【第64話】木鋸千草と海波静④


 静が月夜に励まされ。

 千草が一人でトラウマと向き合い。

 剛士が太陽達を集めた。


 その翌日――――


「大丈夫? 静……」

「うん……ありがとう、月夜……もう、大丈夫だ」


 静は笑った。

 少し元気はないが、元々の彼女の笑顔には近付いてきている。

 

「千草くんとは……もう一度、話してみる……。あなたは……醜くなんかないって……伝えるよ……。かつてあの人が――――私にしてくれた、みたいにね」

「……うん」


 月夜も笑った。


 するとここで……二人の前にとある人物が現れる。


「静! 良かった……学校来れたんだな!」


 市川冬夜だった。


「もう身体は大丈夫なのか!?」


 咄嗟に間に割って入る月夜。


「あんた……どれだけ白々しいのよ……!!」

「良いんだ月夜……私は、大丈夫だから……」

「静……」


 静が、庇おうとしている月夜の前に出る。

 そして、決意を込めた表情で市川冬夜と向き合う。


「一日……考えてくれたかい? オレとあのアフロ……どちらがお前に相応しいのか?」

「考えるまでもない……だって私は――――千草くんの事が好きだから。私の傍に居る人は――あの人以外、考えられないから! だから、!」

「静……考え直せ! それで本当に良いと思ってるのか!? 皆――あの醜いアフロは静に相応しくないと思って――――」

「皆がどうとか! 関係ない!!」


 静は言う。


「他の皆がどう言おうと! 私の気持ちは私が決める!! それに醜いだと!? 千草くんは醜くなんてないぞ!? 他の誰も! 助けてくれなかった私を――あの人だけは助けてくれたんだ!! 私にとって、誰よりも優しい人なんだあの人は!! そんな私の恩人を――好きな人を――侮辱するな!!」

「静…………」

「……外見でしか人を判断出来ない……一度会ったくらいで人を分かった気になるあんたの方が……よっぽど醜い。もう二度と――私に関わらないで!」


 そう言い切り、市川冬夜へ背中を見せる静。


「……行こっ、月夜」

「…………うん」


 月夜はポケットに入っている、静の元へと駆け寄って行った。

 そして静の耳元で一言。


「よく言った」


 すると静は満面の笑顔を見せた。


「あー! スッキリしたっ!!」


 そんな二人の後ろ姿を見つめる、市川冬夜。

 彼は歯軋りをして、二人を睨み付けている。


「オレの方が……醜い……だとぉ? ふざけやがって……もう良い……もう許さねぇ……潰してやるよぉ――海波静――お前が全て悪いんだからなぁ? 怨むなよぉ……?」


 とある決心をした市川冬夜。

 そんな事は、いざ知らず……下駄箱に入った所で――


「あ、ごめん静。今日家に体操服置きっぱにしたまんまだった」

「え……マジか? すまない、昨日家に泊まっていってくれたからだな」

「良いのよ。全力で走れば間に合うから。じゃあね、先行ってて」

「おう……気を付けてな」

「うん! ね」

「?」


 月夜は走り出す。

 しかし、向かう場所は自宅ではない。

 彼女が向かった場所は――――


(確か兄貴に教えて貰った住所によると……の家は――――早くしないと……!)


 月夜は全力疾走しながら……昨日、静が寝静まった後、ビデオ通話で参加した火焔宅での会議の内容を思い出す。


『市川冬夜は――暴走族『一殺入魂』の総長――市川朝夏いちかわアサナの弟だ』

『はぁ!?』

『なるほど……そういう繋がりだったのか』

『透士郎、お前知ってたのか?』

『月夜とラーメン食いに行った帰りにな……その暴走族の集団とすれ違ったんだよ。その中にアイツの顔があってな、もしや……とは思ってたが』

『ラーメン!? お前ら、いつの間にそんな仲良くなったんだよ!?』

『今はそれより、暴走族の件についてでしょ? 太陽。火焔さんの話を聞きましょう』

『お、おう……そうだな、愛梨』

『コホン……話を戻すぞ? この暴走族は、夏の終わり頃から勢力を拡大していて……今では千人を超える大派閥となっている。警察が手を迂闊に出せない程度にはデカくなっている。最近になって、市川冬夜が静に大きく出始めたのは、その後ろ盾があるからだと、オレは睨んでいる。いざとなれば――その暴走族後ろ盾の力を使って、強引にでも静を自分のモノに出来るとふんだのだろう』

『けど……静なら大丈夫だろ? アイツの【借力】は強いぞ? 千人とはいえ……静なら簡単に……』

『太陽……?』

『え? 確か……女子プロ野球選手……あっ、そうか……』

『そう……その夢を叶える為、静は使――よって静は、で暴走族千人を相手取らなくてはならないという訳だ……普通の人間に、それが可能か? 不可能に決まってる。だからこそ――能力を扱う事に制限のない、オレ達の力が必要なんだ。オレ達が――

『……なるほどな……』

『本当は……木鋸の【透明化】の力も借りたいんだが……アイツの力は、もし終盤――警察に囲まれた時に役に立つ……どうにか、立ち直らせる事は出来ねぇか? 太陽……』

『えぇ!? オレ……!?』

『木鋸が変われたのは……お前の一言があったからだろう? だったら今回も――』

『今回のは違うよ、火焔さん……。今の千草には……オレの声は届かない……』

『……そうか……やはり、千草の力は諦めるしかないか……。まぁ、いざとなれば忍の瞬間移動を――』

『いや、待ってくれ』

『! 透士郎?』

『一人だけ……千草を動かせるがいる』

『え?』

『この中で唯一……静と千草、両方にコンタクトを取れる人物……そいつが一番、千草を動かせる可能性が高い筈だ。そうだろ? ――――



 月夜』


『私……?』

『ああ……どうやらお前、以前から色々と嗅ぎ回っていたみたいだしな。市川冬夜と暴走族の関わりについて……そして、千草と静の関係修復に、一番影で走り回ってたのはお前だ。……違うか?』

『さ……さぁね?』

『オレは――――お前なら出来ると、信じてる』

『っ!?』

『…………ふむ……。透士郎がそう言っているが……どうだ月夜? 出来そうか?』

『……分かった――やります――私に、任せてください』

『決まりだな……』



透士郎あの人に……と言って貰えた……それだけで、私が動く理由に充分なり得た――期待に応えたい……透士郎さんの期待に……)


 千草の家に着くや否や、【念動力】を使用し、静の家の時と同じく窓の鍵を開け、解放し、部屋の中へと侵入する。

 月夜の目に、俯いてるアフロの姿が映った。


「いつまで不貞腐れてるの……そろそろ顔を上げなさい。木鋸千草」

「……何だ……月夜ちゃんか……。てっきり太陽が来るものだと思ってたけど……そうか……遂に太陽までオイラの事見捨てちゃったのか……オイラみたいな醜い奴の事……嫌いになって当然だよね……」

「あんたは……醜くなんてないわ……」

「いいや、醜いよ……」

「醜くない!!」

「オイラの事何も知らない月夜ちゃんに何が分かるのさ……何も知らない君に、そんな事を言われても、何も心に響かないよ……」

「でしょうね……だけど残念、この言葉は

「…………え?」

……――――よ!!」


 ここで月夜がポケットから、を取り出し、再生スイッチをONにした。


『一日……考えてくれたかい? オレとあのアフロ……どちらがお前に相応しいのか?』


 つい先程の、静と市川冬夜の会話が再生される。

 千草が驚きつつ……「これは……?」と反応した。


「ついさっきの、静と市川の会話よ……静には悪いけど、隠し録音させてもらった……。こうでもしないと、静の本心が?」

「…………!!」

「よーく聞きなさい……これが静のよ」


『考えるまでもない……だって私は――――千草くんの事が好きだから。私の傍に居る人は――あの人以外、考えられないから! だから、あんたと付き合うなんて有り得ない!』


「…………」


『静……考え直せ! それで本当に良いと思ってるのか!? 皆――あの醜いアフロは静に相応しくないと思って――――』

『皆がどうとか! 関係ない!!

