第33話 求幻


深い夜。それはこの王都では誰しもに与えられている時間。


しかし、北区ではその時間を奪うかの様に名も無き異業の者は姿を見せていた。

廃れ続け、何も生み出す事の出来ない地獄も同然の北区に輝きの光りを届けんと現れたのだと、誰かが口にした。

その言葉は、瞬く間に広がりを見せいた。


天からの使者、天使が現れたと。


神々しい存在は、人々に希望を与えていた。

現実の苦しみから解放、新たなる導き、更なる歴史の幕開け。


その存在の真の意味を履き違えてもなお人々は、その存在を受け入れていたのだった。


そして、その希望に対し牙を向ける者がいるのも、また必然である。


「お前・・・なんでここに」

「わたくしが・・・わたくしが、ルジェだから! ルジェになったのだから!!」


魔方陣の上で叫ぶ様に言い放ち、感染体の剣を払い除ける。


そしてルジェは、真っ直ぐに見据えた。

変わり果てた姿。不本意でも、不器用に自分の名を付けた者を。


「こんな姿になってまで・・・ッ!!」


ルジェは飛び出した。浮遊する感染体を相手に生身で立ち向かった。

全魔力を全身にルジェは纏った。目の前に存在する者に手加減なんてしている余裕なんて無い。その強さが桁違いなのも承知の上、故にその身を滾らせ、ルジェは覚悟を決めてこの場に現れたのだった。


「目を覚ましなさいッ!!」


自身の身体を直接感染体へとぶつける。

全身を魔力で覆った高速移動からの突撃、普通の相手ならば完全に余分な力をぶつけるが。感染体は後方へ押されただけだった。

それでもルジェは踏ん張り続けた、どれだけ力の差があろうと。


「やめろッ! お前なんかじゃあ!」

「黙りなさい! やるしか無いのよ、わたくしが・・・わたくしが」


ゼッガの制止を聞かずに魔力を放出し続ける。ゼッガの言う通りかもしれない。一撃目の突撃で勝負が決まらなかった事からその力量は知れていた。

それでもと。ルジェは右手を振りかぶり、全力で殴り付ける。

すると、感染体が動きを見せた。すかさず左手を振りかぶり思いっきり殴り付けた。


感染体は、殴られる度に後ろへと下がっていく。


「わたくしが・・・わたくしがッ!!!」


全力で挑めば勝てる。

魔力を惜しまず、自らの信念をぶつける様にルジェはその拳に全てを注ぎ込む。

一発一発に上限を超えるほどの魔力を纏わせ、何度も何度も殴り付ける。


「これで・・・ッ!!!」


手応えはある。このまま一気に感染体を地面へと叩き落とす事が出来れば・・・。


そう、戦えると確信を持った瞬間だった。


「なッ!? ぅぅう・・あああああああああー!!?」


突然ルジェの全身が燃え出した。

炎の魔力、それはゼッガとの戦いで使われた物と類似している魔力だったが、インジュが使った物とは程遠い物。

威力も何もかもが桁外れの力がルジェを襲った。


「ぐぅう!! がぁあ・・・んッ!!!」


反撃を。そうルジェの心は叫びを見せているが、身体が言うことを聞かないのは当然だった。

借りていたマントがルジェの身をある程度守るものの、全てを守りきる事は出来ず、まとわりつく炎の前にルジェはただ悶え苦しむしか出来なかった。


「ぐぅうぅ・・・。ッ!!?」


前方を見据えた瞬間、ルジェの目には翼が過った。


視認をしたと同時にルジェは軽々しく吹き飛ばされ叩き付けられてしまう。

地面に大きな穴が出来るほどに強烈な衝撃がルジェを襲った。


「・・・ぅ・・・ぁ」


痛みを叫ぶ事すらも許されない程の致命傷。

それでもルジェは力を入れ続ける事をやめない。


立ち上がれ、さっさと足を動かせ。

後のことなんて考える必要な無い。

ここで倒れてしまっては何も変わらない、こんな事に顔を突っ込んだ意味なんて無いのだと。


「うああああああああああーッ!!!!!」


力にならない気品なんて必要無い、もはや今の自分には何も無いのだから。どれだけの地位や名声があろうと意味を成さない事はその身をもって示した。


「あああああああああああーーッ!!!」


今は。今はただ立ち上がるだけ、まずそれだけでいい。

たったそれだけの願いを叶えるかの様にルジェは、ボロボロの身体のまま生まれたての子鹿の如く立ち上がった。全てをかなぐり捨てて動かしていた。


「はぁはぁ・・はぁはぁ・・・!」


次は? その次は?と。もはやその身体での戦いは誰が見ても無理であるのがわかるのにも関わらず、ルジェは次を求めた。

足取りも真っ直ぐ立っていられる状態ですら無い。フラフラと小刻みに左右に振られ、マントの中の硬貨が擦れる音が耳に入る度に倒れてしまってもおかしくない程に、ルジェの身体は不安定だった。


