攻城



◆攻城



『もしもーし、こちらワタベ。きこえるかー?』

 メルの時と同じで、ワタベさんの声が頭上から響いた。勇者たちが顔を上げる。一般人の兵たちは無反応。魔物とは違う馬も反応がなく、眷属化したワニトリは空を見上げた。今更ながらこの声はボクとボクと契約を結んだ者にしか聞こえないようだ。好都合、ばんざい。

「ワタベさん、聞こえます。そちらは?」

『こちらも感度良好。というかテキストでセリフが表示されてる。ゴートマ側に動きなし。谷を抜けた後、屍荒原を全力で行けば、向こうがどんなに早く軍を展開させても、戦線を魔王城に限りなく近づけられるね』

「なるほど」

 ボクは攻略本の地図と、かつてボクが住んでいた魔王城を見比べた。

 高い位置に建っている魔王城の手前には鋭い剣のごとき尖った岩山がある。剣山だ。行けないこともないけど時間がかかるし危険だ。攻略本によると歩くごとにHPが減るらしい。このルートは現実的ではない。

 城の向かって左側には死樹海迷宮。深い森が広がっている。迷宮は王城の西門へと続いているけど、迷宮を行くのはまず不可能だ。中には数多の罠が張り巡らされ、道も変動する。上から見えるとはいえど、入り込めば軍は大打撃を受けること必至。

 となると、行くとしたら剣山を東から迂回するように伸びる道しかない。活火山の山肌ではあるけど、足元はなだらかで進軍は可能だ。

 軍を進める。

 湿原を抜け、谷へ。

 谷を出る前にまた上からと下からで様子をうかがう。目の前には屍荒原が広がっている。

『テントみたいのが13。馬防柵がいくつもあって、魔物たちはごく少数』

「ここからでもよく見えるよ。焚き火して、何か食べてるね」

「心配するとしたら、静かすぎるという点ですね。決戦1日前だと言うのに」

「少しでも力を溜めたい俺らが前日に来るとは思ってもないんだろ」

 完全に、油断していると言えた。

 メルの馬車と、護衛としてやべこと一個小隊を谷に隠すことにした。

「やべこ、よろしくね」

「お任せください。メルさんは私が命に換えてもお守りいたします」

 一抹の不安。命に換えてもか。

『いろいろ言ってるそばからだ。どうやらさすがに見つかったみたいだよ』

 魔王城から魔物の群勢が出てきた。東の道を下りてくる。

「屍荒原に展開される前に行こう! 突撃!」

 谷から軍を魔王城へ向けて進める。

 荒原を斜めに突っ切り、東側の道へと向かう。

「キロピードだ!」

 黒いマナのオーブ現象で怪しくライトアップされた城から、キロピードが姿を現した。

『このままのスピードなら、城にかなり近づけるはずだ』

「魔王城へ突撃!」

 必死に叫びながら、父との会話を思い出していた。


『キルコよ、今日も窓から迷宮を眺めていたのか?』

『うん! この迷路はカタチがかわるから、何度やってもあきないの!』

 兄たちが仕事や訓練をしている間、ボクは城の西棟の自室から死樹海迷宮を指でたどって、よく遊んでいた。窓ガラスはボクの指紋でベタベタだった。

『勇者たちを惑わすためだ。それにこの迷路には最終兵器もある』

『さいしゅーへーき?』

『最終兵器兼、ある仕掛けをな』

 父はよく難攻不落の魔王城を自慢していた。死樹海迷宮は歩をすすめるごとに複雑になる。濃い霧に魔王城の幻を霧に投影させ、方向感覚を奪う。樹海には間違いないが、半分は機械仕掛けとなっているのだ。窓から見下ろして迷路遊びをするのはいいが、絶対に一人で入ってはいけないと教わっていた。

『詳しくは、お前が10歳になってから教える。それまではたくさん遊んでおけ』

 屍荒原は一人でも遊んでよかった。父の眷属である魔物たちも、よく相手をしてくれた。

 屍荒原は、魔物たちが食べ終えた肉の骨をあたりに捨てるから、その名がついた。魔物たちは普段から、たくさん荒原にいるのだ。


「あ」

 そうだ。もとより荒原に魔物はいるもの。それがたったあれだけしかいないのはおかしい。

「みんな引き返して!」

 突然の指示に軍隊は乱れた。

『どうしたのキルコ君?』

 魔物たちは城から下ってきている。攻略本の魔物一覧ではじめの方に出てくるタイプばかりだ。荒原にいたのもそう。つまり、ザコ敵。

「引き返すんだ! あの魔物は囮だ!」

 指を鳴らしたみたいな、乾いた音がした。

 キロピードが活火山を指差している。いや、指を差したわけじゃない。魔法を放ったんだ。

 設置型の大掛かりな魔法だったらしい。火山の上方に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

「みんな戻って!」

「引き返せテメェら!」

 天変地異。地面が揺れている。電撃混じりの爆発が起こり、火山の表面に大きな亀裂が走った。

 脈打つようなリズムでそこから、どろり、どろりと真っ赤な溶岩が流れ出してきた。

 上に駆け抜けようにも囮の魔物たちが立ち塞がる。東側から南へと溶岩は流れていく。溶岩に触れて燃え上がる勇者が何人もいた。

「落ち着けお前ら!」

「ワニトリに乗ってる人は剣山を滑空して飛び越えるんだ! 馬に道を空けて!」

 悲鳴と怒号で指示が通らない。

 ワタベさんも声をかけているが、混乱したみんなの耳に届いていない。

 声が届かないなら。

 魔王と眷属の関係性をここで使う。

 父は声も出さずに魔物たちをコントロールしていた。王の自覚とプライドのある今なら、ボクにだってできるはずだ。

「キルコ・デ・ラ・ジィータク・シュタインが魔王として命じる――――!」

 ワニトリたちに命令を下す。

 慌ただしくワニトリたちが羽ばたいた。剣山の方からきれいな滑空をして屍荒原へ。それによりごった返していた軍の密度が下がる。馬が走る隙間ができて、溶岩から逃げる動きにスピードがついた。

 成功だ。

 このやり方なら離れた仲間にも指示が出せる。

『谷の方からやべこたちが出てきたよ! どうしたの?!』

 やべこ率いる小隊がメルの馬車と共に谷から飛び出してきていた。

 その後ろから、強力な魔物たちの軍勢。

 すごい数だ!

『そうか。溶岩と谷からの軍隊で勇者たちを死樹海に追いやる気だ!』

 勇者軍は散り散りになりつつも、屍荒原を走らされ、死樹海迷宮の方へ追いやられていった。

 初めの敵の魔物たちを囮と気づかずにもっと深く軍を進めていたら、溶岩で全滅もありえた。溶岩を回避したとしても死樹海に追いやる。二段構えか。

「迷宮には入っちゃダメ!」

 魔導師職の勇者たちに剣山の方へ行けと命じる。こうなったら剣山を上っていく他ない。そのために鋭い岩肌をどうにかする必要がある。

 切り札の一つとして用意していた攻撃だったけど……仕方ない。

 魔導師はストーリーを進める中で必ず扱うキャラだ。ボクのお兄ちゃんを倒すために、命を懸けた魔法を発動する。空を泳ぐ流れ星のかけらを呼び寄せ、天より降らせる極大魔法を。

「お願い、てらださん! 『ミーティアレイン』発動!」

 空からほんの石ころ程度の大きさの流れ星が、緑青色の炎をまとって降り注ぐ。大きさに見合わない威力で地面を穿ち、衝撃波で周囲の岩も削った。歩けそうな足場が出来上がる。

 ストーリーでは一回限りの魔法だけど、魔導師をレベル99まで育てるといつでも使えるようになる。発動に必要なのは命ではなく、HPとMPのほとんど。その強力な魔法を、魔導師同士でお互いを回復し合い、連続で使用する。

