第17話 その理由


「接続点に、再アタックよ」


 続きを待ったが、【エウリュディケ】は何も言わない。


「え、それだけ?」

「そうよ」

「いや、さっき『元の作戦』って……」

「通信回線の強度を上げるのよ」

「強度?」

「敵に見つからないように、できるだけ目立たないような弱めの設定で回線をつないでいたの。でも、それだと対応されて切断されてしまう」


 理屈はよくわからないが、見つからないようにつないだ回線では作戦は成功しないということだ。


「だから、より強い回線を接続点まで持っていく」

「それが、『元の作戦』?」

「そうよ。元々、強い回線を持っていくはずだったけど、方針転換していたの。その結果が、この様よ」

「だけど、回線を強くしたら、接続元が見つかるんじゃないのか?」

「見つかるでしょうね。だけど、踏み台をいくつも経由してるから逆探知には時間がかかる」

「踏み台?」

「よその端末を乗っ取って、ハッキングの攻撃元を偽装することよ。それをいくつも経由している」

「それって、犯罪……」

「テロリストに何言ってんのよ」

「あ」

「そういうわけだから、時間との勝負よ」

「もしかして、俺がいなかったから、作戦の方針転換が必要だった?」

「わかってるじゃない。前衛を張れる【蘭丸】くんなしじゃ、短時間での突破は難しい。そう判断したのよ」

「それは、なんだか申し訳なかった」

「謝らないでよ」

「うん。でも、なんか、ごめん」


 沈黙が落ちる。


「……なんで、来たの?」

「なんでって」


 問い返すが、【エウリュディケ】の顔は見えない。


「聞いたでしょ。死んだら凍結よ。元に戻れる保証はどこにもない」

「そうだけど」

「好きなの?」


(バレてる!? なんで!?)


 あわあわと慌てる俺の様子を見て、【エウリュディケ】が得心がいったとばかりに頷いた。


「宇佐川さんのこと、好きなのね」

「え?」

「そういうことなら……。うん、そうよね。助けに来るわよね」


 【エウリュディケ】は、一人でうんうんと頷いている。


「違うよ!」

「違うの?」


 目を丸くして俺を見上げる【エウリュディケ】。


(俺が好きなのは君だ、なんて言えない)


 今は、そういうタイミングじゃない。


(無事に彼女を助け出すことができたら、ちゃんと言おう。それに……)


「俺がここに来たのは、そうしなきゃならないと思ったからだ」

「どういうこと?」

「……俺は、現実で人を殺した」


 この話を、他の3人が聞いていなくてよかったと思った。聞かせられない、こんな話は。


「母ちゃんと父ちゃんを守るために、必死だったから。だけど、だから仕方がないとは思えない」

「うん」


 言葉を探しながらたどたどしく話す俺に、【エウリュディケ】が相槌を打ってくれる。


「だから、俺は協力する。あれをなかったことにはできないから、俺は戦わなきゃならないと思ったんだ」

「そっか」


 【エウリュディケ】が、大きく頷いた。その瞳が、優しく眇められる。


「【蘭丸】くん……。ううん。森くんって、思ってた通りの人ね」

「俺が?」

「うん。責任感が強くて、自分じゃない誰かのために一生懸命になれる人」

「そうかな?」

「テロリスト向きの性格だよ」


(それは、言われても嬉しくない)


 口には出さなかったが伝わったのだろう。【エウリュディケ】が笑っている。


「でも、それは弱さでもある」

「弱さ?」


 よく分からなくて、首を傾げた。だが、【エウリュディケ】は微笑むだけで何も言わなかった。


「さ、そろそろ時間ね。3人を起こして、作戦を練りましょう」

「うん」



 作戦は、単純な囮を使うことになった。【REDレッド】と【リボンナイト】、そして【Rabbitラビット】が囮だ。彼らが敵を引き付けている間に、俺と【エウリュディケ】で接続点を目指す。


『接続後は、約5分で作業が終了します。魔法が使えるようになりますから、転移魔法で離脱を』

「俺がやろう」


 【REDレッド】が頷く。


「作戦達成と同時に転移することを前提にするなら、多少の無茶も良しだな」

「そうですね」


 俺が相槌を打つと、これには渋い顔をされた。


「相打ちは駄目だぞ」

「わかってますって」

「本当に?」


 ずいっと、【REDレッド】が俺に顔を寄せてきた。


(今日は、なんかしつこいな)


 俺が無茶をして敵と相打ちになることは、実は珍しくない。その度に説教されるわけだが、それにしたって、こんなにしつこく言われたことはない。


「【ORPHEUSオルフェウス】とは違う。死んでも、蘇生はできないんだからな」

「はい」

「自分が犠牲になっても他が無事なら良しなんて考えは、とにかく捨てろ。いいな」

「わかりました」


 少しだけ、ドキッとした。


(どうせ、解除コードが手に入れば【筐体きょうたい】を出られるって。ちょっと思ってた)


