第二章 二学期開始~ハロウィン編

第三十五話 完全無欠の生徒会長と学校の噂


 夏休みも終わり、残暑もまだ感じる中、二学期が開始する。


 その初日――緑は、学校へと登校してきていた。


「おはよう、国島先輩」

「おはよー」


 教室に入ると、まず真っ先に鞘の友人達が声を掛けてきてくれた。


「おはよう」


 何やかんや、彼女達ともすっかり打ち解けてしまっている。


 鞘を通じて、今じゃ緑の友人になったと言っても過言ではない。


「鞘さんは、生徒会ですか?」

「ああ、登校早々、ちょっと野暮用があるみたいだ」


 鞘は生徒会関係の仕事があるそうで、生徒会執行室へと赴いている。


 登校するまでは一緒だったが、今ここにはいない。


(……しかし)


 緑は、自分の席に向かいながら教室を見渡す。


 夏休み明けということもあって、雰囲気の変わった者が沢山いる。


 山か川か、アウトドアの遊びに行ったのだろう、日焼けしている者。


 イメチェンを狙ったのか、髪を染めている者。


 印象の変化したクラスメイトが多い。


「おはようございます、せんぱい」


 そう思いながら席に着く緑に、先に来ていた隣席の小花が挨拶をする。


「おはよ……」


 言い掛けて、小花を一瞥した緑が気付く。


「あれ? 小花、随分と焼けたな」


 小花は、制服の上からでもわかるほど、しっかり日焼けしていた。


 元からボーイッシュでアクティブなイメージのある小花だけあって、褐色に染まった肌がよく似合う。


「夏休みの後半は、実家に帰省してましたから。海で遊んでたんですよ。お陰で、こんがり日焼けしちゃいました」


 そこで、小花がチラッと緑を見上げる。


「……せんぱい、プールに行った時のあたしの水着、覚えてます?」

「ああ、そりゃあ」


 黒のビキニ。


 結構布面積の小さいやつだったと、記憶している。


「海でも、あの水着着てたんですよ」


 小声で言うと同時、小花がチラッと、制服の隙間から肩を覗かせる。


 日に焼けた彼女の肩の一部に、細く白い、水着の日焼け跡ができていた。


「だから、水着の部分がこんな感じで、くっきり」


 白い肌と焼けた肌のコントラスト。


 いきなり見せ付けられたセクシーな日焼け跡に、緑も思わず言葉を失う。


「……もう、何じっくり見ちゃってるんですか、せんぱいのスケベ!」


 一方、小花も自分でやっておいて恥ずかしかったのか。


 照れ隠しに、緑の肩をべしべしと叩いてくる。


 すると、そこで――。


「……そういえば、国島先輩ってさ……確か、夏休みに会長達とプールに行く約束してなかったっけ?」


 どこからともなく、緑の耳に、そんな噂話が聞こえてきた。


 緑が、女子達と一緒にプールに遊びに行った件だ。


「国島先輩以外、参加者全員女子だったんだっけ?」

「静川さんや小花もいるし……」

「え、ハーレムじゃん」

「国島先輩と言えば、あの噂って……」


 注意すると、色々なヒソヒソ話が聞こえてくる。


 これは……やはり、数々の疑惑が噂になって広まってしまっていると認識してよさそうだ。


(……どんなことに言及されるか、覚悟しておかないとな)


