ゴートマ
◆ゴートマ
キロピードが城から姿を消してしばらく経った頃、彼がいた正門付近で大爆発が起こった。
「なに!?」
敵勇者をほぼ殲滅、自分の軍門に下らせ、メルは無事にまた馬車の中へと。
次の敵の一手はなんだろうと城を見上げた。
「あー? ありゃ魔弾がいっぺんに爆発したって感じだな」レヴナがニヤニヤと笑った。「魔弾射出の手順を間違えたってとこだろうよ」
「まさか闇黒三美神の3人でしょうか」
みんな無事なんだろうか。心配だ。
キロピードが姿を現さない。何か企んでいるのだろうか。
『ちょっとちょっと今のを合図に魔王城から大軍が押し寄せてきてるよ!』
「え? でも溶岩が途中で道を塞いでるのに」
魔物たちは溶岩の手前で立ち往生している。その後ろから彼らを大量の水が上から押し流す。溶岩を冷まして固めてながら、流れていく。
「どういうミスだよ」
道が出来上がった。所々に魔物たちが生えている道だ。
「恐らく、溶岩を固めた後、魔物を投入し、我々を挟み撃ちにする作戦だったのでしょう」
『かもね。正門の前でボロボロになった牛頭と馬頭がオロオロしてるよ』
やらかしちゃった系か。
ニンジャで働いているボクみたいだ。同情する。敵ながら。
「キルコ様、剣山も平らになり、正面からも進軍可能です!」
「進もう!」
『あれ、谷の方から何か来るよ』
ワタベさんの言葉に屍荒原の向こう、谷の方を眺めた。
龍田さんの声がする。
『ねぇ、なんかネットが騒いでるよ。聖剣神話で戦争が起きてるって』
『え? …………本当だ。魔王キルコに加勢するぞって盛り上がってる。勇者の増援だよ』
「メルの言う通りコスプレしてよかった」
雄叫びと地響きがやってくる。
『先頭にいるのは、お隣さんだよ』
『うぇーいです』『中口です』『下田です』
隣の部屋から叫んだのか、少し遠くに聞こえる声。
「ルールおぶチーズカッターズ! ありがとう!」
『それからミワちゃんとハナコさんと、ほら……名前忘れたけど、カラフルなワニトリに乗ってる彼だよ』
「ぴよきちさん、ミワさん……。避難誘導してくれてたんだっけ。置いてきちゃった」
ごめんなさい。ボクが忘れてました。
『シラキラ族もいる。えげつないスピードで魔物を屠ってるよ』
頼もしい限りだ。
「チャンスです、キルコ様。一部を残して、荒原は彼らに任せましょう!」
「うん! 魔王城に突撃!」剣を振りかざして叫んだ。
戦況が大きく動いた。
いくらか戦力を残し、魔王城へ向けて進む。
増援は新規プレイヤーで固められているはずだからボクとは契約してない。つまりパワーアップしていない。敵にはまだ強い魔物がいるから、こちらの強化勇者と挟撃にするわけだ。
「メル、もうちょっと待っててね」
名前を奪還したら即現世に転送しなきゃ。
そのため、ボクの近くに置いた方がいい。
剣山を駆け上がっていく勇者軍。水に流されなかった魔物の残りが左右から迫る。
数はこちらが有利だ。ドウジマさんやあー子の誘導で軍を分け、対応する。
その隙にやべこやレヴナ、ボクらが率いる隊は正門を突破した。
城に入った瞬間、重たいプレッシャーがのしかかる。ゴートマの魔力によるものだ。レベルが低いワニトリたちが転倒して、ボクらは冷たい石の床に投げ出された。
「おつかれさま。ここまでありがとうね。ワタベさん、引き続きフォローお願いします!」
ワタベさんから返事はなかった。
ゴートマのせいだろうか。城の中はフォローを受けることはできないとは。
「みんな、中は自分の脚で進もう! メルの名前が最優先! 隙があれば王冠を奪い返す! 最終目標はゴートマ!」
王冠を奪えば彼の力を削げる上に、ボクが魔王として更なる力を得られるはずだ。
エントランスホールを駆け抜けていく。間取りが頭に入っているボクが先陣を切った。
「この廊下! 左右から毒の矢!」
ゲーム的な構造なのか、ゴートマがいると思われる玉座の間は城の奥、の上、とても遠くに位置していた。しかも西や東の棟を行ったり来たりと移動しなければならない。
「あの石像はガーゴイル! 先制攻撃で壊して!」
トラップを退け、奥へ進むに比例して、ゴートマの魔力が濃くなっていく。
「キルコ、後ろがだんだんついてこられなくなってるぞ!」
レヴナの言葉通り、勇者たちはゴートマの魔力にあてられて脚を止めていく。
「ゴートマのレベルに達しているのが私たちだけなのでしょう。メルさんをこのまま連れていきますか?」
途中からメルはやべこが担いでいた。
西のダンスホールでボクらは足を止める。精一杯ついてきてくれた他のみんなはホールに入れなかった。
「ここまで戦力を削がれるとなると、私たちだけでは危険です」
「一度戻るか? 想像の何倍もヤバい。こんなに中がエグいとなると、ここより外の方がマシだぞ」
「そうだね……。ゴートマに会う前に――――」
「ワタクシがどうかしましたか?」
ホールの上方、ゴートマが宙に浮き、ボクらを見下ろしていた。
「ゴートマ……!」
毒ガスをまかれたかのように空気が悪くなった。
ゴートマと対峙しただけでこんなにカラダが疼くなんて。
「そのうるさい娘が足枷のようですね。まぁそのうるさい娘はあくまでキルコ坊やが逃げないための人質でしたからね。うるさい娘の名前は返してあげましょう」
ゴートマが指を鳴らした。
「ふがっ!」
メルが息を吹き返した。
「メル! あぁ……よかった!」
「ただし、その娘は本当にうるさいので別室にて待機でお願いしますよ」
そんなにうるさかったんだ。
「あれ…………アタシ寝てた?」
「うん! ずっと寝てたよ。寝坊だよ、大寝坊」
「あー……ゴメンゴメン」
メルがまた動いて、話してくれたことが何よりも嬉しい。
「あ! え?! てかどんだけ寝過ごしたってカンジだこれ!?」
メルは寝起きも元気いっぱいだった。
やべこの背中から降りると、キョロキョロと辺りを見渡し、青ざめた顔になる。
「まさかアタシ、最終決戦の終盤まで寝てたの?! そんな! やいゴートマ! アンタどういうつもりよ? レディを強引に寝かせるなんてさ! 一体寝てる間に何したの? きも! うわっ、ひくわぁ……!」
「おだまり!」
ゴートマが手を振りかざした。
ダメだ! ボクもメルを転送させようとした。
メルが煙に包まれる。そして消えた。
「メル!」
ゴートマの方が速かった? やられた!
「せっかくの楽しみに水をさされちゃたまりませんからね」
ボクが現世に戻す前にやられた。
「メルをどこにやった!」
「フフッ、ご心配なく。この城の――――」
ゴートマが言い終わる前にホールにメルが戻ってきた。
「おいゴートマ! キルコが大活躍するシーンを見逃しただろ! どこに飛ばしても無駄だぞ!? この城の構造は熟知し――――」
「あ、メル! 待って!」
「どっかお行き!」
またゴートマの方が早かった。数年もの間、勇者を現世に派遣したり、目印のカプセルを要るけど瞬間移動をしたり、魔王に準ずる力を使っていただけのことはある。
「こらゴートマ!」
今度はホールの二階に現れた。
「メル、ちょっとストップ!」
「しつこいですよ貴女!」
次はまた別の入り口から。
「ゴートマ!」
「シャラップ!」
来るたびに剣や鎧やマントを装備してくるメル。
「キルコにアンタは敵わないわよ。自分を信じてここまでやってきたんだからね」
最終的には主人公勇者、やべことほぼ同じ格好になっていた。
「しつこい!」
またまた飛ばされるメル。
ゴートマに何度もスピードで負ける。
「どうです? キルコ坊や。貴方は全く魔王の力を使いこなせていないようですが、ワタクシはこのとおり」
「どうだかねぇ……。なぁ?」
レヴナが挑発的な言った。
「ゴートマ、本当に彼女を遠ざけたいと思うのでしたら、王都にでもどこにでも飛ばせばいいのでは?」
「くッ!」
ゴートマが言葉に詰まった。それもそうだ。
