トロフィーを奪われた僕は、学年一の美少女の告白から逃れたい

@Arabeske

第1章:トロフィーを奪われた僕は、学年一の美少女からの告白を逃れたい

第1話


 トロフィーワイフ。

 若くてスタイルの良い、誰もが羨む女性。

 

 キラキラと輝く外観は優勝トロフィーのよう。

 トロフィーを巡る争いに名を挙げ、射止めた者だけが手にする「栄冠」。

 

 ぜんぜん、羨ましくない。

 まったく。微塵も、これっぽっちも。

 

 誰もが羨む、ということは、それだけ所属先が安定しないということだ。

 Here Comes a Another New Challengers!! が永久に続く人生などぞっとしない。

 関係を維持するためだけに生活水準を必要以上に切り上げなければならない。

 みせびらかしを維持するために稼ぐ生活などまっぴらごめんだ。

 

 それに、トロフィーは、実務ができない。

 チヤホヤされ続けているのだから、まわりが仕事を教えてくれない。

 「あ、俺かわりにやってやるよ。」みたいな鼻の下を伸ばした男どもが

 仕事を覚える機会を永久に奪い続ける。

 

 でもって、トロフィーは、錆びる。

 羨まれ続けていたのだから、チヤホヤされ続けていたいに決まっている。

 顔面工事への投資額は経年劣化するたびに上昇する。

 その経費をすべて自弁し続けられるわけがない。


 挙げて行ったら、キリがない。

 トロフィーなど、人生に、まったく必要がない。

 輝きは、滅びの証だ。

 

 そもそも、トロフィー自体、置き場を取るだけ無駄なものだ。

 隣でおはようと笑いながら他の男を物色するコスト高なトロフィーなぞ

 見向きもしたくない。


 クラスで12番目くらいの、

 世田谷区桜新町の穴子君と同じ声の不動産屋の明るく振舞う娘が、

 28歳くらいになったタイミングからの琴瑟相和な日々で十分なのに。


 ……なんとか、やり過ごさなければ。


*


 恋は、するものではなく、落ちるものだと言う。

 


 柏木凜音。


 

 二年一組の学級委員長。

 一学期末試験では次席。50メートルを6秒91で疾走するフィジカルスキル。

 

 透き通る白磁を思わせる肌、澄み切った瞳、

 柔らかさと艶やかさを兼ね備えた黒髪。

 凜としているのに儚げで、なのに愛らしい。

 横田美晴の画集から浮かび上がってきたようなフラジリティ。

 男から見て、パーフェクトに限りなく近い美貌。

 

 ……その瞳が、潤んでる。

 赤らんだ首筋が上気し、朱桃色の唇を開いては、

 並びのいい歯で言葉を呑み込んでいる。

 ……これで気づいていない僕は、どれだけ鈍感なことになっているのやら。

 

 「おはよう、柏木さん。

  今日も早いね。」

 

 ただ、時を、延ばしているだけ。

 

 「!?」

 

 白磁が一瞬にして朱色に染まる。

 息づかいが、鼓動が、仕草から伝わってくる。

 これもう無理じゃないか。


 「あ……ぉ、ぉ、ぉはょぅっ。」

 

 助かった。リアクションがあった。

 もう少しだけ伸ばせるかもしれない。

 

 話しかけたくはないが、話しかけないわけにもいかない。

 なぜって、柏木さんが無残に落ち込む。

 落ち込んだら、沓名さんが僕を責めに来る。


 やり過ごさなければならない。

 

 二組に、誰かが来るまで。

 一組の誰かが、柏木さんを呼びに来る時間まで。

 

 おそらく、五分も掛からない。

 その五分が、永遠のように感じる。


 話を、そらし続けなければならない。

 気づいていないことを前提に、かつ、自然に。


 「今日も髪、すごく綺麗だね。

  丁寧に毛先まで整えている。

  艶やかに輝いてる。偉いね。」


 髪の手入れは大変だ。

 長い髪になればなるほど、先に栄養が行きづらくなる。

 少し手入れをサボるだけで、パサパサの枝毛になってしまう。

 髪は女の命、という言葉は、幾ばくかの真理を含んでいる。


 「ブレザーもお洒落に着こなしつつ、

  清潔感もあって、いつもながら流石だね。」


 ひざ丈スカートや靴下の清楚さは流石に誉められない。

 セクハラになってしまう。

 

 …ネタが、もう、なくなった。

 容姿は褒められ慣れてるだろうから、聞くのも嫌だろうし。

 誉め言葉のストックが少なすぎたのが父親の末路の原因だろうか。

 

 柏木さんを見ると、俯いてしまっている。

 頬が、首筋が、上気した朱色に染まっている。

 恥ずかしいのかもしれない、いろいろ。こっちだって恥ずかしい。

 

 「……ぁ……。」

 

 柏木さんが、俯いていた面を、ゆっくりともたげていく。

 頬が血管の奥まで真っ赤だ。

 

 「……その……あの……っ」


 口の中に、言葉を浮かべようとして、舌が、縺れて溶けていく。

 

 「うん。」

 

 「ゆっくりでいいから」、なんて言わない。

 

 これが罰ゲームであったらどんなに楽だろう。

 

 「ぁ、っ………。

  ………。」

 

 柏木さんが、また、無言になった。

 顔を真っ赤にしながら、口だけが、ぱく、ぱくと開いている。

 見ようによってはホラー映画のワンシーンにも通じる。

 

 がらっ

 

 「……また、か……。」

 

 あれ、沓名さん。

 意外だ。部活の朝練は良いんだろうか。


 「!

  し、し、しのぶちゃんっ……。」


 涙目になりながら沓名さんを見上げる柏木さんの姿を客観的に捉えれば

 どう考えてもこっちが清純派美少女に悪事を行ったようにしか見えない。


 はぁ。

 だから、嫌なんだ。

 

 スレンダーでジェンダーレスな沓名さんは、

 僕と、柏木さんを交互に眺め、ハイショートの髪をかき上げて溜息を漏らすと、

 柏木さんの手を、少し強く取った。

 

 「ほら、凜音。」

 

 「で、でもっ……。」

 

 「もう他の生徒も来るぞ?」

 

 「っ!」

 

 低く通る声に俯いた柏木さんは、沓名さんに引っ張られて教室を去っていく。

 去り際、沓名さんが、いつものように僕を責めるように睨む。

 

 ふぅ。

 

 ……こんなことも、あと、二日だけだ。

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