 そう、小花にしばかれながら内心で思う緑。


「おはよう」


 そこに、鞘がやって来た。


 教室の扉が開き、颯爽と姿を現す鞘。


 夏休み明け、久方ぶりに見る彼女の姿は――やはり凜然と爽やかな、完全無欠の生徒会長で。


 多くのクラスメイト達が、改めて見惚れてしまっている様子だ。


「おはよう、鞘さん」

「おはよー」


 鞘は、友人達と挨拶を交えている。


「お兄さん」


 すると、その時。


 気付くと、緑の席の前に、一人の男子生徒が立っていた。


 大柄で坊主頭の、見るからに運動部系の男子。


 彼は、覚えている。


 夏休みの最中、一度馴染みの百貨店で会話を交えた記憶がある。


「お兄さん、ちょっと聞いてもいいですか?」


 猿渡だった。


 だから、誰がお兄さんだ。


「どうした?」

「噂を聞いたんですが、本当かどうか」

「お、おい、猿渡」


 そこに、慌てていつもの三人組仲間の、犬飼と大鳥もやってくる。


 猿渡の行動に、「本当に聞くのか?」と慌てているようだ。


「先輩、静川会長達とプールに遊びに行ったんすよね?」


 そんな中、猿渡は緊張した面持ちで緑に問い掛けてくる。


「あ、ああ」

「風の噂で聞いたんですが……そこで、静川会長がチャラ男達にナンパされて絡まれて……先輩が、そのナンパ野郎どもをボコボコにして血祭りに上げたって、本当なんですか!?」

「いや、してるわけないだろ」


 猿渡の質問に、緑は気後れする。


 どんな噂だ。


「え、してないんですか!? 流石国島先輩、カッケーって思ったのに!」

「馬鹿。だから、言ってるだろ。本当だったとしても、そんなこと正直に言えるわけないって。ねぇ、先輩」


 そこで、隣の犬飼が口を挟む。


「先輩は一度暴力事件で留年してるんだ。仮に会長を守るためにそんな行動を起こしてたとしても、ぼかすに決まってる。察しろ――ということだ」


 と、今度は大鳥が「わかってますよ」という顔で言う。


 違う、そうじゃない。


「だーかーらー、それはあんたの勘違いだって猿渡」


 そこで、彼等の疑問に鞘の友人達が説明をする。


 どうやら、「静川鞘がナンパされた」の噂の出所は、彼女達だったようだ。


「確かに、鞘さんはプールでナンパされたけど、国島先輩が間に入って平和的に解決したって言ってたって、そう言ったじゃん」

「いや、その平和的解決って言うのが、なんだか色々とニュアンスが混ざって聞こえて……」

「あたし達も現場は見てないし、後で国島先輩と鞘さんから聞いただけだから詳細はわからないけど……話し合いで解決したってことじゃないの? ねぇ、鞘さん」

「え、あ……うん」


 友人に聞かれ、鞘は頬を赤らめる。


 おそらく、その時のことを思い出しているのだろう。


 確かに、本当のことを言うわけにはいかない。


 鞘が緑のほっぺにチューして撃退したなんて、そんなこと。


「うーん、そうか、俺の勘違いだったか。国島先輩なら、それくらいしそうなイメージがあったんだが」

「どういうイメージだよ」


 猿渡の言葉に、緑は嘆息する。


 ここは、全力で事実は隠蔽して誤魔化さないと。


「本当に、平和的に解決したよ。そうだよね、鞘さん」


 そこで、緑は鞘にも話題を振る。


「あ、え?」


 よくよく考えれば、これは悪手だった。


「あ、ああ、ちゃんと、国島先輩にカレシのフリをしてもらって――」


 鞘が不意に、そう漏らしてしまった。


「か、カレシ!?」


 しまった。


 あの日のことを思い出していて、まだ鞘も冷静ではなかったようだ。


「国島先輩、静川会長のカレシのフリしたんすか!?」

「フリだよ、フリ。その方が、話が早いと思って。別にそんな特別な事じゃ――」

「いやいや、フリとは言え静川会長のカレシを名乗るって、相当勇気要りません?」

「というか、役得過ぎる」


 犬飼、猿渡、大鳥の三人が、混乱混じりに騒ぎ出す。


「つまり、静川会長もカノジョのフリをしたってことですよね?」

「そ、それは……」


 猿渡に聞かれ、戸惑う鞘。


「えー、そうだったの? 鞘さん、全然その時のこと詳しく教えてくれなかったから」

「国島先輩のカノジョですって言ったの? 言ったの?」


 更に、その話を聞いて盛り上がる友人達にも問い質される鞘。


 完全に動転し、あわあわしてしまっている。


「それは……その……う、うん」


 鞘が赤面しながら頷く。


 その「う、うん」を聞いて、クラスの中の数名と犬飼、猿渡、大鳥が崩れ落ちた。


「国島先輩、羨ましすぎる……」

「もしもタイムスリップできるなら、時を戻してその現場に行きたかった……」


 という謎の遺言が聞こえてくる。


「でも、それだけ! 本当にそれだけ!」


 恥ずかしい雰囲気を払拭するように、鞘が必死に叫ぶ。


「本当に? 向こうのナンパ男達も、それだけで引き下がってくれたの?」

「ちょっと国島先輩に抱きついて、アピールとかしたんじゃ……」

「そ、そんなことするわけないだろ!」


 頭から煙を上げ停止しかけの鞘に変わって、緑が釈明を試みる。


「なぁ、小花! お前も、現場を見てたよな!?」

「え!?」


 すかさず、隣の小花に助け船を求める緑。


(……小花、フォローしてくれ)


 そんな意図を含んで、緑は小花に目線を向ける。


「え、こはくもその現場見てたの!?」

「全然教えてくれなかったじゃん」

「い、いや、別に話すほどの事でも無いかなって……」


 そう言う小花だが、そこで鞘の友人達が「ああ、でも……」と、何やら納得の空気を出した。


「でも、そうか……こはく的にはショックだよね……」

「国島先輩が、フリとは言えカレシを名乗ってるって。あんまり、話題にしたくないか」

「は……はぁ!? 何言ってんの!?」


 ニヤニヤしている鞘の友人達に、小花も何やらムキになる。


「べ、別に全然どうでもいいし!? 先輩が会長のカレシのフリしようが、抱きつかれようが、会長にほっぺにチューされようが、気にしてないし!?」

「小花!」


 やってくれたな、小花。


 その発言に、教室内が静寂に包まれる。


 先程崩れ落ちた、犬飼達を初めとした静川鞘のファン達が、ビョンッと目を覚ます。


「ほ、ほっぺにチューってどういうことすか、国島先輩!?」

「えーっと、それは……」

「え、演技! 演技! フリだから、演技をしただけ!」


 と、慌てて鞘が叫ぶ。


「「「本当にしたの!?」」」


 火に油である。


 再び崩れ落ちる者達多数。


「っていうか、すいません、静川会長! バレー部所属の友達から聞いたんですけど、会長のうなじにキスマークがあったという案件については!?」

「キスマーク!?」

「キスマークって何!? 鞘さん!」


 ああ、もう、どうすればいいのだろうか。


 その後、ホームルームが始まっても収まらない教室のざわめき。


 溜まらず、担任教師が雷を落としてくれたおかげで、なんとかその日は収まった。


 しかし、疑念はやはり広まっており、しかもかなり尾ひれも付いて膨れ上がっているものもあるようだ。


(……冷静に対処していかないと、いけないな……)




 ―※―※―※―※―※―※―




 ――その夜のこと。


「ん? 親父?」


 緑のスマホに、父からメッセージが届いていた。


 アプリを開き、送られてきた文面を読んでみると……。


「……え?」

「どうしたの? お兄ちゃん」


 リビングで、スマホを持って立ち尽くしている緑に、風呂上がりの鞘が声を掛けてくる。


「ああ、今、親父から連絡があったんだけど……」


 鞘にも一応伝えておかないといけないと思い、緑は言う。


「近々、妹が遊びに来るらしい。久しぶりに、俺に会いたいって」

「……え? い、妹?」

「ああ」


 それは、鞘のことでは無く――。


 昔、緑の父と離婚した、別れた母親の方に付いていった。


 緑と血の繋がった、実の妹。


「あ、ちなみに、名前は美紅(みく)」




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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