新魔王城 玉座の間 闇黒三美神と闇黒騎士の業務報告



■新魔王城 玉座の間 闇黒三美神と闇黒騎士の業務報告



「よくぞ! よくぞ成し遂げてくれましたね!」


 ゴートマ様は大層お喜びになった。


「これが王冠! 王のみが乗せることを許される月輪のコロナ!」


 闇黒三美神が1人、リビエーラによってその手になされた王冠を、まるで長年待ちわびたご子息のようにかかえ、かかげ、双眸を輝かせておられる。


「ついにワタクシが魔王となる時が来たのですね……!」


 俺は胸が痛くなった。

 闇黒三美神がいつになく前のめりに発言する。


「ゴートマ様、大変長らくお待たせいたしました」

「魔王の証である王冠……ゴートマ様の頂があるべき場所……」

「お早くおかぶりにおなっておくんなませっ!」


 ゴートマ様が被り物をお脱ぎになった。お顔にのみ白粉を塗られていために、ゴブリン特有の緑色の禿頭が露わに。


「戴冠式など待てませんね……!」


 あぁ、申し訳ございません、ゴートマ様。


「………………おや?」


 ゴートマ様は動きを止められ、思案なさっているご様子。俺は全てを打ち明けたい衝動に駆られるが、死に物狂いで自己を制止する。


「よくお似合いです!」

「史上最も気高き王……」

「かっこいいですっ!」

 ゴートマ様のお顔が次第に曇ってゆかれる。まるで聖なる泉に毒を垂らしたようだ。

「どういうつもりですか…………闇黒三美神!」


 その怒声に俺まで目蓋を強く閉じた。何かが壊れた音がしたのは、王冠が床に投げつけられたからだろう。腰を浮かせた三美神がこの上ないほどに狼狽える。


「いかがなさいましたかゴートマ様!」

「どうかお気を鎮め――――」

 強烈な魔力が弾けた。

「お黙りッ!」


 三美神が吹っ飛ぶ。天井や壁や床に、強かに叩きつけられる。


「これは偽者です! 作り物! 紛い物! 贋作! 模造、レプリカ! パチモン、バッタモン! うそ、えせ! 騙したな! よくも! よくもワタクシを騙してくれましたね!」


 ゴートマ様は神器と呼ぶに相応しい代物、水晶鏡を取り出した。水晶玉を薄くのばしたような、ゴートマ様にのみ装備することを許された武具。扇の覇将風が起こす風とは比べ物にならない魔法の嵐に、闇黒三美神が潰れたボールのようになってあたりを転げ回る。


 あぁ、申し訳ございません! ゴートマ様…………。


 これも必要なことなのです。この三バカ烏が今後もあなたを苦しめないようにするためには、そして俺だけを腹心としてお迎えいただくためには、こうすることが一番善い選択なのです。


 思い出なんて要らないのです。闇黒三美神なる役立たずは言うなれば、ゴートマ様が道をお歩きになっている際に、その足を止めさせた甘美な野バラ。摘むほどでもない野の花、たったそれだけのことなのです。路傍の花にお時間を割くことも、注力することも、無駄なことなのです。


 俺がお側にいながら、花などに目を留めず、どうか、どうか覇道を闊歩なさいませ。

 ゴートマ様、このキロピードが魔王の座までご案内いたします。


「許しませんよ……! 赦免の余地はゼロ! 一切の希望もアナタたちにはありません!」


 ええ、捨ててしまいましょう、こんな思い出たちは。


「炎熱かわずリビエーラ! 氷雪おろちプルイーナ! 雷電かつゆエクレーア! 以上3名、闇黒三美神はクビです! 解雇です! 以後ワタクシの牙城の敷居を跨ぐことは許しませんッ!」


 闇黒三美神は言葉を失っていた。それはゴートマ様の魔法によるダメージのせいではない。事の流れにオツムがついていけてないのだ。哀れな先輩方。


「今後少しでもアナタたちと顔を合わせる可能性があると思うと虫唾が走ります! これが最後の慈悲です! あの乱雑で煩雑で猥雑な現実世界に永久追放です!」

「お待ちください!」

「私たちは……」

「ゴートマ様っ!」

「言い訳は聞き飽きました! 次この世界にやってきた暁には、キロピードがアナタたちの息の根を止めることでしょう! さぁお別れです」


 普段より雑な魔法陣が展開された。最後に転送魔法までさせてゴートマ様を煩わせるとは、役立たずどころか害悪をなす魔物だった。


 闇黒三美神が消え、魔法陣も消え、静寂がやってくる。


「お気を確かに、ゴートマ様」

 俺は幽遠山脈の湧水をたたえたグラスを差し出しながら言った。

「ああ、この水が一番ワタクシの喉を癒します。キロピード、我が右腕よ、主として情けないところをお見せしましたね」

「滅相もないことでございます。まさに英断でございました。かつての腹心を追放するなど」

「そうだといいのですがね」

「ゴートマ様のご決断に間違いなどあるはずがございません!」


 もう俺しかいない。


「このキロピード、必ずや真の王冠をゴートマ様に献上することをお誓いいたします」

「頼もしい限りですね。どうかアナタは彼女らと同じ轍を踏まぬように。しかしあまりに根を詰めて、功を焦ることもないでしょう。ワタクシもこの頃はいささか疲れました」

「心中お察しいたします」


 三美神の最後っ屁と言うべきか、ゴートマ様がお疲れになったため、俺が現世に派遣されるのは少し先になりそうだ。


 だがどうあれ、遅かれ早かれというものだ。


 魔王はゴートマ様、ただお一人。


 本物の王冠は俺が見つける。

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