第31話 質疑

 「迎賓の間」に入った瞬間、空気が一気に厳かになった。十数mぐらいの横幅のレッドカーペットが玉座まで敷かれており、俺たちはギオンとオズヴァルドに先導されて、一歩一歩ゆっくり歩いて行った。


 レッドカーペットの左右には、ゴージャスな恰好をした貴族と思しき人々が立っており、俺たちをジロジロと見ている。ただ、そのほとんどが蔑視であり、「モノ」に対する差別意識は、貴族ほど強いと感じる。


 レッドカーペットを50mほど歩くと、国王ドロテオが深く腰掛ける玉座の前に到着した。国王ドロテオは、「歴戦の猛者」と呼ぶに相応しい風格で、筋骨隆々の体つきだ。年齢は、50代後半ぐらいだろうか。オーラが半端ない。


 国王ドロテオの御前になると、ギオンとオズヴァルドが片膝を立てて、頭を低くしたので、俺たちも同じような動きをする。


 「国王陛下、財務卿オズヴァルド・ブラウンが申し上げます。先日、リヴァディーア州、州都レミントン西部、ウェグザムにおいて、『黒南風』の幹部ザハール率いる部隊を捕縛した、ユリウス殿とフィオナ殿を連れてまいりました。」


 オズヴァルドのドスの効いた、それでいて凛々しい声が「迎賓の間」全体に響いた。


 「ご苦労であった、オズヴァルド。もう、下がってよいぞ。」

 「はっ、失礼いたします。」

 「ギオンも案内、ご苦労であった。お前も、下がってよい。」

 「はっ、ありがたきお言葉。失礼いたします。」


 国王ドロテオの指示に、オズヴァルドとギオンがうやうやしく頭を下げ、レッドカーペットの脇に移動した。


 「面を上げよ、ユリウス殿、フィオナ殿。」


 俺たちは言われるがまま、ゆっくりと顔をあげた。


 「先日の『黒南風』の捕縛、大儀であった。その功績を讃え、褒賞金を授与する。」

 「恐悦至極に存じます。」

 「え、あ、き、恐悦至極に存じます。」


 何というべきか分からなかったので、とりあえず俺は、フィオナの言動を真似することにした。国王ドロテオは、玉座の左横で直立していた人物に、褒賞金が入っていると思われる柳色の袋を2つ手渡した。すると、その人物は丁寧に玉座前の階段を降り、俺たちの眼前で立ち止まった。


 「では、宰相マリアーノ・ウォーカーを通じて、褒賞金を賜与する。遠慮なく、受け取るがいい。」

 「拝受します。」

 「は、拝受します。」


 俺たちは、宰相マリアーノから深々と一礼し、褒賞金を受領した。


 ・・・えっ、めっちゃ重っ!!白金貨ってこんなに重いの!?


 褒賞金が入った袋の重さに驚いていると、国王ドロテオが授与式の解散を宣言した。


 「では、これで褒賞金授与式を終了する。集まってくれた貴族・王族の諸君、感謝する。」


 国王ドロテオの発言が終わると、レッドカーペットの左右で待機していた貴族・王族たちが次々に「迎賓の間」から退出していった。帰る途中には、「なぜ、『モノ』の分際で褒賞金が出るんだ。」、「きっと不正したに違いないわ。」、「『モノ』がエルダグラードに入るなんて、前代未聞だぞ。」、「国王陛下は一体何を考えているのか。」と、ヒソヒソと言っているのが聞こえた。


 ・・・おいおい、せめて、「迎賓の間」から完全に出てから言えよな。全部聞こえてるって。いや、わざと聞こえるように言ってるのか。性根が腐っている連中だな。



 貴族たちの陰口に少し苛立ったが、今後会うこともない連中なので、気にしないことにした。そして、5分ぐらいすると、貴族・王族たちが全員退出し、宰相マリアーノ、財務卿オズヴァルド、執事長ギオン、国王ドロテオ、俺、フィオナだけになった。


