36話 再入場
「王城寺学院大学前、王城寺学院大学前」
無機質な社内アナウンスに送られて電車を降りた。
どこか楽しげな学生達の列をやり過ごしてから一番後に改札を抜ける。
足が重い。
坂の一歩目で溜息が出た。
やっぱり休めばよかったかな。
なぜ僕は、出てきてしまったのだろう。
なぜこんな思いまでして坂を上るのだろう。
「…………………」
そしてなぜ、校門で足を止めたのだろう。
ここで何を待っているのだろう。
あの声はもう聞こえてくるはずもないのに。
あの独特な挨拶はもう……。
「おーはよー」
……あれ、聞こえてきたな。
「おーはよー」
おや、二度も。ご丁寧にポルシェの突進までついてきて。
「おーはよー」
多いです。三度は多いですよ。ねえ、
振り向くと、やっぱり多喜さんが立っていた。晴れたキャンパスに相応しい、それはそれは見事な笑顔を浮かべながら。
「はははは」
ははは、じゃなく。何でいるの? 何で来るの?
「あははは」
あははは、じゃなくて。
「あの……多喜さん?」
「いやー。今日はいい天気だねー、
怖っ。え、え、嘘でしょ、そんな感じで話しかけてくんの?
昨日あんな別れ方したのに?
いや、言ってたよ?
普通の先輩後輩に戻ろうとは言ってたけどさ。そんな切り替え出来るか、普通。
「あははははは」
どこに行くんですか、この状況で。
一方的にやるだけやって話も聞かずにいったいどこに? 百点満点の笑顔を浮かべながらパタパタと駆けていく多喜さんの視線の先には…………あ、及川と鈴木じゃん。
「おーはよー、くみちゃん。今日もいいケツしてんねえ」
「きゃあ! 多喜さん、もうやめてくださいよ」
「あははは。さくらちゃんはおもちゃの包丁で突いてあげようね」
「いたっ。やめてくださいよ。何やってるんですか、多喜さん」
「多喜さんではない。わたしは世を忍ぶダークヒーロー、スーパー多喜だ」
「意味わかんないですって、もう!」
「えへへー、二人とも大好きだよー」
「きゃー、私も好きですー」
「あたしもー」
「えへへへー」
………えへへー、じゃないんだよ。
膝から崩れ落ちそうになった。
マジか。え、何してるんですか、多喜さん? それ、あれですよね。やってますよね、完全に。完全にスーパーヒーロー活動ですよね?
「あ、新藤先生! おーはよーございまーす」
「ああ、
「えへへー、すみませーん。返します」
あ、またやってるし。三枚抜きしてるし。絶好調じゃん。
待って待って。マジで待って。
どういうこと? 怖い怖い。
だって、やめるって言いましたよね。
つい昨日ですよ。まだ二十四時間も経ってないですよ。絶対にやめるって言いましたよね。何をやってるんですか、多喜さん?
「じゃあ、またねー。二人とも大好きー」
ドン引きする僕を尻目に多喜さんは後輩二人に手を振って走り出す。そして、一瞬立ち止まり、
「えへっ☆」
星の弾けるようなウィンクを飛ばしてきた。右の手に持った真新しいA4サイズのノートを掲げながら。
え――――っと。
これはどう解釈すればいいんだろう。
多喜さんが新品のノート持ってスーパーヒーロー活動しているように見えたこの状況をどう解釈すればいい。
これはもう、あれだよな。多分そういうことなんだよな。
いやー、信じられんことするな、あの人。
こわー。女優だわー。そういえば女優だったわー。
こんなことあるんだな。多喜さんは真正面からしっかりと、
「………嘘ついたじゃん」
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