『ほとんど反則じゃないか』

 ワタベさんが苦笑した。

 詠唱に時間がかかる。それに剣山は広く険しい。

 でもいける。長い時間を要するけど、剣山を平らに均すのは可能だ。

 とはいえ、溶岩がこのまま流れてくれば、軍はダメージを受けてしまう。

「キルコ、おれらドワーフを集めろ!」

 ドウジマさんがボクの横を駆け抜け、流れる溶岩の方へ。

 言われるがまま、ドワーフ職の勇者を溶岩の方へ向かわせた。

「おまえがくれた力を信じるぜぇ。野郎ども、合わせろ!」

 ドワーフたちは溶岩の進行方向に対し、斜めに並んだ。

「大地よ、応えてくれ。『断崖絶壁』(クリフエッジ)!」

 地面から岩が盛り上がり、溶岩を堰き止める壁となった。溶岩の流れが大きく南へずれる。

「すごい!」

「どんなもんだい!」

 しかし岩のラインの中に、1箇所低くなっているところがあった。レベルの低さがそこに表されている。溶岩がよじのぼるようにして、溢れかけた。

「さすがに仕事はしますよ……。『凍てつく瀑布』(タイムレスフォール)」

 プルイーナが壁を延長するように、氷の絶壁を発生させた。冷めた溶岩がかたまり、新たな壁となる。

「さすが三美神!」

「あとで成果給をいただけたらと……」

 しかし、息つく間もなくだ。

 一難去ってまた一難。

 溶岩を避け、狭くなった荒原で魔物たちと戦っている勇者たちの上空、魔導師の魔法とは別の光が走った。

 キロピードが魔王城の装置を使い、魔弾を飛ばしてきているのだ。

 戦線が狭かったために、手の空いている勇者たちを魔弾を防ぐよう指示。それでも落ちる魔弾を喰らう勇者たち。

「どわーーーーーーーーー!!!!」

「あついあついあついあつい!!」

「こりゃアカーーーーーーン!!」

 ひときわハデに吹っ飛ぶのはリアクション芸人たち。

 まぁ…………彼らはいっか。むしろ自分から弾をいただきにいってるようにも見えるし。

「キロピードをなんとかしねぇと!」

 レヴナが魔弾を数珠で跳ね返しながら叫んだ。

 魔弾に当たることも厭わず、空から翼を持った魔物も襲い来る。

 メルが心配だ。やべこは空からの魔弾も防いでくれているが、そこに魔物も加わるとなるとしのぎ切れないかもしれない。

 剣山が道になるにはまだまだ時間がかかる。

 溶岩のせいで小隊が入り乱れた勇者軍は、徐々に死樹海へと押しやられていた。

 ゴートマの魔物たちも規格外に強くなっているようだった。ドワーフたちが岩壁に叩きつけられたのが見える。レベル百越えのスライムが暴れていると情報も入っている。

「しょうがねぇなぁ」

 リビエーラがどこか嬉しそうなため息をついた。

「キルコ、オレら闇黒三美神がこの状況を打破してやるよ」

「致し方ないですね……」

「いくっきゃないよねっ!」

「みんな……でもどうするの?」

「死樹海迷宮を抜ける」

 リビエーラはさぞ楽しそうに笑った。

「そんな! ダメだよ! あそこは本当に危険なんだ!」

 ダメージを受けるトラップは数え切れない。攻略本によれば、『HPが半分になる』や『一撃死』の仕掛けも多数ある。

「大丈夫だよ。その本ちらっと見たぜ。迷宮の仕掛け、網羅されてるじゃねえか」

 リビエーラはボクが抱えた攻略本を指さした。

「私たちは魔王城の中も把握してますし……」

「実はわたしたちねっ? 魔王城を間借りしてた時があってねっ」

「不法侵入じゃないか!」

「スマン。とにかく俺らにやらせろよ。滞納してた家賃ってとこだ」

「いつまでもあの黒いのに見下ろされてるのは我慢なりませんしね……」

「キロピードを倒してきてあげるっ!」

 信じて、いいかな。

 ボクは3人の方へ手をかざした。

「イワフネ!」の要領で、彼らの背後から飛んできた巨大な魔弾を、どこか遠く…………聖神世界の隅っこに飛ばした。

「そんな便利なことできんなら、片っ端から転送してくれよ」

「そうしたいのはやまやまだけど、対象を選定するのに時間がかかるんだよ」

 もっと時間をかけて魔王の能力を練習できたらよかったけど、今はそんなこと言っていられない。今持っている力で闘うしかないんだ。

