《長編連載①》あとのまつり
菜々丘たま(旧:青丘珠緒)
第1章 約束
第1話 後の祭り
すべての照明が落ちる。
体育館に訪れた暗闇は大きな歓声を呼び起こした。真っ暗になった体育館には魔法がかかっている。非日常的な高揚感が満ち満ちていた。
カウントダウンが始まった。
それを聞きながら、舞台袖でマイクを持ち、笑う。隣にいる四人も微笑んでくれた。
「本当に、ここまでこれるなんて、思ってなかった。ありがとう、みんな」
その声は、あがった歓声にかき消された。なんて? と意地悪な笑みを返され、苦笑する。
「気を取り直して。ありがとう、みんな。──見てて」
マイクを持ち、笑う。隣にいる四人も微笑んでくれた。
「3、2、1……」
胸が激しく鼓動を打っている。大きく息を吸い込んで、一気に声を発した。
「それでは後夜祭、スタートです!」
直後、激しいドラムロール。軽音楽部の演奏がはじまる。
「レッツパーティ!」
壇上のボーカルがシャウトすると場のテンションは最高潮に達した。
こんな、こんなものがつくれるなんて。
まるで夢のようだと、思いながら。舞台袖で彼らの演奏に身を任せた。
1
──わすれんなよ。
ふわふわと現実味のない光の海に、その声はエコーがかかったように反響していた。
──約束だから。
そういえば、この声には聞き覚えがある。誰だっただろう。
──お前は、……んだろ?
*
ピピピピ、と甲高い音が耳朶を打った。顔をしかめながら、布団から起き上がる。
(頭……重い)
意識が冴え渡ってくると、あ、と思った。ようやく気づいたのだ。
(さっきの……夢だったのか)
寝ぼけた半開きの瞼の隙間からは見慣れたエプロンが見えていた。
「三十八度? 風邪かな……?」
母親だった。右手に体温計が握られている。先程の夢を引きちぎった甲高い音はそれから発せられたのだろう。
母はそれを見つめながら口を開く。
「本当にアンタはいつもタイミングが悪いわねえ。残念だけど、今日の入学式は休みなさい」
憐れんでいるようにも呆れているようにも取れる口ぶりだった。
「……また?」思わず肩を落とす。「……。ねぇ、ママ」
──ほんっとにタイミング悪すぎ! お前の名前、マジでピッタリだよな! クソが。くたばれ!
「……私の名前、なんでこんなのにしたの?」
後野祭里。後の祭り。名前は──つけられてしまったものは、もうどうしようもない。
(でも、そのせいで……)
母は悲しそうな顔になった。「……アンタの名前には、私とお父さんの思いが詰まってるんだから、そんなこと言わないでよ」
「……ごめん」
祭里はそう言って俯くしかなかった。ひどい憂鬱の中で、もう一度床についた。
2
祭里が高校に通えるようになったのは、入学式から一週間後のことだった。
(なんで大事なときに風邪を引くと、いつも長引くんだろう)
心の中で自分の運命を呪いながら歩く。土曜日の人通りの少ない商店街を通り抜けると住宅街に出た。ここから三番目の角を曲がってしばらく直進すると学校に着く。
(……でもまぁいっか。どうせ待ってるのはつまらない学校生活だろうし)
二番目の角と三番目の角の間にある公園では、小学生たちが楽しそうに遊んでいた。祭里はなんとも言えない気持ちでそれを見ながら、歩くスピードを上げる。
曲がるべき三番目の角に差し掛かると、カーブミラーに陰気なメガネの似合うみすぼらしい自分の姿が映り、祭里はため息をついた。
(とはいえ気が重いなぁ。あーあ。一週間遅れて来た女の子がこんな見た目なんて、きっとみんながっかりするだろうな)
暗澹とした気分に苛まれながら、同じく暗澹とした曇天の下で一歩を踏み出す。──するとその瞬間。カーブミラーに、何か異質なものが映ったように見えた。
振り向いて、公園の内部を見やる。小学生が遊んでいる場所から少し離れた木陰に、強面で目つきの悪いショートヘアの男の子の姿が見えた。
(あれ、あの制服……)
彼は猫を撫でていた。猫は安心しきった様子で、彼の手に身を委ねている。一方の彼も、怖そうな顔からは想像もつかないような穏やかな笑みを浮かべていた。
彼の粗暴な見た目とのギャップに驚き、思わずその様子を凝視してしまう。すると猫が「ニアー」と鳴いた。そして彼は猫の言葉を聞き取ったかのように「ん?」とこちらに顔を向けた。
「あ? なンだよ、
「す、すいません」言いながら、そそくさとその場を後にする。
公園にいた少年は、首をかしげた。「アレ?」
「──アイツ、もしかして」
3
これから通うことになる
白い箱のような、どことなく可愛らしい印象を受ける校舎が二つ向かい合って建っていて、その間にある渡り廊下は体育館に繋がっている。体育館の地下には温水プールもあるらしい。
二つの校舎はそれぞれ東棟、西棟と呼ばれ、祭理たち高校一年生の教室は東棟の二階にある。
東棟は最近建てられた新しい校舎なのだという。ほのかに木の匂いがする綺麗な階段を祭里はのぼっていく。窓からは柔らかい朝の日差しが差し込んでいて、色の薄い木材で作られたその階段を照り映えさせていた。
二階まで上がってきて、教室の前に立つと、彼女は一度深呼吸をして、緊張した面持ちで扉を開いた。
「……え?」
視界に飛び込んできたのは、黒板に書き付けられた衝撃的な文字、だった。
『文化祭実行委員長 後野祭里』
祭里は思わず手提げ鞄を落とし、呆然と立ち尽くす。
(え、委員長……? 私が……? なんで……?)
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