10◆召還
「まぁこの学校自体、悪魔使いを良くは思ってないからなぁ」
先生がペットボトルのお茶をコップに注いで、すっと私に差し出した。俯いたままそれを受け取る。
つかそのお茶もコップも私のなんですけど。何勝手にダンボールから出してんだ。自分の私物かのように差し出しやがった。
「…そりゃ、悪魔なんかに良いイメージ持ってる人なんて居ませんもんね…」
「それもそうだが、他にも理由がある」
先生は眉をしかめて、大きな悩み事を抱えているような表情で話を始めた。
「昔、この学校が出来て3年目の時に、悪魔使いの生徒が入学しに来てな。初めこそ何の問題も起こさない優等生だったが、2学期に入ってからある問題を起こした」
「ある問題?」
「自分以外の同級生が連れている霊的存在を、片っ端から滅ぼしたことだ」
えっ…
悪魔の力で、そんなことまで出来ちゃうの…?
どういう意図でやったのかはわからないけど、やろうと思えばそこまで出来ちゃうのが、悪魔の力ってことなのかな…
…怖いな。イニシアチブを持ってなきゃいけないって、こういうことにも繋がるのかも。
「それが神であれ悪魔であれ、霊的存在が滅ぼされることはこの世の調和を乱すことに繋がる。学校側はそいつを退学処分にして、現在も監視を続けているらしいが…いつまた変な気を起こすかわかったモンじゃない。そんなこともあって、この学校は悪魔使いを警戒しているんだよ」
「私…なんでそんな学校に入学出来たんだ…」
「さぁな。俺は試験に噛んじゃいないからわからないが、面接官にでも気に入られたんじゃないか?」
それは絶対ないよ…明らかにしかめっ面されたもん…それがなんで…
そんな事件もあって、なんで入学出来たんだよおお…
「まーなんだ、学校生活なんて終わりのあるモンだ。息吸って吐いてたらいつかは終わる。人生の内の一瞬だぞ?幸いこの学校で一人で過ごしてる奴は珍しくないし…な、頑張れよ」
「何の解決にもならないアドバイスありがとうございます」
はぁ…もうこの学校で過ごすことに恐怖すら覚えてきたよ!!悪魔使いにとって最悪の環境じゃんか!!
「そういやアガレスは?今朝からずっと姿が見えないが」
「あれ…また居なくなってる。ずっと居る訳じゃないんですよね、先生が来る直前までは居たんですよ?」
「そんじゃ、召喚してみてくれよ」
召喚…
………召喚…
いや、したことないが?向こうから勝手にやって来たんだが?
「お前、自分から召喚したんじゃないのか」
「はい。向こうがセールスしに来たんですよ」
「あのアガレスがわざわざ目を付けて現れたとか…マジか」
艶無先生は、どこか切羽詰まったような表情をした。
私にとってはまぁまぁ自慢出来るようなことなんだけど、何だか良くない印象を持たれているような様子だ。
「…んじゃ、授業外だが特別に教えてやろう。まぁ、悪魔は時間帯によって自発的に現れない時間帯があるから、ちゃんと来るかはビミョーだがな。主に自分より上の悪魔、アガレスならルキフゲ・ロフォカレに呼び出されている時や、自分の仕事がある時には現れない」
「えぇ…なんだかなぁ…」
「まぁまぁ、まずはお試しだ。今から教えるから、その通りにやってくれ」
先生は自らの右腕に刻まれた印章を左手で握ると、「このように、印章の箇所を手で包むように握れ」と指示してきた。
私は右手の平だから、左手の上に右手の平を重ねて、ぎゅっと握り込む。
「そのまま印章の部分に光が集まっていくイメージをして、心の内に沸く言葉をそのまま吐きなさい。ゆっくりでいい、少しずつでもいいから言葉を吐くんだ」
「はあ…魔方陣とかいらないんですか?」
「魔方陣はまだ召喚してない奴が自分の身を守る為に用意するモンだ。お前は最早その域じゃない。いいからさっさと吐きなさい」
なんでそんなお母さんみたいに急かすんだ…萎えるだろうがよお…
渋々言われた通りに、印章の辺りに白い光の玉が集まって吸い込まれていくイメージをする。刻まれた線を光が走って、ぐるぐると巡り、印章全体が一際強く発光した時。
「…現世と、」
そんな言葉が口をついて出てきた。
「常世の双方の尊厳を破壊せし、東方の大公爵アガレス。我、木屋根 桜と交わした血の契約に応じ、速やかに出で給え」
その瞬間、私の左隣の景色がゆらゆらとスプーンでかき混ぜられたように揺れ始める。
やがてその景色に溶け込むように現れたのは、赤いコートが印象的な褐色のイケメン。
そしてそのイケメンに首根っこを掴まれている、チェーンとピアスだらけの赤髪のパンクロッカー。
「アガレス、バドル…!」
《悪かったね、サクラ。こいつにはキツく言い聞かせておいたから》
アガレスがぼーん!?と乱暴にバドルを放る。
浮いてるから床や壁にぶつかりはしなかったけど、それでもバドルの顔は痛そうに顔を歪めていた。
《さて、君はアデナシと言ったかな?》
「…何故知っている」
《とぼけないでおくれよ。君は地獄でも有名な人間だ。君に世話になった悪魔はどれだけだったか…もう忘れてしまった》
アガレスが、静かな厳しい目で艶無先生を見つめる。
艶無先生が、地獄で有名…?世話になった…?
そりゃ先生はソロモン72柱の悪魔と契約してるから、有名だろうし世話にはなってるだろうけど…
なんでこんな、一触即発な空気が流れてるんだろう。
艶無先生も、毅然とした態度では居るけど、その目付きはすごく険しい。
話の見えない状況に困惑していると、アガレスはふわりと私に近寄って、ゆっくりと頭を撫でた。
その目には、まるで父親が娘を愛でるような暖かさがあった。
《うん。よく似合っているね》
「あ、ループタイ…ありがとう。そういや、鷹は大丈夫なの?」
《勿論。そのループタイを通じて健在だよ》
「エッ…そうなんだ…」
てことは、この鷹の目、生きてるってことじゃん!?こえーーーーーー!!!
私がビビり散らかしながら鷹の目と見つめあっていると、アガレスは頭からそっと手を離して艶無先生に向き合った。
《まぁ、その話は一旦止そうか。君には期待しているんだ。この子を立派に成長させてくれることをね》
アガレスは煙のように消えかかりながら、「頼んだよ、アデナシ先生」と声を残す。
やがてその場に一つそよ風が吹くと、その風に乗って煙になったアガレスは居なくなった。
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