21


「若、道中ずっと気になっていたことを聞いてもよろしいでしょうか?」

「ん、なんだ? そんなものがあるなら、いくらでも聞いてくれてよかったのに」

「いやいや、常在戦場の心得を叩き込んでいる間に余計な雑念が入ってはいけませんから」


 村が見えてきたところで、ようやく三人は戦闘モードをオフにする。

 そして気持ちを切り替え、いつもの調子を取り戻していた。

 ロデオも鬼教官ではなく、気の良い武官へと態度を変えている。


「どうしてわざわざ遠回りをして、カトコ村へ? 若がディメンジョンを使えば、スピネルで調薬すればいいではないですか」


 マーロンにはそこまで詳しい事情を話してはいないため、首を傾げながら聞いていた。

 だがどことなく、蚊帳の外にいるのが嫌そうな顔をしている。


 そもそもマーロンには、病気になったケビンを助けるための材料を取りにいくという話しかしていない。


 それが不治の病であることや、その特効薬のレシピをヘルベルトが知っていることなど、重要そうな話は伏せている。


 マーロンはとにかく嘘がつけない男だ。

 下手に情報を教えて、もしそれが誰かに発覚でもしようものなら、面倒な事態になりかねない。


 なのでヘルベルトは


「お前の力を貸してほしい」


 とだけ伝えており、それを聞いたマーロンも


「わかった」


 と返した。

 男同士のやり取りに、複雑な言葉は要らないのだ。



 ヘルベルトはマーロンに伝えても問題なさそうな情報を吟味しながら、ロデオの質問に答える。


「戦闘でディメンジョンが解ける可能性もある。それに俺の魔力がどこでなくなるかわからない。だから『混沌のフリューゲル』から一番近くにいる薬師のところへやってきたというわけだ」

