第36話 感謝
「もうさ・・あたし我慢出来ない」
「あ? どした」
「ルジェお姉様の事、あんたも見たでしょ? 一緒に連れて来たあの・・・小さいあれ!」
「インジュさん・・・だっけか確か」
「セトナお姉ちゃんとのあれなのか、それとも・・・本命の、本命のッ! なのかもう我慢出来ない直接聞いてくるッ!!!」
「待て待て待て待て待て待て待て待て待て」
「あんたは気にならないのッ!? ルジェお姉様が何なのか!!? どっちなのか!? 両方なのか!?」
「出来れば理解したく無いけど、まずは落ち着け。完全に悪いのが出てるから」
「あたしもう無理・・・間に挟まりに行ってくるッ!!!」
「みんな忙しいのに何処に行くのかしらあなた達・・・?」
鬼の形相という名の笑みを浮かべたセトナが意味不明の会話を繰り広げる2人の子供の前に立ちはだかる。
「なんで俺もなんだよぉおおおおぉーッ!!!」
「あたし違うもぉおん違うんだもぉおおおん!!!」
頭を抑え涙目の子供2人にお説教をするセトナ。
それを遠目から見るルジェと巨大な鍋を運んでいるインジュ。
「何があったのかしら」
「母様が言ってました。子供は叱られるくらい元気が1番って」
子供。ルジェは叱られている子供達から一度別の方へ視線を移すが、何も言わずに戻した。
見なかった事にしようという総意を固めた2人は他の子供達と共に作業を進める。
インジュとルジェの2人が訪れているのは、北区。それも人が多く集まる場所。
そこでは、屋台を開くかの如く、大量の食事を用意していたのだった。
匂いに釣られて次々と人々は顔を出し、子供達が大声で告げられる宣伝に耳を傾けるのであった。
ほぼほぼ無料で食事を振る舞うと、王都上層からの援助である、と。
そんな子供達の声に老若男女の人々が次々と集まり出し、覚束無い様子を見せながらも懸命に食事を皿に乗せる子供達の姿に笑みを浮かべながらも食事を楽しみ、手を貸す者達も現れる光景が出来上がっていたのだった。
「本当にありがとうね、ルジェさん。お陰で子供達みんな、笑っているわ」
「いえ、こんな形でしか支援出来なくてすみません。どうしても人手という所がネックで・・・子供達をこき使う様な真似を」
北区への支援。それはルジェがルジェになる前から密かに考えていた事でもあった。しかし情勢や多くの事を鑑みると動けないというのが現実であった。実行するにも1人の力では上手くいかない事もわかっていた為に後回しにし続けていた。
だが、今のしがらみなんて物は殆ど捨て去ったルジェには出来ると無駄に大きな自信があり、それを実行に移したまでだった。
改めて監督役としての老婆がルジェに頭を下げその場を離れたその時を見計らったかの様にルジェに背後には小さな人影が1つ。
「ルジェお姉さん・・これ」
現れたのは内気な少女だった。
両手に持っているトレーの上には自分で切ったのであろう食材が。
「あら、凄いわねー。しっかり切れてる、指とか切ってない?」
「うん、教え方上手かった・・・から」
そう言って内気な少女はトレーを持ったまま教えてもらったという魔力を見せた。膜状に光る魔力が手を覆い、ちょっとした刃物から守るように作用していた。
これは今回子供達にも食事の準備を手伝ってもらう上でルジェが教えた物の1つであった。
「よく頑張ったわね、偉いですわ」
「ぁっ・・・んっ」
優しく頭を撫でるルジェに対し少女は顔を真っ赤にして照れて居た。
「あぁー!! じゃあ俺も見てよ!」
「私もぉー!」
ルジェの行動が目に入った子供達が次々と押し寄せようと動き出した。
「はーい! みんな駄目よー。一斉に来たら誰が仕事するのー、そうゆうのは休憩時間にしなさーい」
突撃をして来そうな勢いを止めたのは、セトナだった。
そんなセトナの言葉を聞き内気な少女を特別扱いした事を反省しようとしたルジェだが、ふと記憶を探る。
自分が作ったタイムスケジュール、そういえば今は休憩中なはずと頭を撫でて居た少女を見る。
「あっ・・・」
「そう・・・。頑張りたい気持ち凄く嬉しいわ。けど、休憩も大事にしなさい。体を壊したら、やりたい事、魔力の扱いを学ぶ事も出来なくなっちゃう。でしょ?」
「・・・うんッ!」
それを聞いた少女は満面な笑みを浮かべ不器用ながらもお辞儀をしてその場を後にし、休憩場で同じように休憩中の子供達と談笑を始めた。
「はぁ・・お姉ちゃんの座が。妬けてしまうわ」
「何を言うかと思えば、貴女が居ないと何も出来なかったですわ」
ルジェとセトナは懸命に頑張る子供達を見守る。
食事を紙のお椀に移す子、それをテーブルに並べる子、そして人々に手渡しする子。
細かく役割を分担させたのはルジェの話しに乗った子供達全員を良く知っているセトナ自身だった。
「お金も頂ける、食事も貰える。子供達にただ与えるだけじゃなくて、自分達で稼いで食べる。普通じゃあ考えられなかった事ね」
「子供は遊んだり学んだりが本分。確かにその通りだしわたくしも本来であればそれがいいとも思う」
ルジェは小さく目を伏せた。
見ていた子供達に昔の自分、幼少の自分を重ねる。
「みんながみんな同じ道を歩ける訳では無い。道幅は思ったよりも狭いのよ」