「解除コードを手に入れて、5人で現実に帰る。それまで、誰も死ぬんじゃないぞ」


 【REDレッド】の言葉に頷く。ただ一人、【エウリュディケ】だけは微妙な顔をしていた。


「どうした?」


 【REDレッド】が尋ねる。


「5人って、言ってたから」

「5人だろう?」


 周囲を見回して、【REDレッド】が首を傾げた。

「私も入ってる、から……」


 【エウリュディケ】の小さな声に、【REDレッド】の眉間にシワが寄った。

「お前……」

『時間です』


 【REDレッド】の言葉を遮ったのは吉澤だった。煮え切らない雰囲気だが、仕方がない。





 俺の前を、ギリシャ神話の女神を模した白いドレス姿の【エウリュディケ】が駆けていく。ドレスの裾がヒラヒラと舞っていて幻想的で美しい、とはいかない。腰に巻いたゴツいベルトにはマガジンが詰め込まれ、チラチラと見える太腿にはハンドガンのホルスター。背中には無骨な迷彩の背嚢、両手には小銃を抱えている。

 その倒錯的な姿に、くらりと目眩がしたのは一瞬だった。


 ──タタタタタタ!


 向こうで銃撃戦が始まったらしい。俺と【エウリュディケ】は大きく迂回して、敵の背後から接続点に向かう。到達したら【エウリュディケ】だけを接続点ごとセーフポイントで囲んで、エンジニアたちがハッキングを試みる予定だ。ここで問題が一つ。ハッキングを開始したら、回線の負荷の大半をそっちに持っていかれる。先ほどまで俺たちが休んでいたような、位置情報を撹乱しながら維持する完璧なセーフポイントは構築できない。


(俺の役割は、ハッキングが終わるまでの5分間、【エウリュディケ】を守り抜くことだ!)


『もう少し敵を引き付けます。……まもなく、5・4・3・2・1、ゴー!』


 吉澤の合図で廊下の先に進む。囮作戦は上々で、背後の敵がどんどん減っている。


(【REDレッド】さんは目立つからな)


 囮役としては最適だ。


『その先が接続点です。さすがに、守備の兵が残っていますね』


 廊下の先に、盾を持った兵がバリケードを築いて待ち構えている。


「よし。俺が敵を減らす。援護頼む」

「了解」


 ここに至るまでの数回の戦闘でわかったことだが、敵は近距離武器への対応能力が極端に低い。銃だけが頼りだから、近くに寄られると対応できないのだ。


(白兵戦の強さだけを見れば、【ORPHEUSオルフェウス】からスカウトして強い兵を引っ張ってくるってのは大正解だな)


 【VWO】では、速い攻撃を得意とする『剣士』の俺は相当有利に戦える。

 【エウリュディケ】の右手が、振り下ろされる。それを合図に飛び出した。


 ──タタタタタタ!


 予想通り俺に銃撃が集中する。


(『見切り』!)


 正面から自分に向かってくる銃弾なら、まず俺には当てられない。


 ──ダン!


 大きく跳躍して、盾の上から敵を見下ろす。わっと声が上がったが、もう遅い。刀を振り下ろすと同時に敵の集団の中に着地した。


「入られた!」

「撃つな!」

「ナイフだ!」

「囲め!」


(遅い!)


 ──バキィ!


 まず、内側から盾を割った。


 ──タン! タン! タン!


 【エウリュディケ】の射撃が、盾の隙間から敵を狙う。


(すごい、正確だ)


 単発で、確実に当てている。


「くそ!」


 ナイフで襲いかかってくる兵の手をくぐり抜けて、斬り伏せる。


(さすがに数が多い……!)


 急所を狙わないようにできたのは、最初の数人だけだった。あとは、とにかく一撃で倒すことに集中した。そうしなければ、自分が死ぬから。


(必ず、解除コードを手に入れる!)


 何度も何度も、心の中で繰り返した。


 ──ザシュッ!


 最後の一人を斬った。後ろを振り返って確認する勇気はない。だが、動く人の気配は感じられなかった。その事実に俺の胸がきゅうっと締め付けられたが、足を止めている時間はない。


「クリア!」


 俺が叫ぶと同時に、廊下の向こうからは増援の気配が迫ってくる。素早く駆け寄ってきた【エウリュディケ】が、メインシステムへの接続点である部屋に入った。俺もそれに続いて、扉を施錠する。


 部屋の中には、何もなかった。

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