第八話 完全無欠の生徒会長とテスト勉強です


 学校。


 季節は一学期中盤に差し掛かっており、中間テストが近いということで、俄に教室内もざわついている。


 緑も教科書に目を通しながら、予習に余念がない。


「せんぱーい、大丈夫ですかー?」


 小花こはくが、今日もそんな緑に絡んでくる。


 緑の背後に立ち、セットした髪をクシャクシャとイジりながら。


 集中力を奪われるので止めて欲しい。


「せんぱい、これ以上成績落としたら、また落第しちゃいますよー。あ、そうなったら今度はあたしの方が国島せんぱいの先輩になって、せんぱいはこうはいにジョブチェンジするわけだ。国島こうはいメロンパン買ってきて」

「まだ落第したわけじゃないし、そもそも成績は俺の留年には関係無い」


 とは言え、緑の成績はこの学校に入学して今までの二年とちょっと、学年の中盤当たりを彷徨っている程度である。


 これ以上成績を落として、学校からの印象を悪くしたくはない。


 なんとか好成績を取らなければ、と、緑も必死だ。


「………」


 そんな緑の姿を、窓際から鞘が静かに見詰めていた。




 ―※―※―※―※―※―※―




 ――その夜。


「お兄ちゃん、今、大丈夫?」


 緑が部屋で勉強していると、コンコンとドアがノックされた。


「ああ、どうした?」


 答えると、扉が開く。


 廊下から、パジャマ姿の鞘が現れた。


 風呂上がりだからだろう――火照った頬や首筋がほのかに上気している。


 ふわり、と、その黒髪から発せられるシャンプーの香りが、室内に漂ってきた。


「勉強?」

「ああ、まぁ、明日から中間テストだからな」

「私が、一緒に見ようか?」

「え?」


 鞘の提案に、緑は驚く。


「いいのか? というか、鞘だって勉強があるだろうし……」

「私は大丈夫。もう、後は参考書を復習してるだけだから」


 鞘が微笑む。


 流石は完全無欠の生徒会長。


 勉学も効率的で準備万端、緑と違って完璧だ。


「じゃあ……俺もちょっとまだ理解できてないところがあるから、お願いしようかな」

「うん、ありがとう」


 何故、教える側の彼女が嬉しそうにそう言うのだろう?


 何はともあれ、緑は鞘と一緒に勉強をすることになった。


 中間テスト前夜、ラストスパートである。


 ……しかし。


 緑は、ローデスクの横に座り、一緒に開いた参考書へと目を落としている鞘を見る。


 何気に、彼女が自分の部屋に入って来たのは初めてのことだ。


 しかも、この至近距離、風呂上がりの寝間着姿という無防備な格好……。


(……いやいやいや、何を考えてるんだ、俺は。勉強に集中しろ)


 シャープペンシルの頭で目頭を押し、緑は頭から煩悩を振り払う。


「それで、ここには、この公式を使って……」

「そうか。なるほど、わかりやすいな」


 鞘の教え方は上手い。


 緑が、以前だったら頭を抱えていたような問題も、次々に解けるようになっていく。


 脳がアップデートされていく感覚だ。


「お兄ちゃん、公式自体は覚えてるから、後は気付きの問題だよ。そこを習得していけば、何も問題ないはず」

「優秀だな、鞘。教師に向いてるんじゃないか?」


 緑が言うと、鞘は「えへへ」と朗らかに破顔する。


「もし、俺がまた落第したら、鞘の後輩になるのか」


 そこでふと、緑は何気無しにそう呟いた。


 その言葉に、鞘はピタリと動作を止める。


「その時は、またこうやって勉強を教えてくれよ」

「……私は、嫌だ」


 ぽつりと零された鞘の声に、緑は顔を上げる。


 気付くと、鞘は唇を噛み締め、悲痛な表情を浮かべていた。


「お兄ちゃんには、もう辛い思いをして欲しくない」

「………」


 緑の辛さを、まるで自分のことのように思ってくれている。


 そんな彼女に、そう言われてしまえば、頑張らないわけにはいかない。


「すまん、鞘。まだわからないところがいくつかあるんだけど、いいかな」

「……うん、当然」


 緑と鞘の勉強は――深夜を回るまで続けられた。




 ―※―※―※―※―※―※―




 ――そして、翌日――テスト当日。


「せんぱい、大丈夫ですかー?」


 最初の教科のテスト開始時間が、刻一刻と迫ってきている。


 自分の席で最後の復習を行っている緑を、隣の席の小花が煽ってくる。


 予習は完璧のはずだ。


 あれだけ、鞘に付きっきりで教えてもらったのだ。


 しかし、なんだかんだで緊張してきた。


(……平常心、平常心)