「ふふふ」
「何よ」
「別に、何も無いですよー」
「言っておきますけど貴女の大役は凄く大変ですのよッ! 子供達をしっかりと管理して導いて上げなくちゃいかないんだからッ!」
茶化すセトナに少し不機嫌になるルジェ。
そんなセトナは、ルジェの髪。初めて出会った時とは違う、短くなった髪の毛に触れた。
「こっちの管理は、大丈夫?」
「ッ!!! 大丈夫に決まってますわ、必要ありませんことよッ!!」
ルジェが髪を落としてから次の日の事。安否確認の為に教会に訪れたのだった。
その時は短くなったルジェの髪に皆が動揺させる事態になってしまったのだった。
しかし、不思議と教会へ駆け付けたルジェをみなすぐに受け入れたのだった。
垢抜けたルジェ。それがセトナが最初に想った感想であり、セトナがほぼ強引にルジェの髪を整えて上げた。何とは言わない感謝を込めて。
「ふふふ、私も休憩行ってこようかしらー」
これ以上は色々な問題が起きそうという事で脱兎の如く逃げるセトナ。
ガミガミと小言を垂れ流しながらもルジェの顔は、健やかだった・・・。
食事の配給はまだまだ続いていた。これは名目上は上層階級からの支援といった形であったが、主に警護団の力を利用した点が多く、内々では警護団のアピールを兼ねるという目論見から予算が降りたのが真実ではある。
その為、今も荒事が無くスムーズに行事が進められているのは護衛の為の警護兵が何人か来て見張りを続けているからでもあった。
「あの・・・デド班長」
「ん? どうした第6班長」
「我々はこんな所に居ていいのでしょうか? 訓練という名目で参上したはずなのですが」
「なんだ? お前達も手伝いたいのか?」
「カルス副班長からかわないで下さい、そうゆう訳では」
デドとカルスは小さく息を吐き、踵を返し新米の警護兵達相手に胸を張って見せた。
「いいか、君達が考えている事は確かに一二を争う程に重要だ。いつまた感染者が現れるかわからない、その為にも少しでも強くあろうとする気持ち、前回の戦いの醜態を挽回したい、それもわかる」
「・・・・・・」
「だがな、自分から君達に伝えておきたい事はたった1つだ。目的を見失わないでくれ」
デドの言葉にその場にいる全員が耳を傾けた。
新米警護兵は不安な気持ちを抑えながらも、デドやカルス達の同僚である第2班は笑みを浮かべながら、そして何も知らない人々も。
「先日君達がその身を投げ打って戦ってくれたからこそ、こうして今、無事にみな笑って食事が出来ている。敵を倒すだけじゃない・・・それだけは忘れないでくれ」
デド達第2班は再び、その意味を噛み締めながら食事をする人々、そして何よりも懸命に働く子供達を見守って居た。
当然新米の警護兵達全員がその意味を理解している訳ではない。それでもデドの言った目的というモノ、その言葉だけは全員の頭の中へ入って行ったのだった。
「素敵な同期が居て私も鼻が高いよデド」
「茶化すな、お前が1番噛み締めろ」
改めて警護団の現状はお世辞にも良い物と言えたものでは無い。
あの一件。インジュが1番最初に接触した際の戦い、多くの犠牲と惜しい者達を無くしてからこれまでの間に警護団は大きく揺れ動いて居た。
警護団に未来が見えずに離れる者達も多く居た空気の中、ようやく微かにも道が見える様になるまでに耐え抜いた。
そんな今の警護団には、ようやくの逆光が来たのだと胸を高ぶらせる雰囲気が漂い始めていたのだった。
「よーし、デド班長ー、っちょくら俺はあっち側の様子でも見てくるよ。単独行動はダメだった・・・よな?」
「え・・・。はい! ご一緒させて下さい!」
「あっ! 我々も・・・いやでも」
「未来ある期待の班長よ、ここは第2班の自分達がいるから大丈夫だ」
「りょ、了解しました! では我々は、西区までの区間を巡回して参ります!!!」
本来の形。
それはある意味で人を拘束する物に成りかねないあまりにも不器用な物。
しかし、それは人によってはそれを基準として置き、先を見通す為の足掛かりになる事もある。
そしてデドが1番に伝えたかった事。今は辛く厳しい状況かもしれない、もしかしたら悪化し更に悪くなり周りが見えなくなってしまう事もあるだろう。
デドはふと思い出して居た。
あの日の事、ただ抜け殻の様に言われた事だけをやる日々、何も考えずただ門番として日々を過ごして居たあの日。
1人の少年が、同期の警護兵を連れて現れた。
デドが自身で変わったと思える瞬間を噛み締めて居た。
「本当に、ありがとうございます」
深々と頭を下げる様にデドは目を瞑った。
感謝してもしきれない相手がいる。感謝を告げる事が出来るという簡単な事に多くの想いが染み着き、その事にすらまた感謝を重ねるデドだった・・・。
「ん、デドこれ」
「・・・来たか」
想いに耽る時間は終わりを告げた。
デドとカルスは2人、気持ちを切り替え歩み出した。
「お忙しい所申し訳ございません、インジュさん、ルジェ協力顧問」
また1つ、前進の兆しが生まれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます