第2話 だまらっしゃい!



「頼む! 離婚してくれ!」

「い・や・で・す! 誰が悲しくて結婚直後に離縁された女になりたいもんですか!」

「でも僕は君を愛してない!」


 ――堂々と言うことか!


 フィーナは頭を抱えたくなった。

 どういうわけか泣き喚く状態から立ち直ったビルドだが、今度は怒鳴り合いが続いていた。


「そもそも結婚する前に言わない貴方が悪いんです!」

「それは説明しただろう! 君を傷つけたくなくて……」

「ええ、ええそうでしょうね! 考えなしですね本当に! 結婚してからいわれるほうがずっと傷付きます!」


 主に経歴が。


「ぼ、僕だって悩んだんだ! でも愛する人がいるのに結婚生活するなんて、酷いこと僕はできない!」

「それは、そうですね! 本当にひどい人ですよ! この大馬鹿!」


 幼馴染なので容赦のないやりとりが続いた。


「ちなみに、聞きますけど」

「なにを」

「もし離婚しなかったら、その男爵令嬢はどうなさるの?」

「いや、離婚する」


 フィーナは歯軋りした。


「だ・か・ら! もししなかったら別れるのかと聞いているの!」

「それはしない! どうしても君が納得できないなら……そうだな……彼女にも我が家で暮らしてもらって、君は例えば別荘に行ってもらうとか」


 ぶちりと何かが切れる音がした。


「妻を追いやって愛人屋敷に住まわせる紳士がどこにいるー!!!」


 フィーナの雷、ここに落ちる。

 流石に怯えた様子でビルドが縮み上がった。


「だ、だから離婚を……」

「まだ言うか!」


 と怒鳴りはしたが、けれどフィーナも馬鹿ではない。

 このままでは早晩彼の言う通り、フィーナは別荘に追いやられそうである。

 仮にこのまま住むとしても、愛人と同居など最悪だ。伯爵であるビルドに出ていけとも言えない。となると、一番はやはり離婚することだ。

 経歴に傷はつく。

 それは本当に回避したかったが、しかし死ぬまでそんな生活をしていくことも勘弁願いたい。


「わかりました」

「わかってくれた!?」

「とりあえず、お父様に報告します」

「それは困るけど」

「だまらっしゃい!」

「はい!」


 フィーナは頭を抑える。頭痛がしてきそうだった。


「とにかくお父様に相談はします。でも、離縁ということなら、私から言い出したことにします」

「うん。それはいいよ」


 ケロッとビルドは言う。

 フィーナは半眼でビルドを睨んでいたが、ニコニコと嬉しそうな彼に何を言っても無駄に思えて、結局脱力するに至った。


 ――なんてやつと結婚してしまったの、私……。





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