 他の皆がどう言おうと! 私の気持ちは私が決める!! それに醜いだと!? 千草くんは醜くなんてないぞ!? 他の誰も! 助けてくれなかった私を――あの人だけは助けてくれたんだ!! 私にとって、誰よりも優しい人なんだあの人は!! そんな私の恩人を――好きな人を――侮辱するな!!』


「………………っ!!」


『……外見でしか人を判断出来ない……一度会ったくらいで人を分かった気になるあんたの方が……よっぽど醜い。もう二度と――私に関わらないで!』


「……………!!」


『……行こっ、月夜』

『…………うん』


 ブツッ! と……ここで、録音が途切れる。

 千草の目からは、大粒の涙が零れ落ちていた。


「これが裏表のない、あの子の素直な気持ちよ……コレを聞いてもまだ! あの子の言葉が信じられない訳!? あの子は――あなたの事を醜いとも思ってないし!! あの子はあなたとの関係が釣り合ってないとかも思ってない!! ただただあの子は――――あなたと一緒にいたいだけなのよ!! 大好きなあなたと! 一緒に居るだけで! 幸せだったのよ!!」

「………………っ!!」

「確かに、あのデートの件は、静に落ち度がある! 断り切れなかったあの子が悪い!! その件についてまだ、腹が立つと言うのなら! あの子のでもある、私も一緒に怒ってあげるから! だから――だからぁ……あなたが、静を守ってあげて……」

「…………え? 守る……?」

「……市川冬夜は……今、この辺りで幅を効かせている暴走族の総長の弟なのよ……きっと、静はそいつらに狙われている。そして静は……自分の夢を叶える為、【能力】を使えない……この意味……分かるわよね?」

「………………!」

「静は待ってるわよ……? ――……」

「………………うんっ!!」


 千草は涙を拭いて、立ち上がった。

 その目は――先程までと違い、ギラギラと輝いている。

 まるで――



 太陽のように。


「まさか月夜ちゃんに励まされる日が来るなんてね……ビックリだよ」

「……私も、ビックリよ」

「やっぱ、兄妹だね」

「……え?」

「似てるよ――――太陽と月夜ちゃん。そっくりだ」

「そ、そう……?」

「うん。この感じだと……皐月姉さんも、君達に似てるのかな?」

「逆よ――

「そっか……とんでもない一族だな……万屋一族って」


 笑い合って、千草は続けた。


「ねぇ……月夜ちゃん」

「何?」

「君さ……透士郎に、惚れてるだろ?」

「はぁ!? な、ななな何を急に!!」

「図星か……分かりやすいなぁ」

「く、くだらない事言ってないで! さ、さささっさと行きなさいよ!!」

「あーあ……透士郎は羨ましいなぁ、君みたいに素敵な子に好意を持って貰えて、幸せな奴だ」

「……あら? ひょっとしてあんた……私に惚れてたとか?」

「そんな訳ないじゃん。オイラの好きな人は――――世界でただ一人しかいないよ」

「……そっか」

「ってな訳で……行ってきます。戸締りよろしく」


 そう言い残し、千草が飛び出して行った。

 全力疾走で……まるで、忍者の如く、家の屋根から屋根の上を飛び移りながら。


 そんな彼を見送りながら……月夜は小さくガッツポーズをした後、こう呟いた……。


「いってらっしゃい……。さ、私も追い掛けよっと」


 千草と静の物語は――間もなく、クライマックスを迎えようとしていた。

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