19


 ヘルベルトはケビンが『カンパネラの息吹』の初期症状である石と血の混じった咳をした段階で、父と話す場を作るよう申し出ていた。


 数ヶ月の触れ合いが信頼を取り戻してくれたため、以前とは違い話す機会を設けることは、そう難しいことでもない。


「ロデオを貸す……だが私兵は動かせない。そんなことをすればリンドナー王国に翻意ありとして、失点を作ってしまいかねないからな」


 ヘルベルトが未来の自分から教えてもらった『石根』の採集場所は、『混沌のフリューゲル』と呼ばれる区域である。


 そこはリンドナー王国は南部に位置しており、地域的にはアンドリュー辺境伯の領地にあたる。


 ――ヘルベルトの自家であるウンルー公爵家に、『石根』が採れる場所はないのだ。


「わかっています、父上。私としては、ロデオが一緒にいてくれるだけでどれだけ心強いか」

「そう言ってもらえると助かる。何かあったらロデオに首根っこを引っ掴んで帰ってきてもらうつもりだから、そこは安心してくれ」


 申し訳なさそうな顔をするマキシムに、ヘルベルトは笑みで応えた。


 治らないとされている不治の病の特効薬を、効果があるかもわからないというのに採集しにいく。


 そんなことのために、公爵家の騎士団を動かし、無用な諍いを生む危険を、マキシムが冒すことはできるはずもない。


 マキシムとしても半信半疑ではあったものの、ヘルベルトの言っていることだ。

 遠出に許可を出しロデオを出すことが、彼にできる精一杯だったのだろう。


「ありがとうございます、父上」


 そこに至るまでの過程を、ヘルベルトはしっかりと理解できている。

 だからこそ父に対して返す言葉は、ありがとう以外にありはしなかった。


「ロデオ、よろしく頼む。多分おんぶにだっこになると思うが、足を引っ張らないよう頑張るから」

「自分も『混沌のフリューゲル』に行くのは初めてですが、おおまかな生息している魔物の情報は把握しております。よほどのイレギュラー……それこそ魔人でも現れない限りは、問題はないでしょう」


 マキシムの横に控えていたロデオが、ドンと自分の胸を強く叩く。


 彼の強さは、間こそ空けているものの長くしごかれてきたヘルベルトが誰よりも知っている。


 ロデオがいれば『混沌のフリューゲル』での戦闘でも、大きな問題は起こらないはずだ。


「それと父上、例の件ですが……」

「ああ、そちらも問題ない。既にお前の力を知られているのなら、同行を渋る理由もないだろう」


 今回ヘルベルトは、ロデオ一人だけではもしもの時に人手が足りないかもしれないと、もう一人追加の人員を出すよう進言していた。


 その人物とは――最近は手合わせではない理由で会う機会も増えてきているマーロンである。


 未来の勇者であるマーロンは、最近またメキメキと頭角を現し始めていた。


 彼はすでに系統外魔法である光魔法への強い適性を持つことが判明している。


 そして幸いにも、リンドナー王国にはかつていた光魔法使いが残しておいた手引き書が残っていた。


 そのためマーロンも独学にしてはかなり早い速度で魔法の習得を進めていた。

 今では既に、かなり高度な治癒魔法を使うこともできるようになっている。


 戦えるヒーラーとして、何より自分の時空魔法を見せても問題のない相手として。


 同行する相手にマーロンを選ぶことは、彼からすれば何も不自然なことではなかった。


 ちなみにマーロンがどんどんと力をつけてきているのは、隣にヘルベルトというライバルが存在するという部分も大きい。


 ……だが、残念なことにそれを指摘できる人間は、現代にはいない。


 手紙を残した二十年後のヘルベルトがこの様子を見れば、きっと驚いたことだろう。


 本来なら何度も殺し合いをしたはずのマーロンとヘルベルトが、仲良く談笑し、時折遊びに行くような仲に発展しているのだから。


(それにマーロンという生徒には王女イザベラ殿下もご執心と聞く。魔法学院きっての麒麟児とまで言われている彼と誼を通じておくことは、将来のヘルベルトにとってマイナスにはならないはずだ)


 マキシムはヘルベルトが何故未だ解明されていない不治の病の特効薬の作り方を知っているのか……その理由を、なんとなく察している。


 恐らくは時空魔法による、未来予知や予言の類だろうと彼は考えていた。

 なのでマキシムは、ロデオを貸すと決めること以外は深く踏み込まない。


(今回それに足を踏み入れてしまえば、私はヘルベルトの力を、政治のために利用するだろう)


 彼は自分がそういう人間だとわかっているからこそ、ただ息子を見送る。


 未だ修復し始めたばかりの親子の関係や将来のことを考えれば、無理はしたくなかった。


 それにそんな力があると発覚してしまえば、マキシムは王家に報告せざるを得なくなる。


 その時にヘルベルトがどのような扱いを受けることになるか……それはマキシムにもわからない。


 今はまだ、何が飛び出てくるのかわからないブラックボックスを、むやみに開くタイミングではない。


 それが当主として――そして父としてのマキシムが出した結論であった。


「出発はいつ頃になるのだ?」

「そろそろ夏休みが始まります。なので少し前倒しで休むという形を取ろうかと思いまして」

「学校は……」

「安心して下さい、父上。自分の学校での評価はまだまだ最低ですから」

「いったいそれの何を安心すればいいというのか……」


 将来の公爵としての自覚がまったくないヘルベルトを見て、やっぱり育て方を間違えたかもしれないと思うマキシム。


 色々と思いを巡らせているマキシムの内心を知ってか知らずか、ヘルベルトはロデオとマーロンを引き連れ、急ぎ『混沌のフリューゲル』へと出発した――。

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