「じゃあ闇黒三美神、気をつけてね。頼んだよ」

 ボクは攻略本から、死樹海迷宮の地図とメモをちぎって渡す。

「任せな!」

「土壇場には慣れてます……」

「れっつらごーっ!」

 三美神は死樹海迷宮へと駆け込んでいった。

 どうか無事でありますように。

 その背中に祈りをこめる。

「ワタベさん、三美神の方もサポートしてあげてください!」

『ああ、任せて』

 ボクは戦場を振り返った。

 敵もパワーアップしてるけど、勇者たちだって強かった。魔物を斬り伏せ、魔法で吹き飛ばす。

 しかしいかんせん、数で押されていた。

 魔物は種類が多いので攻撃のバリエーションもその分だけ増える。そもそも戦闘経験の少ない勇者たちは、その多種多様な攻撃にたじろいでいた。

 魔物たちの中にはよく見ると、ゴートマに操られたままの勇者も混じっているようだ。それが勇者軍を撹乱するように斬り進んでくる。こちらの勇者からしたら、味方が急に攻撃してきていると思うだろう。

「キルコ様! 敵勇者を貫いてください!」やべこが叫んだ。

「うん!」

 ボクは敵勇者を狙って戦場を駆ける。

 空から魔物に掴まって敵勇者が降下してくる。

 メルの馬車を見ると、誰かがメルの体を担いでいた。あれは、奴隷商職の勇者だ。

 名前をとっておきながら、まだ本体も狙うか。

「あー子! 今こそ腕を見せて! ここしばらく禁じられていた盗みの力を解き放て!」

 盗賊であるあー子を呼んだ。

「うちらからモノを盗もうってーの?」

 奴隷商の勇者からメルを奪い返すあー子。空から次々と『盗む』や『攫う』といったスキル持ちの勇者が降りてくる。

 メルの盗み合いが始まった。

「コケェぇええ!」

 けたたましいニワトリの鳴き声が響いた。

 あの魔物は?!

 図鑑で見て知っていた。コカトリスだ。

 竜や蛇と混じり合ったニワトリの魔物、コカトリスが空から飛来し、場所の近くに降り立った。

 コカトリスの視線には、石化させる効果がある!

「みんな気をつけて! その魔物と目を合わせちゃダメだ!」

 遅かった。味方勇者の何人かがコカトリスと目を合わせ、全身を石に変えられてしまった。

「目を合わせなきゃいいんでしょー?」

 あー子がコカトリスに駆けていった。

『危ない! そいつは吐息にも石化効果があるよ!』

 ワタベさんが叫んだ。それと同時にコカトリスは深く長い息を吐いた。

 灰色の煙が地を這う。敵味方関係なしに、勇者たちを石に変えた。

「そんなんじゃバースデーケーキも石になっちゃうじゃん」

 あー子は石化を免れていた。あたりにまだ石化の吐息は漂っている。

「どいてください! 【フレイムガイザー】!」

 やべこが剣を地面に叩きつけるように振り下ろした。すると剣の射線上の地面から炎が噴き上がった。上昇気流を利用し、停滞していた石化の吐息を炎ごと空へと飛ばした。

「なーんだ。叩っ斬る以外にもできんだ、やべこ」

「あー子、脳筋剣士のような言い方をしないでください」

 コカトリスは気分を害したように地団駄を踏んだ。大きく息を吸い込む。

「また吐息が来る! みんな避けて!」

「心配ご無用。あー子におまかせ」

 あー子はかまわずコカトリスに突進していく。

 コカトリスは息を吐いた。

「コッ……コケェ?」

 しかし石化の吐息は出なかった。

「【ステイタスロブ】ってね。盗めるのが金品だけと思ってた? 残念、あんたのその技、盗んじゃいましたー」

 あー子は短刀で横一閃。コカトリスの目を斬った。暴れるコカトリスの首につかまったあー子は、「ふぅ〜〜」と息を吹いた。

 コカトリスが頭から徐々に固まっていく。石になっていく。

「置き物にしてはデカいよねェー」

 あー子は石化したコカトリスを背景に無邪気にピースサイン。

 ニセモノの王冠を取った時と同じように、嬉しそうに笑ってたっけ。

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