「なんだ。ゴートマはやっぱり半人前の魔王なんだね」
「なん……ですとッ!?」
メルが起きてくれたことで力が湧いてくる。
こんなに強くなれるんだってくらいに、元気になる。
「いいでしょう。ワタクシの力に恐れ、慄き、わななき、震え上がりなさい!」
ゴートマの前に水晶玉を薄く伸ばしたようなものが出現する。取引の日に使っていたものだ。
その中で小さな光が飛び交い、
「水晶鏡よ、輝け。さぁ、踊るのです!」
光線が放たれ、ボクらの足元を照らした。咄嗟に飛び退くも、砕け散った床の破片がボクらを襲った。
「おらよ!」
レヴナの数珠がゴートマの鏡を攻撃した。しかし鏡は壊れず、代わりに数珠が激しく跳ね返った。他の数珠に当たり、ともども砕け散る。
「これを割ればいいという考え……着眼点は良いでしょう。ただし悲しいことに力が遠く及びませんね」
「そうかい。じゃあこれはどうだよ」
全方位から数珠がゴートマめがけて集中した。しかし結果はダメ。
ゴートマが鏡から放った魔力の波動にあてられ、数珠は糸が切れたように全て床に落ちた。
「マジかよ……!」
「さらば、元闇黒四天王よ。『アイスバリスタ』」
太く鋭い氷の杭がレヴナの胸を貫いた。
「レヴナぁあ!」
倒れて、そのまま、彼女は動かなくなった。
「焼け落ちろ! 『フレイムブレイズ』」
やべこが炎の剣技をお見舞いする。が、ゴートマに刃が届く前に、鏡に防がれる。
「この鏡は全てを跳ね返す」
衝撃で宙できりもみ回転するやべこに、ゴートマは炎をまとった手刀を繰り出した。
「がっ!」
くの字に折れ曲がるやべこの体。ダンスホールの床に落下する。
「大丈夫やべこ!?」
近寄って声をかけても反応がない。
「この程度ですか、キルコ坊や。正直なところ申し上げて、このゴートマ、がっかりです」
ボクは炎のマナに集中した。
「ファイヤ!」
ゴートマの前に赤い火花が集まる。彼は苦々しい笑いを浮かべながら水晶鏡をわきへどけた。
ボンっ! と小さな爆炎。
ゴートマはふぅーっと息を吹いて、それを消してしまった。
「キルコ坊や。こんな炎ではトーストを焦がすことしかできませんよ? いいですか? ファイヤはこうです」
炎の球が現れ、破裂した。
「うわっ!」
ダンスホールの端まで飛ばされる。
「今のが、一番弱い炎魔法……。こんなに強いなんて」
「あっけないですねぇ。ムキになってこんなにはやく終わらせてしまいました。まだ足掻けますか? キルコ坊や。どうです? ん?」
ゴートマの前に、レヴナを貫いたものと同じ氷の杭が出来上がっていく。じらすように、ゆっくりと。
「キルコ、よく聞いて」
耳元で声がした。メルがダンスホールの扉から顔を覗かせ、ボクに話しかけていた。
「黙って聞いてね。また飛ばされたくないから。アタシどうやらここから外へは飛べないみたい。さっきアタシを飛ばそうとしたでしょ? キミの方が速かったよ。体で感じた。でもこの城に何か細工があるみたいで失敗したの。だからゴートマの意思通り、城のどこかに飛ばされた」
「どうしました? キルコ坊や! 今のうちに炎魔法でこの氷を溶かさないと、貴方の女の子みたいにかわいい顔を貫きますよ。あぁ! 名残惜しい!」
「魔法をかまえて」
でも――――。
「信じて。あまりにやばいレベルの闘いだから出ていかなかったけど、キミが挑戦しないなら、あの氷の矢はアタシが受けるからね。もう目の前で友達を失いたくないもん」
それはボクも同じだよ。
「分かった」
ボクは手を組んで、二本の人差し指をゴートマに向けた。
「なんでそこまでしてくれるの?」
「キミを信じてるから。ねぇ、ファイヤなんてセコい魔法じゃダメよ。キミは魔王。もっとデカいのをかましてやれ。教わってない? できるに決まってるよ。キルコは魔王だもん」
「……ありがとう」
炎のマナを集める。ファイヤなんて小さい型にあてはめない。
とりあえず、ぶつけてやるんだ!
