第4話 最後の試し
「じゃ、二問目」
そう言うなり、彼女はテーブルの脇に備え付けのボックス――箸や紙おしぼりが予め入れてある――に手をやると、爪楊枝を束にして取り出した。一本一本はビニールか何かで包装されているとは言え、ちょっと行儀が悪い。しかし、重森は注意することなく、成り行きを見守るしかなかった。
「マッチ棒パズルというのがあるけれども、最近はマッチ棒を見掛けなくなったから、代わりにこれを使うわ。爪楊枝パズルね」
説明に重森は得心し、如月の指の動きを追った。テーブルに爪楊枝が並べられていく。一分足らずでその作業は終わった。
「あなたから見て、分かるようにしたつもりだけど、合っているか確かめさせて」
そう断ると彼女は席を立ち、重森の座る側に回って、テーブルを見下ろすと、一つうなずいた。
「よし、大丈夫。ちゃんと並べられているわ」
「いや、これ、そんな確かめるほどのものでもないんじゃあ……」
つい反論じみた台詞が出たのは、たいして複雑な式ではなかったからだ。そこに形作られていたのは複雑な数式やアルファベット文字なんかでなく、1000。1は爪楊枝二本を縦に並べ、0は縦の辺は二本分の長さを取り、横は一本分で、長方形に近い。とは言え、どこからどう見ても1000としか読めない。からかわれている気がした。
「何を表しているか、言ってみて」
「千だ。数字の」
「よかった、伝わっている」
「……」
やっぱりからかわれているのか? 眉根を寄せた重森に対し、元の場所に座り直した如月は、新たに五本の爪楊枝を手にしていた。
「その爪楊枝で作った1000に、五本の爪楊枝を加えて、最も大きな数字を作るには、どう配置すればいいかしら」
問題を告げると、如月は手にしていた五本の爪楊枝をテーブルに置き、滑らせる風にして重森の方へ送った。
重森が受け取る間、出題者は条件を追加する。
「禁止事項がいくつかあるわ。元の1000を動かしてはいけない。当然、爪楊枝を折ってはだめ。漢数字の使用は認めない。数字の8を寝かせたような無限大の記号を使うのもなしにしときましょうか。他にも禁じたい手はあるかもしれないし、これ以上禁止事項を列挙するとヒントにつながりかねないから、あとは正彦君が思い付いたときに聞いて」
「分かった」
重森は首肯して、すぐに考え始める。
(普通に考えたら、かけ算か。掛ける記号に二本使うから残り三本。三本で表せる最大の値は……111。でも、これっていいのかな?)
「如月さん、数字の大きさは揃えなくちゃいけないのかな? たとえば1なら、元の1000の1と同じように、二本使って表現しなければならないのかどうか」
「なかなかいい質問よ。そうねえ、最初に置いた1000に位を書き足すのであれば、同じサイズの数字にすることを要件とする。でもそれ以外の場合は小さくてもOK」
「ふうん、分かった、ありがとう……」
生返事気味の礼を述べる。このとき重森の頭にあったのは、1000をどうにかして上下に分けられないかというアイディアだった。元の1000のサイズが小さくなれば、都合がいいと思ったからだが……しかし、どうやっても、元の1000を動かしてはいけないというルールに抵触する。この案は放棄だ。
(やはり、かけ算だよな。でも、残り三本でできる数字が111では高が知れてる。雁に1000の前に一本、縦に置いて11000にし、これに11を掛けても似たようなもの。持っとこう、思いも寄らない方法がありそうで怖い。今、如月さんが言った、それ以外の場合は小さくてもOKってのが気になる)
「もうすぐ五分経過よ。解答しなくていいのかな、高杉君?」
小学生に戻ったみたいにはしゃいだ声になっている如月。
「もう? だめ元で一度、答えておかないと損か。いや、無駄に頭を使うより、早めにヒントがもらえるならその方がいい」
「そう? ヒントを早く聞いたからって、その分、時間を増やしはしないわよ。五分は五分」
「承知してる。さあ」
「うーん、そうね……『事情を考えて』といったところかしら」
「『事情を考えて』?」
おうむ返しをした重森。おうむ返しはときと場合によっては馬鹿みたいに見えるから、あまりやらないよう心掛けているのだが、現在、そこまで気を回す余裕がない。
(事情、じじょう、か。あっ、数学で“じじょう”と言えば二乗だ。ええっと、爪楊枝五本で2を作って、1000の向かって右肩に置けば1000の二乗になるけど、計算してもやっと百万。これなら二乗に拘らず、1000の11111乗した方が大きくなる。具体的にはいくつになるのか分からないが)
「あの、携帯端末の電卓で計算してもいい?」
「だめよ」
即答で拒否された。
「私自身、急遽こしらえた問題だから、本当に正解かどうか確認はしてないのよね。計算結果の値も分からないし。ただ、とてつもなく大きな数になるのは確か」
「そりゃそうだろうけど」
(1000の11111乗だと、ストレートすぎないか? ヒントが二乗を示唆して、それをちょこっと変えただけだ。さらにでかい値にするには……1000を11000にして、それの111乗とかはどうだ? ……いや、やっぱり1000の11111乗の方が大きい。これくらいなら感覚で分かる。
べき乗の指数11111といったら相当だ。この指数を小さくして、底である1000を一桁大きくしたくらいでは、届かない。
となると、あとは……そうか、指数そのものを11111よりも大きくすればいい。そしてその方法はある!)
閃きに感謝した重森。ただ、思考の結果、思い浮かんだのは二つの候補。咄嗟にはどちらが大きいのか分からない。焦りもあって、決めかねた。
「如月さん、残り時間は何分?」
「二分十四秒。バレンタインデーと同じね」
二分あれば、おおよその見当は付けられる。そう踏んだ重森は、頭の中で簡単な概算を試みた。そして結論に達した。他に、より大きな数になる式があるかもしれないが、もう時間もない。
「あと三十秒で五分よ。そろそろ答を聞かせてくれる?」
「いいよ。答は、1000の11の111
「……声で言われただけじゃ分かりにくいから、爪楊枝を並べてよ」
その言葉に従い、重森は持っていた爪楊枝五本を、自らの解答の通りに並べた。
元々の1000の右肩に、まず爪楊枝二本を並べて11に見立て、さらにその11の右肩に爪楊枝三本を並べて111とする。これこそが1000の11の111乗乗だ。
補足すると、1000の(11の111乗)乗と記せば少しは分かり易くなるだろうか。間違っても、1000の11乗の111乗と読んではいけない。そう読める式を記述するには、別の箇所に丸括弧が必要となり、爪楊枝パズルでは実質表現不可能と言える。
「どう……かな?」
「正解よ、多分ね。私が思い付いていた答と一致しているから、よしとするわ」
「助かった。確信が持てなかったんだ」
あまり執着しているとボロが見付かるかもしれない。ここは次、最後の問題に移るのがよさそうだ。重森は相手に出題するよう求めた。
「ラストの三問目はね、候補が複数浮かんで、色々迷ったんだけど」
ボックスの引き出しを開け、爪楊枝を元通りにしつつ、ゆっくりと話す如月。
片付け終えると、今度は生徒手帳とペンを取り出した。手帖の一ページにペンで素早く何やら書き付けると、それを破り取ってテーブルに置いた。
「これに決めたわ」
重森へと向けられた紙には、“私とあなたの妹、大事なのはどっち?”と書かれていた。
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