 高鳴る心臓を落ち着かせるため、何度か深呼吸をする。


 このままでは、復習している内容も頭に入ってこない。


 そこで、だった。


「か、会長?」


 小花の驚き声が聞こえ、緑は顔を上げる。


 目の前に、鞘が立っていた。


「国島先輩、以前借りていた消しゴムを返しに来た」


 クラスの大半の視線が集まる中、鞘はそう言って、緑の机の上に消しゴムを置いた。


「ありがとう」


 それだけ言い残し、鞘は去って行く。


「せんぱい、会長に消しゴム貸してたんですか?」

「あ、ああ……」


 小花にはそう答えたが、そもそも鞘に消しゴムを貸した記憶が無い。


 周囲からも、ヒソヒソ話が聞こえてくる。


「静川会長に話し掛けられてたぞ?」

「いいなぁ……」

「俺のでよければ100個だって貸したのに」

「俺が貸したかった」


 などなど、男子達の羨望なのか恨み節なのかよくわからない声が多数。


 そんな中、疑問を抱きながら、緑は鞘の置いていった消しゴムを拾い上げる。


「……ん?」


 そこで、何かに気付いた緑は、消しゴムのケースを動かす。


 すると……。


「……これは」


 ケースの下……消しゴムに、文字が書かれていた。


 無論、カンニング用の写しなどでは断じてない。


『大丈夫。予習を思い出して。頑張れ、お兄ちゃん!』


 そこに書かれていたのは、応援の言葉だった。


 鞘からの、励ましの言葉。


「………」


 そういえば、消しゴムに願い事を書いて使い切ると叶うとか、好きな人の名前を書いて使い切ると両想いになれるとか、そんな言い伝えを聞いたことがある。


 それらとは違うが、鞘なりに願掛けをしてくれたのかもしれない。


「……ありがとう」


 緑は、小さく呟く。


 お陰で、緊張が飛んでいった。


「あ、始まりますよ」


 予鈴が鳴り、教室に教師が入ってくる。


 そして、中間試験が開始した。




 ―※―※―※―※―※―※―




 ――数日後。


 先日の中間テストの結果が廊下に張り出されており、多くの生徒達がそこに群がって一喜一憂を見せている。


 さて、気になる緑の結果は――。


「……よし」


 順位表の前で、ほっと胸を撫で下ろす緑。


 二学年189名中、なんと9位。


 前回よりもかなり……否、相当成績を上げた。


(……まぁ、二回目の二年生なんだし、これくらいの順位にいないと顔も立たないよな)


「え、うそ……せんぱいが、あたしよりも上?」


 隣に立つ小花が、呆然とした声で言う。


 小花の順位は、189名中22位である。


「まぁ、これが先輩の威厳ってものだ」

「うぐぅ……かわいくない、国島せんぱいのくせに……」


 意味のわからないいちゃもんを付けられてしまった。


「凄い! 鞘さん、また学年1位!」


 すると――近くからそんな声が聞こえてきた。


 見ると、鞘とその友人達がいる。


 鞘の成績は、相変わらず学年1位だ。


 盛り上がる仲間達に「ありがとう」と言うと、そこで鞘は、緑達の方に視線を向ける。


「え?」


 気付けば、鞘が横に歩み寄ってきていた。


 いきなりのことに、緑も小花も驚く。


「国島先輩、凄いじゃないですか。前回から、かなり順位が上がっています」


 敬愛の滲む、眩しい笑顔を湛え。


「勉強、頑張ったんですね」


 鞘は、そう言った。


「あ……ありが、とう」


 去って行く鞘の背中に、そう呟く緑。


「会長に褒められた……すげぇ」

「トップ10入りすると、会長に褒めてもらえるのか……」

「俺も、次は命を賭けて勉強する……」

「でも確かに、すげぇな国島先輩」

「ちょっと見直した」


 周囲の生徒達の間から、そんな会話が聞こえてくる。


 皆には、優秀な成績を取った者への労いの言葉。


 もしくは、留年した落第生が腐らず努力した結果に対する、褒賞。


 そういう風に聞こえたのかもしれない。


 けれど、緑にはわかっていた。


(……鞘、サービスしすぎだって……)


 鞘は純粋に、頑張った緑が誇らしく、嬉しくなってたまらず声を掛けてきたのだ――と。




 ―※―※―※―※―※―※―




「お兄ちゃん、おめでとう!」

「……豪勢だな」


 ちなみに、その日の夕食は、鞘が腕によりを掛けて、ご馳走をたらふく振る舞ってくれた。




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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