会う度に、不思議ちゃんのポルシェに轢かれています
桐山 なると
1話 思わせぶりなプロローグ (前フリ大事)
―――― 一年前。
「あれ?」
交差点で思いがけず足が止まった。
「信号、なくなってるじゃん」
先週末まであったはずの信号機が撤去されていたからだ。
信号機って減ることあるのか。
歩道から一歩を踏み出した姿勢のまま、妙にすっきりとしてしまった電信柱を見上げた。
一度据え付けた信号機をわざわざ取っ払う理由って何なんだろう。確かに交通量の少ない三叉路だけど、それだけに油断した車が猛スピードで通り抜けることもたまにあるのに。
危なくないのかな。恐る恐る車道の左右を見回していると、
「おーはよー、
さっそく無軌道な車にこつんと肩を叩かれた。
振り向くと、妖精のような女の人が立っている。
同じ大学、同じ文学部、同じ演劇部に所属する二回生の先輩。
一つ目のトレードマークは猫を思わせる大きな目玉。二つ目のトレードマークは癖のある長い髪。三つ目のトレードマークは透き通った声。
「ああ、
「おーはよー。見て、海堂くん。これ、ミニカーだよ」
「そうですか、いいですね」
「そうでしょ。おーはよー」
四つめ目のトレードマークは独特な挨拶。
多喜さんは唯一無二のイントネーションでおはようを繰り返すと、手に持っていたミニカーで再度僕の肩をつついた。
大学一回生の四月。空気も日差しも人の表情もどこか柔らかげな春の朝。
多喜さんの苦難は、この時すでに始まっていた。
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