そんな中でルジェは見上げた。何かが来ると。

しかし、目に映るのは、自分の前髪で遮られた視界。もはやそこまでして自分の身体は戦う事を拒絶しているのかと思えていたルジェ。

そして、抗う事も出来ないルジェに、再び炎が、流し込まれるかの様にその身を襲うのであった。


「んんんんッあああああああーッ!!!」


もはや耐えられる物では到底無かった。

灼熱の炎の中、ただルジェの悲鳴だけが響いた。


それでもルジェは・・・。


「わたくしがッ・・・!」


一歩前へ足を進めた。


「絶対にッ・・・ぅぅうああああああ!!!」


ルジェの生命線であるマントもその限りを尽くそうとしていた。

最後の最後まで、その役目を全うする為に。


「貴方をッ・・・!」


また一歩、左右に逸れながらも、着実と前へ。感染体へと。

今もルジェのその姿に目が離せないでいる感染体。不思議とその体は小さく震えを見せているようにも思えた。

正面に、真っ直ぐにルジェを捉え続けている感染体は、まるで何かを待っているかの様に・・・。


しかし、それも、もう終わりを告げるかの様に感染体は右手を掲げた。


本当の終わり。

ルジェに向けて掲げた右手を振り下ろすだけ。

今も灼熱の炎にその身を焦がすルジェには十二分の一撃を・・・。


もはや、誰も止める事が出来ない瞬間。


ルジェは目を見開いて叫んだ。


「どんな事をしてでもッ!! 助けてやるわよッ!!!」


マントがその機能を失いルジェの体から落ちるその瞬間にルジェはマントを翻した。

そして燃え切ったマントの中へ手を伸ばした。


「ッ!!!」


ルジェの手には硬い何かが握り締められていた。

あの時と同じ感覚、セトナに無一文を突かれた時と同じ感覚。

それはあまりにも過保護な贈り物、金貨3枚。当時はそれを使ったら何を言われるかわからないとマントの中へと忍ばせ続けた。


だが、もはや今のルジェに”それ”を使わないと言う選択肢は無い。

ルジェは強く握り締め大きく息を吸った。

感染体の一撃はもうそこまで来ている。


身体はもう動かない、絶体絶命。誰もがそう口にするに決まっていた。それでも強く手を握った。


右手を。


言葉は知っていた。何度も聞いた様な錯覚を覚える程に、ルジェはしっかりと覚えている。


それがきっと、扉の前で立ち往生している自分にとっての鍵になる。

だから右手を握り締めるのだった・・・。


右手の中で眠る”それ”を。




「ライゼーションッ!!!」


ルジェがその言葉を口にしたモノ瞬間、あらゆる光りがルジェへと集まり出した。

大地の輝きをその身を震えさせるかの様に徐々に姿を消し始めた。


そしてルジェへと振り下ろさるはずの感染体の翼状の剣は真っ二つに斬り落とされた。

自らの右手が落とされたと同時に感染体はその衝撃に巨体を地面へと倒した。

宙に浮いていた感染体が本当の意味でダメージを負った瞬間であった。



「あの野郎・・まさかインジュと同じ」


フラフラの身体を無理やり動かしながらたどり着いたゼッガは、ルジェのその姿を目にした。


全身はほぼボロボロに等しく、自分以上に負傷しているのにも関わらず、ルジェの光る右手を見てそんな感想は消えた。

ゼッガにはすぐにわかった、その正体を。


ウィザライト。

インジュがガントレットとして使っていた器具。

それが3つの”指輪”としてルジェの指にはめられていた。

そしてその3つの指輪から淡く青い光りが刃の形を生成しルジェの右手を覆っていたのだった。


「いける・・これなら・・・出来るッ!!!」


髪をかきあげたルジェは、ゼッガに目をくれる事も無く飛び立った。


「・・・はぁ」


ゼッガはため息を吐きながらその場に大の字で倒れ込んだ。

そして、ふと空を見上げた。


「ぁあー・・・疲れた。疲れたぁあああああーッ!!!」


ゼッガが大声で叫んでいる中、戦いは行われていた。

しかしそれは先ほどまで考えられない光景だった。


青い閃光の如く、自在に宙を舞うルジェ。

全身の羽を伸ばし迎撃をする感染体。

もはやそこにさっきまでの一方的な戦いは行われていなかった。

ルジェが右手を振るえば感染体の羽は次々と消滅していく。ウィザライトの力はルジェの思った様に動作し、右手を覆う”光刃”の大きさを自由自在に変化させ突き進んでいた。


一方的な戦いは確かにそこには無かった。

ただルジェが圧倒していた。全てを注ぎ込むという想いをただウィザライトに乗せ、ルジェは我武者羅に戦っていた。


そんな戦いの決着は目前だった。

感染体が一度距離を置き右手の剣を修復しようと掲げた。


「させませッ!」


ウィザライトの出力を更に上げ、高速で感染体へと距離を詰めようとルジェは飛び立つが。進行を妨げるかの様に次々と爆発が発生した。


「またッ・・・ぐぅう!!!」


減速を余儀無くされたルジェ。

しかしそれが狙いと言わんばかりに次々と強烈さを増し爆炎がルジェを襲った。

今までに使われた物とは桁外れの爆炎が覆い尽くし、巨大な炎の球がルジェを閉じ込めた。


「感謝するわ・・・」


常人ならば、爆炎の中で息をする間も無く燃え尽きていたはずだが。

感染体の目の前に浮かぶ炎の球が光る。


赤い炎に反発するかの様に光る青い一閃が疾る。


「髪・・・鬱陶しく思ってましたの」


炎の球を斬り感染体の前に姿を見せたのは、自慢にも思えた両結びの髪が燃え切った短髪姿のルジェだった。


そしてルジェの勢いは止まる事を知らず、感染体へと突撃していった。


「はあぁあああああああああーッ!!!」


雄叫びと共にルジェは感染体を切り裂き、上半身の右側部を両断する。


「ッッッッッッッ!!!!!!」


言葉にならない感染体の悲鳴が響き渡る。

しかしそんな事でルジェが止まる事は無く、ルジェは更に感染体へと近付く。そしてとある部位のを握り締め。


「これが、貴方の譲れないモノ・・なのでしょ」


ルジェは強く、そしてゆっくり慎重にその手を・・・左手を握り締めた。

感染体の悲鳴がまだ続き耳障りに思えて来たルジェはこれが本当の最後だと、力を込めた。


「さっさと戻って来なさい・・・!」


引き上げるかの様に、豪快に、取り戻したのだった・・・。


「インジュッッ!!!!」


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