 貴族・王族たちが全員退出するのを確認した国王ドロテオは、おもむろに口を開いた。


 「貴族や王族の多くは、スキルが一つしか持っていない者を見下す傾向にある。気分が害してしまったな。すまない。」


 国王ドロテオは、悪口を言っていた貴族・王族を非難し、俺たちに謝罪した。一国の王が、『モノ』である俺とフィオナに、何のためらいもなく頭を下げたので、非常に驚いた。隣のフィオナを見ると、目がマジで点になっている。


 「えっ、こ、国王陛下が、自分たちに頭を下げてもいいんですか・・・?」

 「ハハッ、構わんよ。」

 「いや、少しは構ってください、陛下。」


 俺の質問に国王ドロテオは即答したが、オズヴァルドは呆れた口調で反論した。


 「誰に対しても分け隔てなく、公平に接するところが陛下の美点ですが、ご自身の立場も弁えてください。」

 「はいはい、分かっておる、分かっておる。」

 「分かっていらっしゃらないから、何回も申し上げているんですが・・・。」


 オズヴァルドと国王ドロテオの会話から推察するに、国王ドロテオは、君主として相応しい資質を備えているのだろう。この世界の国王全員に会ったわけではないが、『モノ』であっても差別することなく、公平に扱う国王はきっと珍しいと思う。それに、オズヴァルドも遠慮なく国王に諫言しているので、非常に良い君臣関係が構築されているのが分かる。


 「ユリウス殿、フィオナ殿、私の方からも二つ謝罪させてくれ。」


 国王との一連の会話を終えると、おもむろにオズヴァルドが俺とフィオナに向かい、スッと頭を下げた。

 

 「えっ、何でしょうか・・・。」

 「一つ目は、道中の護衛騎士たちによる非礼だ。不快な思いをさせてしまった。申し訳ない。」

 「い、いえ、それはもう済んだことですから。」


 俺たちの眼前で、オズヴァルドがすぐに騎士たちを叱責したのだ。今更、謝る必要なんてないと思うが、やはり素晴らしい人格者だ。尊敬する。


「二つ目は、褒賞金の額だ。本来であれば、白金貨50枚が妥当なのだが・・・。先程の通り、多くの貴族が反発していてな・・・。結果、本来の褒賞金の5分の1になってしまった。財務卿として、非常に情けなく思う。申し訳ない。」


・・・へぇ~、「黒南風」の幹部クラスを捕縛するとなると、褒賞金もかなり多いのか。


 褒賞金の相場なんて全く知らなかったが、オズヴァルドとしては非常に悔しいのだろう。「モノ」への差別が蔓延るこの世界で、オズヴァルドは「モノ」にとっての大きな希望となっているに違いない。


 「いえいえ、そんな。私たちにとっては、十分すぎる金額です。顔をお上げください。」


 フィオナも面食らった感じだったが、すぐにオズヴァルドの言葉を受け止め、返答した。


 「そういえば、陛下。ユリウス殿にお尋ねしたいことがあるのでは?」


 会話がひと段落したとき、執事長のギオンが思い出したかのように、国王ドロテオに尋ねた。


 「おぉ、そうだった。貴族たちを先に帰したのは、それを聞くためだったからな。」


 ・・・ん?俺に聞きたいこと?何だ?


 「ユリウス殿、一つ聞きたいことがあるのだが、良いかね?」


 ・・・いやいや、一般人である俺に拒否権ないだろ。ここで、某ドラマの大和田のように、「死んでも嫌だね!!」なんて言えば、「じゃあ死んでくれ」となって、そのまま処刑されそうだ。


 「もちろんでございます。」


 俺は満面の笑みで、答えた。


 「快諾、感謝する。」


 国王ドロテオは軽く会釈したが、そのあと真剣な表情に変わった。先程の褒賞金授与式と同じ顔つきであり、俺もかなり緊張してきた。


 「ユリウス殿もご存知の通り、各州の警察隊が取り調べで得た情報は原則、国王である吾輩とその重臣に報告されることになっている。」


 ・・・はい、初耳です。是非とも、初耳学で取り上げてほしいですね。


 「そして、ここからが本題だが・・・。」


 国王ドロテオは、たっぷりと間をあけ、


 「ザハールたちは、ユリウス殿が『相手の魔力を全て奪うスキルを持っている』と供述したそうだ。・・・実際、貴殿はそのスキルを本当に持っているのかね?」


 ・・・案の定の質問だな。


 ザハールたちをレミントンの警察隊に引き渡したあと、フィオナの指摘で俺のチートスキルが表に出ることが分かっていた。ただ、幸か不幸か、チートスキルの内容を把握しているのは、レミントンの警察隊、国王ドロテオ、国王の重臣だけのようだ。もちろん、ここで正直に話してもいいだろう。むしろ、正直に言っておけば、禍根を残さなくて済む。


