13話 未来をジェネリックする話
「はー、明るいとこんなに感じが違うのか」
昼間に上る鐘突き堂への階段は、夜とは別世界の様相を呈していた。
日光って偉大だ。心なしか段の傾斜も緩やかに感じられる。暗闇だと魔物の手のように見えた木々の葉も今は目に眩しく、昨日は気付かなかったお香の香りが微かに鼻孔に漂ってくる。
ごーん。
そして、耳には鐘だ。先ほどからごんごんと暇でも潰すように鐘の音が響いてくる。
「勝手に鳴らしたら怒られますよ」
「あ、
前回の反省を生かし今日はちゃんと前に回ってから、鐘を突きまくる
「来てくれないんじゃないかと思ってましたよ。もうお昼は食べました?」
「……話って何?」
どうやら雑談に応じる気はないらしい、多喜さんは鐘楼の柱に背を預けてそう言った。
そういうことなら話が早い。こっちも早速本題に入らせてもらおうじゃないか。僕は下腹に力を入れ朝から用意していたセリフを吐き出した。
「すみませんでした!」
「え?」
深々と頭を下げながら。
「僕、多喜さんに嘘をついていました」
「嘘……?」
「はい。昨日返した多喜さんのノート、見てないって言いましたけど実は……一ページだけ見てしまいました!」
「ああ、そっか………そうだよね。うん、知ってた」
やはり、おおよそ察しはついていたようで、多喜さんは驚くでもなく怒るでもなく冷静に言葉を重ねた。
「見たってことは、もうあれがどういうノートかわかってるのかな?」
「………予言ノート、なんですよね」
予言。もうこの言葉を使うことに躊躇はなかった。
僕が拾ったあのノートは、見る度怖気を振るうあのノートは、稽古日誌でもなく練習の記録ノートでもなく、未来の出来事を書き連ねたノートだったのだ。
「予言ノート………そう言われると四限の授業限定のノートみたいだね。あはははは………ごめん、思わないか」
珍しく空気を読んだ多喜さんが両手の指をすり合わせた。
「そうだよ。わたしね、ちょっと前から予言が出来るようになったんだよ」
原付の免許を取ったんだよ。そんな調子で多喜さんはただならぬ事実を告白した。
「出来るようにって………何でできるんですか、そんなことが」
「わかんない。気が付いたら出来るようになってた」
「そんな、一輪車みたいに言わないでくださいよ。いつから出来るようになったんですか?」
「うーん、一年くらい前かな。ここで自主練習してたらなんか、ぼーっとしちゃうことがあってさ。で、ある日気付いたら台本にぐわーっていっぱい書き込みがあったの。わたし、台本って綺麗に残しておきたい派だから書き込みはしないのよね。だから誰かの悪戯かなって思ってビックリして。でも、周りには誰もいないし、わたしの字だし。しかも、お芝居とは全然関係ないことが書いてあって」
「未来に起きることが書いてあったんですね?」
「むはー」
「寧々さん?」
「……うん、書いてあった」
また指を擦り合せながら多喜さんは頷いた。
「最初はね、何かの間違いかなって思ったの。だって、すっごくわけのわからないことばっかり書いてあったから。でも、それが一つ一つ順番に現実になっていって。そんなことが何回も続いて………こりゃあ、えらいことになったなって思った」
「そりゃあ、確かにえらいことですよね。紛れもなく」
「いやあ、ほんとほんと」
「それで、みんなのことを助けようとしたんですね?」
「え?」
伏せていた多喜さん顔が上がる。刹那、二つの視線が宙でぶつかり、
「すごいね、海堂くん。名探偵じゃん」
多喜さんは笑って僕を指差した。
「ありがとうございます」
まあ、そりゃあ、わかりますよ。多喜さんのノートにはいくつか近しい名前と共に不穏な記述があった。
『9日は伊鶴凛香に刺さるよ 痛い痛い刺さる 包丁が刺さる なんで刺したの痛いよ痛いよカワイソウカワイソウ』
『坂本こよりは痛いよ 枝に足が裂かれるよ 風で折れたの 尖ったの ひどいひどい痛い血が出てる 切り裂かれたじゃん 可哀そう痛い痛い痛い』
『12日は危ないすごい 爆発爆発爆発 第三棟がガスで爆発する すごい飛ぶよ 怖いしうるさいし あの人の首が焼ける 可哀そう痛そう』
「わたしもね、最初にあったの、怖い予言が。カッターで指を切るって書いてあった。怖いなー、やだなーって思って。一回家中のカッターを捨てようとしたんだけど、でも世界中のカッターまで捨てられないなって思って諦めて。それで予行練習しとこうと思ったの」
「予行練習、ですか?」
「うん、ちょっとでも慣れとこうと思って、カッターの先でちょっとだけ指の先を切ってみたの。そしたらやっぱり痛くって。こんなことが本当に起きたら嫌だなーって憂鬱になってたら、いつまで経っても起きないの」
「予言が?」
「予言が。その時に初めて気付いたんだよ、予言ってジェネリックできるんだって。ジェネリックって言い方であってるかな?」
多分違いますけど伝わりますよ。
つまり、多喜さんは予言の内容を『低減』させたのだろう。
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