第五十一話 完全無欠の生徒会長と副会長の看病
「ほら、座れるか?」
「ご、ごめん……」
二階の自室。
千景に肩を借り運ばれた緑は、彼女の介助を受けながらベッドに座る。
「これ、ここに来る前に買ってきた」
千景は、手に持っていたスーパーの袋をテーブルの上に置くと、中からスポーツ飲料を取り出す。
「触ってわかったけど、服、大分汗で湿ってたぞ? 水分補給しないとやべぇだろ」
言いながら、千景はスポーツ飲料を緑に渡す。
「自分で飲めるか?」
「あ、ああ、大丈夫……」
と言いながらも、ペットボトルのキャップを外すのにも苦労する。
頭がフラフラして、力のこめ方もわからない。
「うぅ……」
「………」
苦しそうに唸る緑。
そんな姿を見て、千景は心配そうに眉尻を落とす。
そして立ち上がると、緑の隣に腰を下ろした。
「ほら」
緑の手からペットボトルを受け取り、蓋を開けると、片手で緑の背中を支えながらペットボトルの飲み口を緑に近付ける。
「あ、ありがとう……」
千景に手助けしてもらいながら、なんとか水分補給ができた。
喉もカラカラで、全身が熱かったので、本当に助かった気分だ。
「他にも、ゼリー飲料とかも買ってきたから。これなら喉が痛くても飲めるだろ?」
袋の中から、買ってきた飲料を取り出しつつ、千景は言う。
「そうだ」
そこで、彼女は緑を見遣る。
「国島先輩、腹減ってるか?」
「え? ……」
高熱ではあるが、朝から何も食べていないので、少しは空腹感がある。
「まぁ、ちょっとだけ……」
「何か作ろうか? 材料も買ってきたから」
千景は、スーパーの袋の中からネギや卵を取り出して言う。
「え、そんな、流石に悪いって……」
「ここまでさせておいて、今更だろ」
……ごもっともである。
学校を早退してもらって、看病に来てもらって、本当に今更だ。
言い返せない緑。
そんな緑を見て、千景は微笑む。
「台所借りるぞ。寝ながら待っててくれよ」
言って、千景は一階へと下りていった。
「……はぁ」
緑は横になり、天井を見上げる。
脳内がふわふわしている。
思考が覚束ない。
「遠山さんが、来てくれた……」
先刻の、玄関を開けた時の光景。
ふらついた緑を、咄嗟に支えてくれた時のことを思い出す。
「……胸が、当たったな」
高熱のせいで、まともな思考が出来ていない。
普段の緑らしくもない考えが巡る。
結構なボリュームだった。
でも、近しい女の子の中では、一番胸が大きいのはやはり美紅だ。
次が鞘。
その次が千景で、一番無いのが小花……。
「……って何を考えてるんだ」
……最悪に頭がおかしくなってるな、今の俺……。
―※―※―※―※―※―※―
――数十分後。
「先輩、まだ起きてるか?」
「あ、ああ」
千景が、緑の部屋へと戻ってきた。
ミトンで手を覆い、鍋を持っている。
匂いでわかる。
おじやだ。
「体、起こせるか?」
「ああ、うん」
制服の上にエプロンを着けた千景。
普段のイメージとは真逆の姿に、なんだかドキリとする。
ベッドの上で体を起こす緑。
千景は、テーブルの上に鍋を置くと、蓋を開ける。
ふわりと湯気が上がり、とても良い出汁の香りが漂う。
卵雑炊だ。
千景は小皿に移すと、そこからレンゲで一口分を掬う。
「ふぅー……」
そして、自身の息を吹きかけ、熱を冷ます。
「はい、あーん」
「………」
差し出されたレンゲに、緑は口を近付け、口内に含む。
優しい味だ。
とても食べやすい。
……普通に、千景に「あーん」をさせてしまったのが、少し気掛かりだが。
「……面目ない、成り行きとは言え、こんな事になっちゃって」
「だから、気にするなって」
情け無さそうに言う緑に、千景は微笑む。
「それに、こっちだって前に迷惑掛けた立場だからな。辛い時はお互い様だろ」
その後、緑は千景に雑炊を食べさせてもらい、満腹になると、ベッドに横になった。
「……大分楽になったよ」
「本当か?」
千景が、緑の額に手を当てる。
「……まだ、ちょっと熱があるっぽいけど」
「それでも、さっきよりは全然マシだよ」
言って、緑は「ふぅ……」と息を吐く。
額に当てられた千景の手が、ひんやりしていて気持ちが良い。
「……ん?」
そこで、千景は気持ち良さそうな表情をしている緑に気付く。
苦痛が和らぎ、安堵に満ちた表情。
「………」
そんな緑の表情を見て、千景は……そのまま手を上に動かし、緑の頭を撫でる。
「……ふふ」
そして、微かに笑った。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
――そこで、部屋の扉が開いた。
――やって来たのは、鞘だった。
「なんとか、学校を早退してきたけど……」
そして、部屋の中。
ベッドに横たわった緑と、その傍らに座り、緑の頭を撫でている千景を見て――絶句した。
「か、会長!?」
「ど、どうして千景さんが、ここに……」
混乱する鞘と、動揺する千景。
この二人では会話にならない。
「いや、違うんだ、鞘……」
そこで、緑が説明をする。
自分が、間違って千景に電話を掛けてしまった事。
そして、千景が緑のSOSを聞き、駆け付けてくれた事。
「そ、そうだったんだ……」
緑の説明を聞き、鞘は一応の納得をする。
……が。
「あ、千景さん……ご飯作ったんだ」
テーブルの上に置かれた鍋を見て、鞘が呟く。
見ると、鞘もスーパーの袋を持っている。
彼女も、緑に何か食べさせてあげようと材料を買ってきたのかもしれない。
「ああ、まぁ、簡単なものだけど……」
「……千景さん、お兄ちゃんの頭を撫でてた、みたいだけど……」
鞘が、頬を赤らめながらチラチラと緑と千景を見る。
「あ、いや、それは! 別に変な意味は無い! ただ、先輩が辛そうだったから、ついと言うか……別にかわいいと思ったからとかじゃなくて……」
その鞘の指摘に、千景は慌てて言い訳をする。
「というか、会長……国島先輩のこと、本当に家だとお兄ちゃんって呼んでるのか……」
「……あ……あ!」
千景の指摘を受けて、鞘も気付く。
千景がいるとは知らず、緑をお兄ちゃんと呼んでしまっていたことに。
「そ、それは……そ、そうだよ、呼んでるよ」
しかしそこで、鞘は言い訳せず、何故か誇らしげに言い切った。
「だって、私はお兄ちゃんの、妹だから」
「………」
鞘、一体何を張り合っているのだろう……。
ベッドの中で熱と戦いながら、緑は思う。
「おーい、帰ったぞー」
と、そこで、だった。
部屋の扉を開けて、今度は父が入ってきた。
そうだ――今日は親父も帰ってくる予定だったのだ。
「なんだ? 緑、今日学校だろ? どうして家に居るんだ、ずる休みか――」
そこまで来て、父は緑の部屋の中に鞘と見知らぬ女子高生がいることに気付く。
――静寂。
「ごゆっくりー……」
言って、父は部屋を出ていく。
この前の体育館のデジャブかと思った。
とりあえず全員で引き留め、彼にも説明をする事になった。
―※―※―※―※―※―※―
「じゃあ、ご家族も来たみたいだし、あたしは帰るわ」
――数十分後。
父も加わり、皆で雑談を交えていたところで、だった。
千景がそう言って立ち上がる。
「ああ、そんな急がなくても。お礼だってしたいのに」
そんな千景を、父が引き留めようとする。
「いや、いいです。あたしが勝手にやった事なんで。それじゃ、国島先輩。安静にしてろよ」
「ああ、うん、今日はありがとう」
千景は部屋を出る。
それを見送りに、鞘と父も部屋を出て行っ。
……しばらくして。
鞘が部屋へと戻ってきた。
「千景さんは帰って、哲平さんも荷物を持って仕事に戻ったよ」
「そうか……」
ふぅ、と嘆息を漏らす緑。
……気が付いたが、親父や千景と話している内に、すっかり体調も普段通りに戻りつつある。
「大丈夫? お兄ちゃん」
「ああ、大分楽になったよ」
そこで、鞘がベッドの傍に座り込む。
そして、横になった緑の真正面に来るように、顔を近付ける。
「千景さん、いいな……私も、お兄ちゃんの看病をしたかった」
「……まぁ、また次の機会にな」
そんな機会があるかはわからないが。
「お兄ちゃん、知ってる?」
不意に、鞘が呟いた。
「風邪って、人肌で暖めると治りやすいらしいよ」
言うや否や、制服のスカーフを解く鞘。
緑は慌てる。
「鞘、待って待って!」
「えへへ、冗談だよ」
ペロッと舌を出す鞘。
そして、鞘は緑の額に手を当てる。
彼女の手もひんやりとしていて、気持ちが良い。
「はぁ……」
気持ち良さそうに溜息を吐く緑。
そんな緑を見て、鞘は「ふふ……」と嬉しそうに微笑む。
千景もそうだったが、何がそんなに楽しいのだろうか?
今だ、完全には判然としていない頭で、緑はそう思った。
―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―
※次回更新は9月9日(金)を予定しています。
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