掌編集1 幻の都市とスーツ人
阿久沢牟礼
謎の音ぽよん
何か物音がして目が覚めたのだが、その音の出所がどうしてもわからない。
風の強い日は換気扇が唸ったりするものだが、そういう音でもなく、窓から外を見ると穏やかな晴れ間。ネズミや何かの小動物が這っているような音でもない。
何と言えばいいのか、ちょっと水っぽいような、ぽよん、ないし、たぷん、という音が、かすかながら十~十五秒置きくらいに鳴っている。
一体どこで鳴っているのか、水回りをまず検分してみるのだが、シンクにも、シンクの下の収納スペースにも異常はない。
トイレのタンクも違う。
バスタブのフタから雫が垂れて音がしている?
いや違う。
決して広くはない家のなかのどこを探しても、ここという箇所が見つからないのだが、不思議なことに、どこにいても音だけはしてくる。
壁などまるでないかのように響いてくる。
そこで今度は純粋に、音の鳴る方向に耳を澄まして捜索を再開すると、ほどなく出所が見つかった。
謎の音はダイニングテーブルの下、床から三十センチほどのところの何もない空間から発せられていた。
目を凝らしても何もない、しかし耳を近づけると確かにそこから音がする。卓上ほうきでそこを払ってみるが、音は止まない。手で直接触れてみても何も感じない。
何かがあるわけではなく、ただ音だけがしている。
おかしなこともあるものだなと思い、このまま鳴り続けられても困るなとも思い、そうしてダイニングテーブルの下で、どうしたものかと腕組みしていると、ふと閃いた。
こいつを頭のなかに入れてみたらどうだろう。
いかにも気味の悪いその着想はなぜだか一挙に魅力を増していった。
それから音のするその場所に、何とも抗いがたくなって頭を差し入れてみた。
すると音は、ちょうどヘッドフォンで音楽を聴くような具合に、頭内に定位したのだった。
音量もディテールも、今までとはくらべものにならない。
なるほど案外よい音だな。
と思ってその場から離れて少しすると、また頭のなかでぽよんと音がする。
あれ、と思って少しすると、また頭のなかでぽよんと音がする。
どうやら音は、頭のなかに棲みついてしまったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます