精霊の渓谷
◆精霊の渓谷
そこは普段行き来している聖神世界とも異なり、イワフネとも違った。
『キルコ! どんな感じ?! 大丈夫?』
聖神世界にいる時と同じで、頭上からメルの声が響く。
「すごいカクカクしたところだよ」
全ての景色、建物、動植物がドット調だった。それでも一応は3Dの世界。
まさかゲームの世界に入れるだなんて。
聖神世界はあくまで、聖剣神話をモデルにした異世界。ゲームとは違うはずだ。
『はぁ……ドット絵のキルコ、やっぱかわいい……』
「メル、なにか変わってるところはある?」
『んー、特にないかな? ただのゲームだね。向こうじゃパーティは行方不明だけど、こっちには映ってるよ』
そう、ボクのそばには勇者の一行がいるのだ。ドット絵の勇者たちが。
「ここはゴートマに侵略されていないんだね」
『そうみたい。ね? ここ、物を隠すにはうってつけでしょ』
たしかにそうかもしれない。聖神世界と同じように、この世界にもマナを感じる。
マナのない土地でマナにまつわるモノがあるとその位置を気取られる…………。その理屈でこれまでの刺客たちに狙われていたわけだし、マナをまとった……魔力の塊のような王冠はマナがあるべきところに隠すべきだ。
『ゴートマたちは2の世界を認知してないか、それか手が出せないっぽいね』
「干渉できるなら、こっちからも戦力を集めるはずだしね」
安全かもしれない。
『ついてきてキルコ』
ボクはメルが操る勇者たちを追った。
精霊の渓谷という土地に向かうのだと言う。
『そこは精霊たちが集う国なんだよ。彼らは行方不明になった精霊王の帰りを待って、玉座を守り続けているというお話なの。勇者たちは一度彼らの危機を救って仲間と認められてるから平気だけど、盗人風の不埒なやからが来たら戦うはずよ』
「警備員さん付きってことだね」
『そ! ちな、2の主人公の勇者はそこの出身って後に分かるの。勇者の生家ってことね。そういえばさ、キルコって誕生日いつ? 戸籍じゃなくて、キルコの』
「えっと」一瞬考えこんでしまった。「そう、パンツの日なの。8月2日。覚えやすいでしょ!」
言ってからハッとする。恥ずかしさが遅れて到来。パンツの日だなんて。
『なにそれ、かわいい、キルコさいこー……。てか、それ明後日じゃん。やば』
メルの荒い息遣いが聞こえる。ボクがつまびらかになるたびに興奮する癖は直してもらいたい。
精霊の渓谷に到着した。
光も射さないほど深い谷だけど、空気中にただよう光の粒のおかげで明るかった。
やべこが、マナの濃いところはオーブ現象が起こると言っていた。たぶんこれのことだろう。
神秘的な光に溢れた渓谷の奥地に進む。大樹の根本に玉座はあった。メルの言う通り主を待つようにひっそりと据えられている。ボクは玉座に王冠を置いた。
どうか見つからないでと、祈りをささげて――――。
かつてこの王冠をかぶっていたお父さんの姿が目に浮かぶ。
死樹海迷宮でよく隠れ鬼をして遊んだ。
ボクが本当に迷ってしまうとどこからともなく現れて、「こっちだ、我が子よ」と手を引いてくれた。
あの偉大な王はもういない。
『…………キルコ? へーき?』
メルの声。
「うん。大丈夫だよ」
攻略本と記憶とを照らし合わせて、お父さんの魔王としてのあり方を、少しずつ分かりはじめた気がする。
光と闇の世界は聖剣によって隔たれていた。
聖剣をはじめに手にしたのは光の国の者、勇者だった。
ストーリーだと魔王レームドフは光の国を侵略しようと目論んでいるとなっているが、ボクが思うにたぶんそれは違う。
お父さんは平和な手段で2つのものを1つに混ぜ合わせたかったんだ。
我が子を迷路から救い出す父が、問答無用で魔物を光の国に送り込むとは思えなかった。
闘いで終着点を決めるのではない。話し合いなどをして、和解という別のゴールへのルートを探していたんだと思う。
それには世界を分かつ聖剣が邪魔だったんだ。
歩み寄ることへの障害になるから。
もしかしたらこんなことは絵空事の願望に過ぎないのかもしれない。
でもだからこそ、父はボクにそういう思いを、王になるはずのない末っ子のボクにそれとなく伝えていたのではないだろうか。
真偽は死ぬまで分からないけど。
「じゃあ戻ろうかな」
『あっ、ちょい待ち』
メルの言葉の後に、短い電子音が聞こえた。
「なに今の?」
『旅の記録をつけた音だよ』
「セーブかな」
「球児がグラウンドに礼をするように、ゲーム人はファンタジーの世界を去る時にセーブをするんだよ」
「なるほどね」
アプリゲームしかやったことがなかったから、ボクには馴染みのない行為だった。
ボクは現世へとジャンプした。
慣れてない世界の移動だったからか、着地にミスが生じる。メルの胸に飛び込む形になってしまった。「おかえりキルコ」急遽の不時着だったけど大きなクッション代わりのものがあったため難を逃れた。
「やっぱり3Dのキルコも良き……!」
その後しばし「採寸」されたけれども。
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