第37話 ユリウスとナターシャ
「な、ナターシャ様、お話とは一体・・・。」
俺はナターシャの前に座り、恐る恐る聞いてみた。
「小僧、何か隠しておらぬか?」
そう言うと、ナターシャの鋭い眼光が俺を捉えた。さすがに怪しまれているか・・・。
「先程の話も出てきたが、今日も初級魔法で『レクス・アラクネ』を倒したそうじゃのぅ。閻魔種とは、本来ならば、Aランク冒険者たちがグループを組んで、ようやく倒せるレベルじゃ。一介の『ウィザード』ごときでは、到底太刀打ちできんと思うのじゃが?」
・・・ですよね~。もちろん、自分でもおかしいと思ってますよ・・・。まぁ、魔力量のせいだろうけど。
「た、たまたまですよ・・・。」
「あ゛ぁ゛?」
「いえ、何でもないです。」
ナターシャのえげつない圧力に負けて、つい謝ってしまった。この幼女、怖すぎるんだけど!!
「はぁ~・・・。小僧の魔力量は、一体いくらなんじゃ?閻魔種を一撃で倒したことといい、ザハール部隊を倒したことといい・・・。これまでの話から推定するに、小僧の魔力量は10万を遥かに超えておらんか?最低でも20万はあるじゃろ?ただ、それは全力で初級魔法を使ったということが前提での話じゃがな・・・。威力をかなり落とした初級魔法で閻魔種を一撃で倒したとなれば・・・100万以上は確定じゃな。」
「いや、あはははは・・・。」
100万なんて桁ではないんだが、それでもこの世界では、あり得ないほどの魔力量なのだろう。ここは苦笑いで乗り切るしかない!というか、さすがギルドマスター、めちゃくちゃ鋭い・・・。
「どうしても言えないんじゃな?」
「いや、まぁ・・・。」
ナターシャなら正直に話してもいい気がするのだが・・・。でも、伝説の勇者を超える魔力量なんて、信じてもらえるかどうか・・・。
「ふぅ~、まぁいい。沈黙も一つの答えじゃ。儂は小僧を、ロイに匹敵する、魔力量100万以上の英雄級ウィザードとして認識しておく。それで問題はないじゃろ?」
「・・・・・・えぇ、それは構いません。」
再びナターシャの眼力に負け、俺は肯定した。まぁ、このことを否定する意味もないしな。実際、一撃で倒したのは事実だし。
「お話はそれだけですか?」
「いや、それはメインではない。」
・・・おっと、メインディッシュがまだだったんですね。すでにチビりそうですが、大丈夫ですか?
「実際問題、小僧の魔力量は気になるところじゃが、それよりも重要なのはレティシアの件じゃ。」
「レティシアですか?」
レティシアに関する問題なら、レティシア本人を残して話しするべきだが、なぜ俺だけなのだろう。
「あの娘をめぐっては、相当厄介な問題になりそうじゃ。」
「というと?」
「実はミナージュ家には、黒い噂があってのぅ。」
「黒い噂ですか?」
「あぁ、ミナージュ家は忌むべき『黒南風』と繋がっているかもしれんのじゃ・・・。」
「えっ!?」
・・・マジかよ。
ミナージュ家は代々、プロメシア連邦国に仕えている古参の貴族だ。その貴族が「黒南風」と内通しているなんて、国家を揺るがす重大問題じゃ・・・。
「それは事実なのですか・・・?」
「儂も調査中じゃ。ただ、ミナージュ家全員というわけではない。現ミナージュ家の当主で、レティシアの父であるマシュー・ミナージュが最も怪しいと思うのじゃが・・・。」
「確たる証拠がないんですね・・・。」
「小僧の言う通りじゃ。マシュー・ミナージュの息子で、レティシアの兄にあたるジャック・ミナージュが色々と裏で動いて、『黒南風』との繋がりを抹消しているようでのぅ。なかなか、尻尾が掴めんのじゃ・・・。」
確かに、この話はレティシアにできるわけがないな。実の父や兄が「黒南風」と繋がっているなんて聞いたら、相当ショックだろう。それに、「黒南風」と内通しているということは・・・。
「もしかして、レティシアに今後、『黒南風』の刺客が送られてくるのではないですか?」
「さすが小僧、察しがいいのぅ。」
レティシアが成人するまで育てあげた理由はよく分からないが、ミナージュ家にとって、レティシアは忌み子に違いない。ミナージュ家から追放し、「黒南風」がレティシアを殺害する。そういう魂胆なのだろう。ただ、それでも、いくつか引っ掛かる。
「ただ、奇妙ですね・・・。ミナージュ家としては、レティシアが『モノ』だと分かった時点で殺害をするのではないでしょうか・・・。事故死だの、病死だの言い訳をつければ、簡単に葬りさることができると思うんです。」
「言葉はちと乱暴だが、その通りじゃな。」
