ちはあったんですね」
「そりゃあるよ、友達だもん。いくら足が速いったって男に本気で襲われたら終わりだからね。あの子可愛いし、金持ちだからダブルの意味で心配だわ」
「お金持ち……なんですか? 多喜さん」
「じゃなきゃ二百万も募金なんてできないっしょ」
「二百万⁉」
あ、やべっ――ってなふうに、伊鶴先輩の表情が動いた。
「そ、そういえば最近の余震ってすごいよねー」
「いや、無理無理無理! え、多喜さん募金してたんですか? 二百万円も?」
「しー! 声がでかいって、バカ!」
キョロキョロと辺りを見回すと、伊鶴先輩は唇の前に立てた人差し指をクイクイと動かして僕の耳を呼びつけた。
「内緒だよ? 前にね、多喜に相談されたことがあんのよ。募金ってどうやったらいいのって。んなもん、コンビニかどっかに置いてる募金箱突っ込んで来いよって言ったらさあ、あいつが言うのよ」
「はあ」
「あの箱に札束は入らなかったって」
わーお。
「んなでたらめな額ポンと募金できるなんて金持ちに決まってんじゃん。普通やんないでしょ」
確かにやらないのが普通だろう。それが普通の努力で得たお金なのであれば。
「あ、もうこんな時間だ。もう行くわ」
僕が黙り込んだのを潮と見たか、伊鶴先輩が立ち上がった。
「授業ですか?」
「ううん、約束。あんたと一緒」
僕と?
「坂本から相談聞いてくれって言われてんのよ。多喜に酷いこと言っちゃったから謝りたいんだってさ」
ああ、多喜さんに階段から突き落とされそうになった坂本か。やっぱりあの時のこと気にしてたんだ。
「それなら別に伊鶴先輩に相談しなくても直に話したらいいのに。多喜さんなら喜んで許してくれますよ」
「知らんよ。あたしに言うなよ。つーか、あたしに相談持ってくるやつってなんでみんなプライベートのことばっかなんだよ! 部長ぞ! あたし部長ぞ! 芝居のこと聞けっつーの!」
眉を顰め、ボリボリと音が聞こえるほど後ろ頭をかきまくる伊鶴先輩。
それは多分、伊鶴先輩が意外に面倒見よくて話しやすくて頼りになるからじゃないでしょうか。
そんなことを思ったけど、何か癪なので口に出すのは止めておいた。
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