 ・・・でも、何か、言ってはいけないような気がするんだよな。すごい不思議なんだけど。


 自分でもよく分からないが、この場でアルカナスキル【神奪】を公にしてはいけないと、俺の何かが訴えかけている。まるで、今この場所に厄介な敵がいるような・・・。


 ・・・う~ん、気のせいだと思うけど、一応やめていくか。


 俺は、原因不明の違和感を信じることにしてみた。異世界に来て以降、初めての感覚なので、信憑性の欠片もない。しかし、根拠なき直感が「言わない方が絶対に良い」と訴えかけている。俺は、その直感に賭けるのが正解な気がする。たぶん、知らんけど。


 「そうですね・・・。持っているとも言えますし、持っていないとも言えます。」

 「・・・それは、どういう意味かね?」

 「自分は、『相手の魔力を一部だけ奪うことができるスキル』を持っています。そして、ザハールたちを倒すために、相手の魔力を一部だけ奪うアイテムを何個も用意していました。」

 「ふむ、続けてくれ。」

 「自分のスキルで、ザハールたちの一部の魔力を奪い、残り全ての魔力を・・・このフィオナが、アイテムを使って奪取したというわけです。」


 もちろん、これは大嘘である。「魔力を奪ったこと」それ自体を否定してしまうと、すぐに看破されてしまうので、「スキルとアイテムの併用で魔力をゼロにした」と事実を塗り替えることにした。ただ、突然、自分の名前が登場し、使った記憶がないアイテムをバンバン使用したことにされた、隣の美少女は無言でキレていた。


 ・・・フィオナさん、俺の足めっちゃ踏んでますよ。激痛が走っているんですが・・・あっ、目がマジだ。めちゃくちゃ充血してるし。


 「・・・なるほど、そういうことだったのか。」


 国王ドロテオは納得したように頷き、「うんうん。」と何度も首を縦に動かしていた。


 ・・・よし、嘘だとはバレてない!このまま逃げ切る!


 「ユリウス殿、私からも質問よろしいでしょうか?」

 「もちろんです。何でしょうか?」


 一安心したと思ったら、今度は執事長のギオンが目を細くさせて質問してきた。


 「その魔力を奪うアイテムは、一体どこで手に入れたのですか?」


 ・・・まぁ、そう来るよね。


 ギオンの質問は、至極当然だろう。だが、ここでどう答えるかが非常に難しい。「教えられない」と答えれば、信憑性が低くなる。一方で、「ここで買いました」と答えれば、本当にそこで買えるのかどうかを、国王が臣下に命令して確認させるはずだ。そうなれば、嘘だとすぐにバレてしまう。


 ・・・う~ん、どう答えるのが最適なんだ・・・。難しいな・・・。


 俺は少し逡巡したが、残念ながら最適解を導き出せなかったので、最終手段をとることにした。


 「すみません、そのアイテムはフィオナが自分に渡してくれたものなので、彼女に聞いていただければと思います。」


 そう、最終手段とは・・・「フィオナに丸投げ」である。我ながら、完璧な作戦だ。当然、フィオナは国王やギオンたちに背を向けつつ、鬼ような形相で俺を睨んでくる。「お前、あとで覚えておけよ。」と怒り狂った目で威嚇する姿は、美少女とかけ離れていて、何だか逆に面白い。


 ・・・俺の右足よ、未来のために犠牲になってくれ!!回復魔法で必ず治すから!!


 俺は、フィオナの全体重が乗り、メシメシと音を立てている右足に別れを告げた。


 ・・・もしかして、俺の身体強化、フィオナに対してだけ無効になってる?

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