「それに、わざわざミナージュ家から追放する必要があるのでしょうか。『黒南風』と繋がっているのであれば、追放する前に『黒南風』に刺客を頼んで殺害する方が良いのでは?」
「ワハハハ!小僧、意外に頭が回るようじゃのぅ。」
・・・「意外に」は余計だけどな。
「儂もその辺が腑に落ちないんじゃ・・・。まぁ、だからこそ、ミナージュ家の調査を秘密裏に進めているところなんじゃが。・・・・ということで、小僧。」
何となくこの後の発言は予想がつく。まぁ、その要請は快諾するつもりだけどな。
「レティシアを『黒南風』の刺客から守ってやってほしいのじゃ。」
「話の流れ的に、そう言うと思いましたよ。もちろんです、レティシアを必ず守り抜きます。」
「ミナージュ家の調査は、儂が個人的に行うからのぅ。小僧、レティシアを頼んだぞ。」
「もちろんです。」
ナターシャと俺は、熱い握手を交わした。まさか、ギルドマスターと協力することになるとは・・・。
「ただ、小僧、油断はするなよ。この宮殿も、少しきな臭いんじゃ・・・。300年培われた儂の勘が、そう言っておる。」
「ということは、この宮殿内に『黒南風』が潜伏していると?」
「そうじゃ、しかも相当な手練れの気がするのぅ。いいか、気をつけるんじゃぞ。」
プロメシア連邦国の国王の宮殿に潜伏するなんて、あり得ないと思うが、300年生きているナターシャの勘が外れているとも思えない。ナターシャの調査が終わるまでは、宮殿の内外でレティシアを守護しなければ。
「分かりました、ご忠告感謝いたします。」
俺はナターシャに一礼し、その場を去った。そして、すぐにフィオナとレティシアに会いに行った。
まず、俺はフィオナにナターシャとの話の概要を伝えた。恐らく、ナターシャはフィオナが「モノ」であり、魔法もあまり使えないため、この話をしなかったのだろう。愛弟子を危険にさらしたくない師匠心というものだ。
ただ、今のフィオナは俺があげたブレスレットによって、「ウィザード」になっている。レティシアの安全を確保するためにも、フィオナには伝えるべきだろう。
「分かった、私もレティシアを絶対に守る。ユリウス、話してくれてありがとう。」
俺の説明を聞き終えると、フィオナは二つ返事で承諾してくれた。
「私はこれまで無力だった・・・。けど、ユリウスが魔力をくれたおかげで、誰かを守ることができる。本当にありがとう、ユリウス。」
レティシアを守護できる力が手に入り、フィオナは相当嬉しそうだった。やはり、ブレスレットをプレゼントして良かった。
・・・その笑顔は反則だろ。
その後、フィオナと少し相談し、レティシアを含めた「黒南風」対策を講じることにした。
続いて俺は、レティシアの部屋をノックした。ナターシャの計らいで宮殿のいくつかの服装が貸し出されたようで、レティシアは気品溢れる服装に身を包んでいた。
「あの、ユリウスさん?」
「・・・え、いや・・・。」
・・・おっと、思わず見惚れてしまったぜ。俺の網膜に焼き付けておこう。
「すまん、突然。」
「いえ、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」
俺はナターシャとの会話は伏せ、『モノ』であるレティシアを「黒南風」が殺害しようとするかもしれないという話をした。
「確かに、その可能性はあると思いますが、ここはプロメシア連邦国の宮殿ですよ?さすがに安全なのでは?」
レティシアの言う通りだろう。わざわざ、国家最大級の警備を敷く宮殿に入ろうとするなんて、まずあり得ない。ただ、その一方でナターシャの警鐘は信じるべきだと思う。俺の感じ方的に、彼女の先程の発言は、決して冗談ではなかった。
「まぁ、そうなんだが、一応念のためにな。そこで、レティシアにお願いがあるんだが・・・。」
「はい、何でしょうか?」
俺はフィオナとも相談して決めた「黒南風」対策を話した。そして、レティシアは満面の笑みで、その話に乗ってくれた。
・・・よし、これで、とりあえずは大丈夫だろう。
閻魔種の調査もしながら、「黒南風」からレティシアを守るのは、なかなか骨が折れる。だが、これも俺の目的を達成するために必要なことだ。全身全霊でいかせてもらう。
その日の夜は、特に何も起きなかった。恐らく、ナターシャが1泊したのが大きいのだろう。「黒南風」とはいえ、セルスヴォルタ大陸のギルドマスター。大陸最強(最恐?)とも目される人物に喧嘩を売る気はないようだ。さすが、生ける伝説。
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