第16話 魔法書
朝食を済ませたあと、俺は衣服や日用品を買うため、ウェグザムをぶらぶらと散策することにした。トゥーリやモルガンさんに、オススメの服屋や生活用品店の名前とその位置を、簡単な地図で教えてもらい、街へと繰り出した。
相変わらず、「トレビの泉」に似た巨大な噴水広場は、多くの人で賑わっていた。向かいの紹介所は、また金欠気味になったら行こう。エルマさんにも、また会いたいし。俺は、紹介所に後ろ髪を引かれつつ、本来の目的地である「エトワール」というアパレルショップを目指した。噴水広場から歩いて、5分ぐらい経っただろうか、地図の通り、右手に「エトワール」と丸文字っぽく書かれた、木製の看板を見つけた。
・・・ここが、「エトワール」か。う~ん、思いのほか、小さな店だな。
「エトワール」は、「幸福亭」よりも一回り小さい2階建ての建物で、1階がショップ、2階が仕立て・作業場という感じだ。でも、トゥーリが「ここが一番オススメです!」と力強く推していたからな。期待しよう。
俺は早速、木製の丸い板に金属製の取っ手がついた扉を引き、「エトワール」の中に入った。店内は、外観でイメージしていたよりも結構広く、奥行きのある建物だと分かった。生前のアパレルショップと同様に、様々な種類の服がずらっと並び、色々と目移りしてしまう。
「「「「「いらっしゃいませ~!」」」」」
3名の女性店員と2名の男性店員が働いており、それぞれ別のお客さんと接客中だったが、俺に気づいて挨拶をしてくれた。何とも嬉しい対応だ。
俺は適当に普段着を何着か買おうと思い、店内を色々と見て回った。服の生地については、木綿や麻に近いものもあれば、この異世界特有の魔物の毛を使用したものもあった。転生前から、あまり服に興味のない俺は、肌触りや着心地の良さで決めていたので、今回もそうしようと思う。
良さそうなものをいくつか試着し、いよいよ購入する服が決まった。すると、接客が終わったのか、一人の女性店員が近づいてきた。
「いらっしゃいませ。ご購入される商品はもうお決まりになりましたか?」
「あ、はい。」
声をかけてきたのは、キリッとした顔立ちで、赤髪をポニーテールでくくった、ザ・キャリアウーマンの品格を醸し出す女性だ。年齢は、30代半ばといったところか。胸の名札には「シンディ」と書いてある。
「私、この『エトワール』の店長をしております、シンディと申します。お客様、見ないお顔ですが、初めてでいらっしゃいますか?」
「そうです、知人の紹介で来ました。」
「それは、誠にご来店ありがとうございます。心から感謝申し上げます。」
シンディは言葉遣いが丁寧で、佇まいも優雅だ。ただ、個人的には、少しかたい感じもする。もっと気楽に話してくれてもいいだが・・・。
「お客様がそちらに持っていらっしゃる商品が、ご購入を検討されている物でしょうか?」
「はい、そうです。会計をお願いします。」
「かしこまりました。どうぞ、こちらへ。」
シンディのあとをついていき、お会計を済ませた。下着や靴下なども購入したので、合計で金貨1枚と銀貨4枚だった。かなりの出費だが、まぁ致し方ない。
「またのご来店をお待ちしております。」
帰る際に、扉を開けてくれたシンディに軽く一礼し、俺は「エトワール」をあとにした。
・・・店内の雰囲気といい、接客態度といい、なかなか良かったな。次もここに来よう。
「エトワール」をあとにし、続いて俺は日用品を買い揃えるため、モルガンさんオススメの生活用品店に向かった。差し当たっては、生前で言うところの「ホテル暮らし」に近いスタイルで、生活するつもりだ。だから、生活用品といっても、フェイスケア用品と歯ブラシセット、安い腕時計だけを購入した。
とりあえず、今日購入する予定の物はすべて買った。ただ、衣服や生活用品を入れた袋で両手がふさがっており、ウェグザムの散策するのには、なかなか不便な状態だ。
・・・魔法が発展した世界なら、アイテムボックスとか、4次元ポケットとか、あるんじゃないか?帰って、トゥーリやモルガンさんに聞いてみよう。
俺は荷物を先に宿に置こうと考え、「幸福亭」に直帰することにした。生活用品店から帰る途中、「テルマエ」と大きな文字で書かれた銭湯みたいな施設を発見し、俺は心の中で狂喜乱舞した。
・・・よっしゃー!!!!!!今晩は、絶対ここに来るぞ!久しぶりの風呂だぁ~!!!!!
あまりの嬉しさに、俺は「幸福亭」まで、スキップしながら歩いた。「幸福亭」に到着し、年季の入った扉を開けると、やはり客は誰一人いなかった。この店の経営は、本当に大丈夫なのだろうか・・・。
「おかえりなさい、ユリウスさん!お買い物はどうでしたか?というか、とてもニコニコしてますね。」
「ただいま。欲しかった物は全部買えたよ。お店を教えてくれてありがとう。」
「それは良かったです!あ、そういえば、昼食はどうされますか?」
「もちろん、モルガンさんの料理をいただくよ。」
「ありがとうございます!!」
「幸福亭」にお金を落とすことで、トゥーリやモルガンさんに少しでも貢献できればと思う。だが、それ以上にモルガンさんの料理は美味すぎる。朝食から夕食まで、全ての食事を「幸福亭」でとるのは、至極当然だ。
その後、俺は昨夜から泊まっている部屋に上がって荷物を置き、一息つくと、1階に降りた。モルガンさんは昼食の仕込みをしている様子だったので、掃除に勤しむトゥーリに話しかけた。
「トゥーリ、掃除中に悪いんだけど、聞きたいことがあって。」
「はい、全然大丈夫ですよ。何ですか?」
トゥーリは嫌な顔をせず、掃除の手を止めて、聞いてくれた。うん、めちゃくちゃありがたいし、嬉しい。
「色んな物を収納できるアイテム、もしくは魔法って、知ってる?」
「そんなアイテムは聞いたことがないんですが、魔法なら・・・、う~ん・・・あっ、もしかして、『エノルムストレージ』という魔法ですか?初等学校で言葉だけ習いました!」
「た、たぶん、そうかな・・・。俺も全然知らなくて・・・。」
「あっ、そうなんですね。ユリウスさんなら、何でも知ってそうだったので。」
・・・いやいや、俺を買い被りすぎだろ。ひったくり犯から助けたことと、「幸福亭」に長期的に宿泊することで、好感度が上がり、変な妄想が入ってるんじゃ・・・。あと、「初等学校」っていう学校もあるのか。この世界には、教育機関もしっかりあるんだな。
「でも、どうして急に収納魔法を?」
「いや、これから荷物も増えていくだろうし、そんな魔法があれば便利かなって。」
生前だと別空間に物体を収納するなんて不可能だったが、この世界はそれができそうで良かった。ただ、少し意外だったのが、トゥーリの口から最初に出たのが、魔法の名前ということだ。てっきり、収納に関する魔法が付与された道具が売っていると思っていたが・・・。その方が、汎用性が高そうだし。
「なるほど!でも、確かに収納魔法は便利ですけど・・・。その・・・。」
トゥーリは、突然歯切れが悪くなった。何か問題でもあるのだろうか。
「言いにくいことなのか?」
「いえ、言いにくいというか、その・・・ほとんどの人が使えませんから。」
・・・うわぁ、マジか。何か特殊なスキルとか、特別な職業じゃないと無理なのか。
「そうなのか・・・。ちなみに、どうして、ほとんどの人が使えないんだ?」
「『エノルムストレージ』は、光属性の究極魔法なんです。ですので、ウィザードの中でも、かなりの魔力量の持ち主でないと・・・。」
「なるほど・・・。よく分かったよ、ありがとう。」
・・・何だ、「エノルムストレージ」が究極魔法だから、ほとんどの人が使用不可なのか。じゃあ、俺には全く問題ないな。何せ、人外の魔力量だから。よし、これで、荷物がどんどん増えても、当分は大丈夫だろう。
「いえいえ、どういたしまして。あっ、そういえば、うちの物置に『魔法書』があるんですが、お貸ししましょうか。」
「えっ、いいのか?」
「もちろんです!一応、父にも確認をとりますが、きっと大丈夫です!」
「魔法書」という名前から察するに、恐らく、この世界の色んな魔法が書かれているのだろう。アホ女神作成の「説明書」を持っているとはいえ、この世界の書物から情報を得るのも悪くない。きっと、「説明書」に載っていない魔法もあるだろう。この機会は、非常にありがたい。
トゥーリは爽やかな笑顔で、モルガンさんのいる厨房に行き、すぐに戻ってきた。トゥーリ曰く、モルガンさんは、「魔法書」を貸すのではなく、俺に譲ってもいいそうだ。
・・・モルガンさん、何て慈悲深い人なんだ!!
ただ、さすがにそれは申し訳ないので、貸してもらうことにした。トゥーリは、厨房の奥にある物置まで走り、2冊の「魔法書」を持ってきた。「魔法書」は、両方とも高校の教科書ぐらいの大きさで、150ページぐらいだった。タイトルはそれぞれ、「魔法を極める ~基礎編~」「魔法を極める ~応用編~」と書かれており、まさかのシリーズだった。著者は全て、「ルーカス・ガルシア」という人物だった。
「この『魔法書』は、トゥーリが買ったのか?」
「いえ、実は2冊とも、数年前にタダでいただいたものなんです。その本を書かれた、ルーカス・ガルシア様から。」
「えっ?」
「ルーカス様は、この国に仕える最高の魔法学者なんです。ただ、『モノ』への偏見や差別を、この世界からなくすそうと行動しているため、周囲の貴族たちの反感を常に買っている状態でして・・・。」
どうやら、ルーカス・ガルシアという魔法学者は、俺と同志らしい。自分と同じ目標を持つ人がこの世界にもいるというのは、とても心強いし、嬉しい。ぜひ、一度でいいから会ってみたいな。
「なるほど・・・。」
「あっ、すみません・・・。」
トゥーリは突然、何かの覚悟を決めた顔をし、俺の目を真剣に見つめた。
「私たちは、ユリウスさんを信じているので・・・打ち明けますね。実は・・・私と父は・・・そ、その・・・も、『モノ』・・・なんです・・・。」
「昨晩の会話を盗み聞きしたので、知ってました!」なんて言えるわけがない。それに、「モノ」であることをカミングアウトするのは、計り知れないほど、勇気のいることだ。不安や緊張のせいか、少し震えているトゥーリの覚悟を真摯に受け止め、そして、安心させてあげなければ。
「そうだったんだ。勇気を振り絞って言ってくれて、ありがとう。・・・で、実は、俺も『モノ』なんだ。」
「・・・えっ!?あんなに強いユリウスさんが!?」
トゥーリは驚愕の表情を浮かべた。ここまで驚いたトゥーリを見るのは初めてだ。余程、あり得ないと思ったのだろう。
「強いかどうかは、さておき、『モノ』なのは本当だ。ステータスカードを見せてもいい。」
「い、いえ、ユリウスさんが、嘘をつくような人には見えませんから。でも、本当にびっくりしました・・・。」
トゥーリは、疑っているわけではないが、未だに信じられないという感じだ。
「・・・あぁ、すみません。話を続けますね。それでも、逆境に負けず、ルーカス様は、『モノ』への支援を始めたんです。その一環として、『モノ』が比較的多い、レミントンのウェグザムにやってきて、『モノ』全員に、ルーカス様自身が書いた『魔法書』を無料で配布してくれました。ただ、それが貴族たちにバレてしまい、配られた『魔法書』は、国の手によって、回収・処分されてしまったんです・・・。」
以前、フィオナは、『モノ』は生まれつきの魔力量が少ないと言っていた。魔力があまりなくても、生きていくために必要な魔法を、ルーカスはこの2冊の「魔法書」に書いたのだろう。
「・・・あれ?この『魔法書』は回収されたんじゃなかったの?」
トゥーリの話からすると、俺の目の前にある2冊の「魔法書」はすでに処分されているはずだ。なぜ、ここに残っているのか・・・。
「はい、本物の『魔法書』は回収されてしまいました。」
「本物?ということは、この『魔法書』は偽物ってこと?」
「実は、この2冊の『魔法書』は複製品なんです。」
「えっ!?」
まさか、レプリカが出回っているとは・・・。でも、写本や複製品の存在なら貴族でも気づきそうだけどな。
「それ、私の、スキル、なんです。」
「えっ、モルガンさんの!?」
昼食の準備を終えたのか、エプソン姿のモルガンさんが、後ろから会話に入ってきた。相変わらず、会話のテンポが遅いが・・・。
「ルーカス、さんが、配布した、その、翌日に、回収作業が、始まり、ましたから、写本を、つくって、いるとは、誰も、思わなかったん、でしょう。私は、何とか、これを、残すべき、だと考え、エクリプス、スキル、【贋物製造】で、模造、したんです。」
「なるほど、だからここに『魔法書』が現存しているんですね。」
モルガンさんの素晴らしい機転により、貴重な「魔法書」が2冊とも残った。ただ、そのような非常に価値ある「魔法書」を、この俺が無償でお借りして良いのだろうか。
「そんな貴重な『魔法書』を、自分がお借りして、本当によろしいのでしょうか?」
「全然、構いま、せん。むしろ、有効、活用、して、ください。応用編、ですと、私や、娘の、魔力量、では、使えない、魔法も、多い、ですので。」
「ひったくり犯も余裕で倒せるユリウスさんなら、すぐにマスターできますよ!」
「すみません、本当にありがとうございます。では、お言葉に甘え、しばらくの間、お借りします。」
モルガンさんやトゥーリのご厚意に深く感謝するととも、俺は「魔法書」を隅々まで読んで、色んな魔法を覚えようと思った。
その後、モルガンさんのめちゃくちゃ美味しい昼食 ―今回はミートソーススパゲティだった― をすぐに完食し、自室に戻って、「魔法書」と「説明書」を熟読した。もちろん、半日で読了できるわけもないので、3~4日かけるつもりだ。
あっという間に時間が過ぎ、夕食のオムライスセットを堪能したあとは、公衆浴場へと向かった。日本の銭湯に近い浴場だったので、本当に極楽だった。これから、毎日通おう。こうして、転生後2日目の1日が終わった。
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