「……なるほど」


 ロデオは何かを言おうとしていたようだが、少し黙ってから口を噤んだ。


 恐らくはどうして行ったこともない場所の薬師の居場所を知っているんだ、と言いたいのだろう。


 だがヘルベルトとしても、情報源について言うことはできない。


 未来がどのように変わるかわからない以上、情報ソースの手紙の内容がなるべく変わらないよう、不確定要素は排除しておく必要があるからだ。


 ちなみにヘルベルトの方も、未来の自分がどうやってその情報を得られたかまでは知らない。


 ただ言われた場所へ向かっているだけだ。

 ヘルベルトに、ケビンを助けるために行った未来の自分の努力を疑う気はなかった。


「ロデオ、この村にアシタバという薬師がいる。彼女を呼んできてくれ」

「はあ、わかりました」


 ロデオが村へ入っていく様子を見たマーロンが、少しだけ目を見張る。

 そしてヘルベルトの方へ向き直り、


「一緒にいると忘れそうになるけど、ヘルベルトって公爵家のお坊ちゃんなんだよな」

「そうだぞ。お前も学院の外で、かつ人前の時は相応の言葉遣いを心がけろ。これ以上俺のせいで、父上に迷惑をかけるわけにはいかないからな」

「……了解しました。得意じゃないけど、頑張ります」

「知り合いしかいない場所なら、普段通りで構わんぞ」

「……ああ、そうさせてもらうよ。辺境育ちなせいか、敬語を使うとどうにも背筋がむずがゆくなってね」





「はあ、私がアシタバですが……そちらはいったいどなたでしょうか?」


 ロデオが連れてきた人物は、ヘルベルトが想像していたよりも一回りほど小さかった。


 どこからどう見ても子供にしか見えないような背丈と童顔。

 着ているローブはぶかぶかで、背伸びをしているようにしか見えない。


 ロデオが訝しげに、そしてマーロンなどは明らかに疑わしげな様子でアシタバを見つめている。


 けれどヘルベルトは彼女の容姿の幼さを見ても、その態度をまったく変えなかった。


 ヘルベルトは、自分という人間に対する強い自信がある。


 未来の自分が言ってくれたことが、間違っているはずがない。

 彼はそう、固く信じていた。


「失礼、俺はヘルベルト・フォン・ウンルー。ウンルー公爵家嫡男と言った方がわかりやすいか?」

「――そ、それは大変なご無礼をっ!」

「まあ待て、今回はこちらからの頼み事だ」


 急いで額を地面に擦りつけようとするアシタバを制止する。

 今回のケビン救出には、彼女の力が必要不可欠なのだ。

 下手に悪感情を持ってほしくない。


「マーロン、少し出ていろ」

「――わかった、あとでちゃんと説明はしてくれるんだろうな?」

「ああ、全てが終わったら、その時は全てを話そう」


 聞き分けよくマーロンが出ていってから、さっさと本題を切り出すことにした。


「実は俺の側近が『カンパネラの息吹』に罹患している」

「『カンパネラの息吹』、ですか……」

「ああ、それを治すための特効薬のレシピを手に入れた。その調薬に、お前の力を貸してほしい」

「――馬鹿なっ! あの病に対する特効薬は存在しない! 私は既に、三人もの患者を目の前で失った!」


 敬語を使うことも忘れ、激昂しているアシタバを見るヘルベルトの瞳は冷徹そのもの。


 どうやら彼女は、この病に関する知識が多少はあるようだ。

 それならば話は早い。


「あなたは騙されているのです! 今すぐに病人と、残された数少ない時間を、共に過ごしてあげるべきです……」


 語気が弱まったアシタバは、明後日の方向を向いていた。

 何かに思いを馳せているその様子は、あまりにも人間味に溢れてすぎている。

 彼女はいちいち感情移入していては身がもたない、直接人の生き死にに関わる仕事に就いているというのに。


 こと命に関して、彼女は己の譲れない芯を持っているらしい。

 ヘルベルトはそういう人間が、決して嫌いではない。


(どんな奴を引き当てたかと思ったが……さすがは未来の俺だ、情熱を持ってことにあたることの

できる人間が、最も信頼に値する)


 ヘルベルトは胸ポケットから、一枚の紙を取り出す。

 そして『カンパネラの息吹』の特効薬である『土塊薬』の調合方法の記されたレシピを、アシタバへ手渡した。


「読んでみてくれ。俺にはよくわからんが……専門家であるお前なら、俺とは違った見地から見えてくるものがあるかもしれない」

「――拝見致します」


 アシタバは恭しくそれを受け取り、そして目を通し始めた。


 明らかに最初の方は、半信半疑といった様子だった。

 だが途中まで読んだ段階で明らかに態度が豹変しており、最後の方はもう完全に食い入るようにレシピを読み込んでいた。


 上から下まで何度も何度も読み返し、ブツブツと呟きながら、顎に手を当てて何かを考えている。

 その専門用語はヘルベルトにはほとんど理解できないものだったが、彼は辛抱強く待ち続けた。




 いったいどれほど時間が経ってからか。

 特注の椅子がないせいで早くもお尻が痛くなってきたヘルベルトへ、アシタバはガバリと顔を上げた。


「これならたしかに、作れる……かもしれません」

「その答えが出るのなら重畳だ」

「ですが『石根(フリギィ)』の鮮度を高い状態で、となると……『混沌のフリューゲル』へ、私が同行する形になるでしょうか?」


 明らかに強張った顔をするアシタバを見て、ヘルベルトは笑う。


 表情は固いが、その目には覚悟が宿っていた。

 ヘルベルトが諾意を示せば、命をかけて共に『混沌のフリューゲル』へと潜りかねないほどの。


 こんなところで、こいつの命を散らせてしまうのはもったいない。

 ヘルベルトは表現に少し悩んでから、ゆっくりと口を開く。


「いや、そこは問題ない。どうにかする方法があるからな」

「……かしこまりました」

「ただ、俺達にはそれほど時間がない。なのでできれば『石根』以外の素材を集めてくれるとありがたい。素材に関しては金に糸目はつけないので、とにかくなんとしてでも買い集めてほしい」


 ロデオがドスンと袋を置く。

 その中に入っている金貨の輝きを見て、アシタバは明らかに顔を引きつらせた。


「こんなにいりませんよ、ヘルベルト様」


 けれどすぐに表情を戻し、真っ直ぐな瞳でヘルベルトを見据える。


「不肖アシタバ、このレシピに従い『土塊薬』を調薬致します」

「ああ、報酬は言い値で――」

「いえ、お金は要りません。なのでよければ……このレシピを、薬師・錬金術師ギルドへ公開する許可を」

「お前は欲のないやつだな」


 アシタバを引き入れるのと、レシピの公開。

 どちらに天秤が傾くかを、考える必要はなかった。


 どうせ七年後に誰かが見つけるのだから、今出したところでそこまでの変化は起こらないだろう。


「わかった、このヘルベルト・フォン・ウンルーの名において、レシピの公開を許可する」


 ヘルベルトが立ち上がると、アシタバが不思議そうな顔をした。


 ロデオの催促で前にきた彼女は、ヘルベルトが手を出しているのを見て首を傾げる。


 ヘルベルトが手を振ることでようやく意図を理解し、小さく笑う。

 そしてアシタバは、その小さな手でヘルベルトと握手を交わした。


 ヘルベルトがケビンを助けるために必要な物は、着実に揃いつつある。

 残すところは、『石根』の採集と保存のみである。


(爺、待っていろ……絶対に助けてやるからな)

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