「待ちくたびれました。『アイスバリスタ』発射」
「うあああああああああああああああああああああ!」
閃光がダンスホールに満ちた。
目が慣れ、その光の源が大きな炎の球体だと知るまで時間がかかった。ホールの上方、ゴートマを中心に燃えている。
ハッとして、倒れているやべことレヴナを力任せに引っ張って、端っこに避難させる。
ぼとりッ――――。
炎が消えるよりはやく、黒い塊が床に落ちてきた。
焼け焦げたゴートマだった。
「キルコ様、さすがですね……」
「やべこ! 無事なの!?」
「勇者が旅立ちの時にもらう名前入りの回復アイテム『おくすり』は、効果が絶大なんですよ」
やべこは、『やべこ』と書かれた空き瓶を見せてきた。メルが名付けた名前。この瓶があったから、出会ったあの日、メルはボクの話を信じてくれた。
「たくよう……口移しで飲ませる必要はねぇだろ。お前まさか俺に気でもあんのか?」
レヴナも目を覚ました。ボクが慌てふためいて引っ張ってる間に、そういえば2人がくっついていた気もしなくもない。
「良かった! 本当に良かった!」
安堵のため息をつく。
「メルを外に出そう」
そう言ったと同時に、大きなうめき声がホールに響き渡った。
ゴートマが立ち上がっていた。水晶鏡はヒビが入っていたけれど割れてはいなかった。
「勝ったと思ってんのか、おい、ボウズが!」
氷の杭が幾本も現れた。
ボクは風魔法を試してみた。
風のマナのみを意識して、とにかくゴートマにぶつける。
「ぐあああッ!」
ゴートマは氷ごと奥の壁まで吹き飛ばされた。
「うお! ゴートマが飛ばされてる!」
「さすが新魔王、お強い……」
「キルコちゃんかっこいいっ!」
闇黒三美神が姿を現した。
「ちょうどよかった! みんな、メルを外に避難させて! こんなこと言いたくないけど、これは命令!」
「逃すかァア!」
ゴートマはめちゃくちゃに魔法を放った。完全に頭に血が上っている。
「キルコ! キロピードは倒したぜ!」
「大将の首は譲ります……」
「がんばってねっ!」
「キルコ! 負けないでよね!」
闇黒三美神に連れられ、メルが見えなくなった。
ゴートマの魔法は属性が多様で、魔法操作に慣れていないボクは防御に苦労した。攻撃に転じようにもうまくいかない。
やべことレヴナも防御に徹する。明らかに先程より強くなっていた。
つまりボクがまた強くなった証拠だ。
「ワタクシはなぁ! オレは、オレはなぁあ! 魔王になるんだよ、魔王になるんだ! それしかないんだよぉ!」
闘いの最中だけど、ふと疑問が。
ゴートマはお父さんを殺し、その後に聖剣を破壊し、勇者たちを倒した。でも、いわゆる光の国……たとえば王都とか、ヤジキタとかは平和だった。聖神世界を闇に包むことはしなかった。現世のボクを探すことに集中してたのかもしれないけど、果たしてそれだけだろうか?
「なぜ、ゴートマは魔王にこだわるの?」
ボクは質問してみた。
ゴートマはにやりと笑った。
「あのうるさい娘を殺してやるよ」
そして、消えた。
あーあー、もう終わりっぽいカンジぃ~?
ダンスホールに知らない声がした。
女性の声だった。
「え?」
「どうしましたか?」
「今、声がした。いや、今そんなことはどうでもいい。メルを探しにいこう!」
ボクらはダンスホールを飛び出した。
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